やっぱりマサオは気前の良い男だ

「それで本当に組むのかよ、デュラエース」


 カレーを食べ終え、アイスコーヒーのストローを咥えながらトシヤがマサオに尋ねた。


「そうよ、デュラエースなんて贅沢な……」


 ハルカもトシヤに賛同する様に言うとマサオは神妙な顔で口を開いた。


「やっぱそうなのかな……ロクに上れない俺にはデュラエースなんて似合わないかな……」


 初めてのロードバイクにピナレロプリンスを選んだ男、ある程度の事はとりあえず財力にモノを言わせてカタをつける男マサオの予想外の反応にトシヤとハルカがたじろいだ。


「いや……似合うとか似合わないの問題じゃ無くてな……」


「そうよ、誰もそんな事言って無いじゃない。ただ高校生でピナレロにデュラエースなんて羨ましいなーって思っただけで……」


 トシヤとハルカが慌ててフォローを入れるが、珍しいことにマサオは神妙な顔のままだ。そこでルナが提案した。


「それなら、渋山峠を足着き無しで上れたら、その記念にデュラエースを組むっていうのはどうかしら?」


 なるほど。これならマサオの自尊心が守られるし、モチベーションアップにも繋がる。


「そうっすね、そうする事にします」


 マサオは納得した様に頷いた。もっともマサオの事だ、もしルナが「そんな事気にしないで自分が欲しかったら組めば良いのよ」と言おうと「デュラエースなんてまだ早い」と言おうと「そうっすね」と頷いていたと思われるが。


「私も欲しいなー、デュラエース。アルテグラでも良いから」


 ハルカがポツリと呟いた。それはそうだろう、デュラエースなど高校生のハルカどころか仕事に就いている社会人でも中々手が出せない代物だ。


「まったくだ。俺、バイトでもしようかな」


 トシヤが同調する様に言うと、マサオが例によって気前の良い事を言い出した。


「俺がデュラエース組めばアルテグラが余るだろ、ソレ使えば良いじゃねーか」


 マサオはホイールを買った時と同様にプリンスから外したパーツを使わせてくれると言うのだ。なんて気前の良い男なのだろう。


「はいはい! 私もアルテグラ欲しい!」


 横からハルカが思いっきり手を挙げた。だが、アルテグラは一台分しか無い。さて、どうするか? するとルナがまた提案してくれた。


「トシヤ君はブレーキ、ハルカちゃんはクランクを使わせてもらったらどうかしら」


 トシヤのリアクトはミッドコンパクトクランクだがハルカのエモンダはコンパクトクランクだ。マサオのプリンスはコンパクトクランクだから、リアクトに付ければギア比が低くなってしまう。ヒルクライムは少し楽になるが、平地でのトップスピードが落ちてしまうのだ。それなら同じコンパクトクランクを使っているエモンダに付けた方が良いだろう。そしてブレーキは体重の重いトシヤの方が性能の良いブレーキを使うべきだとルナは考えたのだ。


「じゃあ、STIレバーとディレイラーはルナ先輩が使いますか?」


 マサオが言うとルナは首を横に振った。


「ううん、私は105で十分だから。それにSTIレバーを交換するとなると結構大変な作業だし、ディレイラーもチェーン切らなくちゃ交換出来無いし、調整も必要だから工賃高いわよ。クランクとブレーキぐらいだったら私でも交換出来るから」


 マサオのプリンスのブレーキが普通のキャリパーブレーキなのが幸いした。もしダイレクトマウントのブレーキだったら交換するのは一苦労だ。そもそもダイレクトマウントのブレーキだったらトシヤのリアクトにもハルカのエモンダにも取り付ける事が出来無いのだから。


「なるほど。じゃあSTIレバーとディレイラーは置いときますから、要る時は言って下さいね」


 マサオが納得した様子で言い、話は決まった。はてさてトシヤがブレーキ、ハルカがクランクをアップグレード出来るのは、マサオが渋山峠を足着き無しで上れるのはいったいいつの日のことだろうか。


「そろそろ行きましょうか」


 言ったのはハルカだ。ロードバイクを置かせてもらってショップを出てからもう差十分ほど経っている。マサオとしてはもう少しゆっくりしていたかったが、トシヤが「そうだな」ルナが「そうね」とハルカに同意してしまったので異論を唱えるわけにはいかない。となればマサオに出来る事は一つだけだ。


「だな。じゃあ、とりあえず俺が払っとくよ」


 言うとマサオは伝票を手に立ち上がった。『一人五百円ずつ』と言っていたが、実のところマサオにはトシヤ達からお金を回収する気など更々ない。だが、そんなのルナはお見通しだ。


「ダメよマサオ君、全部一人で払っちゃうつもりでしょ? はい、私の分」


 ルナは五百円玉をマサオに握らせた。続いてトシヤが財布を取り出したが、小銭は五百円に満たなかった。そこで千円札を出したところ、マサオは受け取りを拒んだ。


「悪い、釣り無いんだわ。また今度な」


 何を言ってるんだ? さっきルナから五百円玉を握らされたじゃないかと思うトシヤだったが、それを口に出して言う前に気が付いた。マサオにとってルナから受け取った五百円玉は特別なモノなのだと。すると状況を察したのだろう、ハルカが五百円玉を財布から取り出してトシヤに渡した。


「はい。これでマサオ君に千円渡せばオッケーでしょ」


 ハルカから五百円玉を受け取ったトシヤがマサオに千円札を渡して清算が完了し、マサオが支払いを終えて四人はコーヒーショップを出た。これでショップに戻ったら今日は解散だと思うと残念でならないマサオだった。

来週から期末試験が始まる。試験が終わるまではヒルクライムはお預けなのだから。


 ……試験直前にヒルクライムとはえらく余裕があるものだがトシヤ達、勉強は大丈夫なのか?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る