第68話 皆が納得するデザインって難しい ~オリジナルジャージを作ろう! 2~

 トシヤ達はショッピングモールの一階に入っているチェーンのコーヒーショップに行き、テーブル席に座った。


「さて、んじゃ始めっか」


 飲み物を注文するや否やマサオは買ったばかりのレポート用紙を適当に引き千切り、ルナとハルカ、そしてトシヤに配ると色鉛筆をテーブルに広げた。とりあえず、各々が自分でデザイン画を描いて見せ合おうと言うのだ。


「俺、絵なんか画けないぞ」


 トシヤが言うが、マサオは「イメージだよイメージ」と軽いノリでレポート用紙に色鉛筆を走らせた。

 それを見たハルカも色鉛筆を手に取り何やら描き始めたのでトシヤも色鉛筆を一本手にし、まずジャージの形を線で描いた。問題はココからだ。


「まずは文字からだな」


 チームジャージに必須なのは何と言ってもチーム名だ。もちろんチーム名は『ヒルクライムラバーズ』だ。もっともコレはチームでも何でも無いのだけれどが、他に付けるべき名前など無いのだ。先に描き始めたマサオとハルカも『ヒルクライムラバーズ』の文字を入れているに違い無い。

 トシヤがちらっとマサオの手元を覗うと、ツールやジロのレースチームのジャージをイメージしているのだろう、派手な色使いの中にアルファベットが踊っている。もちろん『ヒルクライムラバーズ』と書いてあるのだが、何か違和感を憶えたトシヤがよく見てみると『HILL CRIME LOVERS』と書いてあるではないか。


「おいマサオ、お前は丘の上で犯罪を犯すのが好きなのか?」


 そう、山を上るクライムは『CLIMB』だ。『CRIME』では犯罪になってしまう。お約束と言えばお約束のボケだが、残念な事にマサオはボケたつもりは全く無いらしい。


「えっ、マジでか!?」


 言いながらマサオは慌ててシャーペンに付いている消しゴムで消そうとするが、線画はともかく色鉛筆で塗ったところは消す事が出来無い。


「ああっ、やり直しじゃねぇか!」


 マサオは腹立だしそうにレポート用紙を破り、丸めるとまた一から描き直し始めた。


 苦笑いしながらトシヤがハルカの手元に視線を移すと、そこにはネコがロードバイクに乗っている可愛らしいイラストが描かれていた。


「へえ、ハルカちゃんって絵心あるんだな」


 感心するトシヤだったが、やはりまた何とも言えない違和感を憶えた。ネコの顔が正面を向いているのに対し、ロードバイクの車体が横を向いているのだ。つまり、このネコは真横を向きながらロードバイクに乗っているのだ。まあ、ヒルクライムの途中で景色を見る為に横を向いたり、後方を確認する際に顔が真横を向く時もあるからそれは良いとして、問題はその角度だ。そのネコは、目分量で約三十度の坂を上っているのだ。

 三十度と言えば約57.7%の勾配だ。何と言う豪脚! だがまあ、10%勾配だと度数にして六度弱だから絵にしたところで平地を走っているイラストとほとんど見分けが付かないだろう。言いだしたらネコの姿もデフォルメされているし、そもそもネコがロードバイクに乗っている事自体がファンタジーなのだからこれはこれで良いのかもしれない。


 それと問題がもう一つ。ネコが乗っているロードバイクのダウンチューブにはしっかりと『TREK』の文字が書かれている。まあ、コレも実際にこのイラストを採用した時に文字だけを消せば良いだけの話だから大した問題では無いのだが。だが、あまりにもファンシーなイラストのジャージを着るとなると男子高校生のトシヤとしては抵抗がある。


「何とかあのネコのイラストだけは阻止しないと……」


 トシヤは頭を振り絞り、デザインを考えた。だが、トシヤがいくら考えてもマサオと同じくレースチーム風のジャージにしかならない。完成度で言えばハルカのイラストの方が遥かに上だ。こうなれば一つ年上のルナの大人のセンスに期待するしか無い。

 トシヤがルナの手元を見てみると、実に残念な事にルナのレポート用紙は線画すら描かれていない白紙のままだった。やる気が無いのか? いや違う。よくよく見ると何度か挑戦はしたのだろう、何本もの線が消された跡が残っている。ジャージの形すら描けないとは……

 ルナは絵心と言うものを母親の胎内に置いてきてしまったのだろう。優しくて美人で、山も上れると完全無欠だと思っていたルナの意外な一面にトシヤは微笑みながらもこのままではネコのイラスト入りジャージを着るハメになってしまうと、必死になってデザインを考え続けた。



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