第79話 何故ハルカとルナがこんな所に?

 日曜日、近くのコンビニでトシヤとマサオは待ち合わせた。ハルカとルナとの合流は例によって麓のコンビニだ。


「ハルカちゃんとルナ先輩は現地集合か。ココから一緒に行けば良いのに」


 マサオがふと呟いた。そう、ハルカもルナも家はトシヤやマサオの家の近くだ。なら四人全員でココに集合し、一緒に渋山峠まで走った方が良いじゃないかというのがマサオの言い分……というか希望だ。

まあ、確かにその方が待ち合わせが一回で済むので無駄な待ち時間は少なくなるだろう。それなのに何故ハルカとルナはそうしないのか? 


「峠に入ったら俺達に併せて走らなきゃいけないからじゃないか?」


 トシヤが言った。ハルカとルナは一緒に走る時、いつもトシヤとマサオのペースに併せて走ってくれている。だからせめて集合場所までは彼女達のペースで走りたいのだろう。トシヤはそう考えたのだ。


「マジか……そりゃ情けない話だな」


 マサオもトシヤの考えを読み取ったのだろう、落ち込んだ声で言ったがすぐに元気良く付け加えた。


「だが、今日の俺は一味違うぜ! 今度からは現地集合だなんて言わせねぇ!」


「おう! 俺達の走りを見せてやろうぜ!」


 マサオの言葉に発奮したトシヤが声を上げながらペダルを踏む足に力を込めるとリアクトは素早く反応し、軽やかに加速してマサオを引き離した。だがマサオも負けてはいない。さすがは名車プリンスにレーシングゼロの組み合わせ、あっという間に距離を詰めて前を走るトシヤに迫った。


 競走しているわけでは無いが二人のスピードはついつい上がってしまい、トシヤとマサオは予定よりもかなり早く麓のコンビニに着いてしまった。


「ちょっと早く着き過ぎちまったかな」


「おう。ココまでの記録更新だな」


 一旦コンビニの駐車場に入り、足を止めたトシヤとマサオが笑い合った。と同時にトシヤの心に一つの衝動が湧き上がった。


「待ち合わせまで二十分ってトコだな。一足先にちょっと上ってみようぜ」


 待ち合わせにはまだ時間がある。それまでにちょっと上ってホイールの具合を試してみたかったのだ。


「奇遇だな。俺も同じ事を考えてたぜ」


 マサオが頷いて話は決まった。二十分もあれば第一ヘアピンまで上って戻って来られるだろう。二人はそんな軽い気持ちだった。


 コンビニをスタートし、トシヤとマサオは渋山峠に向かって東へと走った。 東へ向かう道はまあまあな上り坂。もちろん峠道とは比べ物にならないが、ココで調子の良し悪しがある程度判断出来る。今日のトシヤの調子は良いっぽい。

 交差点を南に曲がり、少し走ると信号が赤なのが見えた。いよいよ渋山峠のスタート地点だ。その時一台のロードバイクが西から結構なスピードで上って来た。


「おっ、タイムアタックか?」


 マサオが興奮気味に声を上げた。トシヤ達が峠の入口まで少しでも足を休める為に先にある程度上ってから峠道直前までは比較的フラットな道を走るルートを採っているのに対し、タイムアタックを行う人は初速を稼ぐ為にコンビニから少し南にある道から真っ直ぐに峠道へと入る。もちろんタイムアタックをしない人もそっちのルートを採る人は多いのだが、あの勢いからすると間違い無くタイムアタックをしているのだろう。


「俺達も早くあんな風に走れる様にならないとな」


 赤信号で足を着きながらトシヤが言った。そう、トシヤとマサオはタイム云々以前に足着き無しが目標なのだ。

 信号が青に変わり、交差点を東に曲がってトシヤとマサオは峠道を上り始めた。さっき走って行ったロードバイクの姿は既に見えないが、そんな事は関係無い。今は自分との戦いなのだ。


 峠道の序盤はまあまあキツい坂だと言えばキツい坂だが、この後に待ち受けている10%超のつづら折れに比べれば何と言う事は無い。だが少し行った所で最初の関所が待ち構えている。急に斜度が9%前後に跳ね上がるのだ。

 トシヤはそれまで残していたギアを使い切ってしまわざるを得なかった。だが、まだ振り返ってマサオの様子を見る余裕はある。振り返ったトシヤの目に映ったマサオは苦しそうではあるが、離れること無くしっかり着いて来ている。安心したトシヤはペダルを踏む足に更に力を込めた。


 左に緩やかなカーブを抜けるとガードレールが現れ、そこで勾配は一旦緩くなる。西側の見晴らしが開けて『山を上っている』と実感出来るポイントだ。しかしまたすぐに勾配は容赦無くキツくなる。だが新兵器を手に入れたトシヤとマサオはそれをものともせずグングンと上って行き、やがて緩いS字カーブの向こうに目標の第一ヘアピンが見えた。

『ヘアピン』と言うだけあって、曲がり込んだカーブはトシヤとマサオの位置からでは先が全く見えない。だからUターンして戻るには安全確認の為には先が見通せる所までは走らなければならない。トシヤはチラっと後ろのマサオの様子を覗った。


「大丈夫そうだな」


 驚いた事にマサオは振り返ったトシヤに片手を挙げて応えたのだ。まあ、マサオも前回上った時に第一ヘアピンまではクリアしているのだが、そんな余裕は無かった。ホイールを替えた効果は抜群だという事だろう。

 第一ヘアピンの入口手前は一瞬だけ斜度が緩くなり、そこからカーブに入るとすぐにまた斜度がキツくなると同時に視界が開ける。トシヤは前後の安全を確認し、ゆっくりとUターンし、マサオもトシヤに続いて方向転換して峠道を下り始めた。


 当たり前の事だが、自転車で坂を上るのは辛いが下るのは楽だ。ブレーキでスピードが出過ぎない様に調整しながら下ったトシヤとマサオは渋山峠ヒルクライムのスタート地点の信号が青から黄色に変わったのを確認し、更にスピードを落として停止した。


「結構楽に行けたな」


「おう。この調子なら今日は行けるんじゃないか?」


 信号が青に変わるのを待ちながら呑気に話すトシヤとマサオの耳にラチェット音が聞こえた。


「誰か下りて来たな」


 どんな人が下りてきたのかと、振り返ったマサオの目に映ったのは見覚えのあるウェアにヘルメットを身に纏った女の子だった。


「えっ、ハルカちゃん?」


 下りて来たのはハルカだった。その後ろにはルナの姿も見える。驚いたマサオが思わず上げた声にトシヤが振り返った。


「あれっ、マサオ君とトシヤ君? 何やってるの? こんな所で」


「そりゃこっちのセリフだよ。コンビニで集合じゃ無かったっけ?」


 前に止まっていたのがマサオとトシヤだと気付いて不思議そうな顔をして尋ねるハルカにマサオが言うと、ハルカはそれが何か? という顔で答えた。


「うん。だから下りて来たのよ。今からだと良い時間でしょ」


 ハルカとルナはトシヤとマサオと一緒に渋山峠を上る前に二人で一本上って来たのだ。マサオが言葉を失って呆然としていると、信号が青に変わった。


「まあ、とりあえずコンビニ行きましょうか」


 ルナが困った顔で言った。確かにこんな所で話をしていては通行の邪魔になる。ルナの言葉に従ってトシヤ達は麓のコンビニに戻る事にした。



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