第81話 トシヤをバカにしたワケじゃ無い!
逃げる様にトシヤ達から離れたハルカはペダルを回す足に力が入らない。とは言え渋山峠の麓のコンビニから帰りは下り坂、スピードはそこそこ出ている。
「あ、赤だ……」
ハルカは前方の信号が赤なのに気付いて左のクリートを外した。そして交差点で止まって足を着くが、やはり足に力が入らずよろけてしまった。なんとか踏みとどまって立ちゴケは逃れたハルカに、後ろから声がかかった。
「ハルカちゃん、大丈夫?」
ルナの声だ。
ハルカは焦った。ルナが追いかけてきたという事は、トシヤとマサオも一緒なのではないか? どんな顔でトシヤの顔を見れば良いのだろう……? と思ったのだ。
ルナの声に振り向くに振り向けないでいるハルカにルナは優しく言った。
「大丈夫。トシヤ君なら居ないわよ。トシヤ君、慌ててハルカちゃんの事を追いかけようとしたけど私が止めたから。ハルカちゃんの事は私に任せてって言ったから」
ルナの言葉にほっとして振り向いたハルカの目に映ったルナの顔が涙で歪んだ。
「ルナ先輩……私……」
ハルカは何か言おうとするが、出て来るのは涙ばかりで言葉は全然出て来ない。こんな状態で家までロードバイクで帰すのは危ないと判断したルナはハルカを落ち着かせる為にフレンドリージェニファーズカフェに立ち寄る事にした。
交差点を南へ少し走ればフレンドリージェニファーズカフェだ。だが、その少しの距離を走る間もハルカはフラフラして危なっかしく、とても見ていられない。ハルカがもっと遠くまで一人で走ってしまっていたらと思うとルナの背筋に冷たいものが走った。
フラフラしながらも何とか無事にハルカとルナはフレンドリージェニファーズカフェに着いた。
まだ時間が早いせいかロードバイクを持ち込める二階席は貸し切り状態だった。サイクルラックにエモンダを掛け、ハルカを席に着かせるとルナはドリンクの注文の為、一階に降りた。
「はあ……もうトシヤ君と走れないよね……」
テーブルに一人残されたハルカの口から溜息と共に悲しい言葉が溢れ出た。トシヤ達と峠を上る前に自分達だけで上るのはトシヤ達をバカにする様な行為だったかもしれない。何故そんな事に気づかなかったのかという後悔の念に駆られるばかりだった。
「はい、ハルカちゃん。コレでも食べて落ち着いて」
トレイにオレンジジュースとバウムクーヘンを二つずつ載せてルナが戻ってきた。しかしハルカは勧められたバウムクーヘンにも大好きなオレンジジュースにも手を付けようとしない。
「ハルカちゃん、トシヤ君に嫌われたと思ってる?」
ルナのストレートな言葉にハルカは黙って俯いたまま肩を震わせた。
「ハルカちゃんはトシヤ君をバカにするつもりで私と二人で山を上ったのかな?」
ルナが問いかけると、ハルカは首を横に振った。それはそうだろう。もしハルカがトシヤ達をバカにしていれば、一緒に走る事など決して無いのだから。それを見たルナはほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。
「そうよね。もしハルカちゃんがそんな風に思ってたら私も同罪だものね」
ハルカはルナの言葉に顔を上げた。
「そんな……もし、トシヤ君とマサオ君が気を悪くしたのは私のせいなんだから……私がルナ先輩を誘ったから……」
どうやらトシヤとマサオと一緒に上る前に一度上っておこうと言い出したのはハルカの様だ。
「トシヤ君は気を悪くなんてしてないわよ、きっと」
「でも……」
ハルカはルナの言葉を信じたいが、まだ不安が残る。するとルナはハルカにまた問いかけた。
「考えてみて。トシヤ君とはドコで会っちゃったんだっけ?」
「……渋山峠の……信号」
言葉を詰まらせながら答えたハルカにルナは諭す様に言った。
「よね? って事は、トシヤ君達も私達と上る前に渋山峠を上ってたって事よね。そんなトシヤ君がハルカちゃんの気持ちをわからないワケ無いじゃない」
「そうかなあ……」
「私はそうだと思うな。だって、トシヤ君はそんな負け犬根性なんか持ち合わせて無いもの。逆に発奮してるんじゃない? 『ハルカちゃんに負けてたまるか!』ってね」
ルナに言われてハルカはトシヤと出会った頃を思い出した。渋山峠でヘバって引き返した自分を素直に初心者だと認め、前向きに教えを乞おうと真摯な目をしたトシヤを。
「そうですね、トシヤ君ならそんな僻んだ考えなんてしませんよね。でも……」
ハルカの顔は一瞬明るくなったがすぐにまた暗くなってしまった。トシヤの口から思いもよらない言葉が出た事で頭が真っ白になり、その場を逃げる様に立ち去ってしまった事を後悔しているのだ。だが、ルナは何か思うところがあるのだろう、微笑みながら言った。
「まあ、大丈夫なんじゃないかな? とりあえず食べましょ。せっかく買ってきたんだから」
ルナが勧めたバウムクーヘンを一口齧ったハルカの目からまた涙が一筋流れた。ルナは大丈夫だと言うが、ハルカはやはり不安で仕方が無いのだ。
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