第65話 補給は大事だ。それはわかるが……
マサオの計画通り、無事にプリクラを撮ったところで昼ご飯の頃合いとなり、四人はフードコートへと移動したが、雨の日曜日という事で既にそこは人・人・人でごった返していた。
「あちゃー、もうちょっと早く来るべきだったか……」
「悠長にプリクラなんか撮ってたからじゃないの」
溜息混じりに言うマサオにハルカが容赦無い言葉を浴びせるが、今となってはどうしようも無い。と言うか、十分二十分早く来たところで状況は大して変わらないだろう。
「あーっ、私ハンガーノックになっちゃう!」
大袈裟に言うハルカ。ちなみにハンガーノックとは、激しく長時間に渡るスポーツの最中、極度の低血糖状態に陥ること。早い話が「お腹が減って力が出ない」の強烈なバージョンだ。もちろんショッピングモールをうろうろしただけでハンガーノックを起こすなど考えられない。
「そんな事言ったって、席が空いてないからどうしようもないじゃないか」
困った顔でトシヤが言うとハルカは一瞬拗ねた顔をしたが、すぐに何か思い出した様にガサゴソとカバンを探り始めた。
「あった! 持ってて良かった補給食!」
『補給食』競技や長距離ライドの際にハンガーノックを防ぐ為、自転車に乗りながら食べられる携行食品だ。ハルカは個包装された小さな羊羹をカバンから取り出すと、器用に片手と口で封を開け、パク付いた。
「こらっハルカちゃん、お行儀悪いわよ」
ルナが嗜めるが、どういう訳かハルカはその理由を間違った方向に捉えてしまった様だ。
「あっ、そうか。私だけ食べるのはダメよね」
言うとハルカは更にカバンから羊羹を三本取り出し、笑顔でルナとトシヤ、そしてマサオに手渡した。
「あのね、ハルカちゃん……ここは道じゃ無いんだから……」
困った顔でルナが言うが、道で羊羹を齧る女の子と言うのもどうかと思うが。もっとも道で補給する時は、少なくとも街中では無いし、ロードバイクに乗っていてサイクルジャージを着ているのだから変な目では見られない……と思いたい。
そんなうちに何とか席を確保出来たトシヤ達だったが、食べ物を買いに行く段になってハルカが困った事を言い出した。
「私、あんまりお腹空いてないかも」
無理も無い。ハルカはルナが止めるのも聞かず結構な量の羊羹を食べていたのだ。そこでルナとトシヤとマサオはフードとドリンクを、ハルカはドリンクのみを購入したのだが、ハルカはあろうことかトシヤの食べていたポテトフライをヒョイパクとつまみ食いし、気が付けば半分以上食べてしまった。これにはさすがにルナも怒る気にもならず、ただ呆れて溜息を吐くばかりだった。
昼食を終えた四人はフードコートを後にし、またショッピングモールをぶらぶらし出したが、さすがに行くあても無く彷徨くのも飽きてきた。トシヤとマサオの二人だけならそのままプラプラしても構わないし、正直なところマサオとしてはルナと一緒に居るだけで満足なのだが、いくらルナに『普段通りで良い』と言われても、このままでは『退屈な男』の烙印を押されてしまう。それだけは何としても避けなければならない。
とは言うものの、さてどうしたものか? マサオは自分達がダラダラとした時間を過ごしてきた事を後悔したが、今となってはどうしようも無い。
そんな時、トシヤの一言がこの状況を打破するきっかけとなった。
「ハルカちゃん、ぬいぐるみ、荷物じゃ無い?」
そう、ハルカはゲームセンターで獲った大きなクマのぬいぐるみを抱えているのだ。本人は気にしていないみたいだったが、正直言ってフードコートでも場所を取って仕方が無かった。
マサオはこれ幸いとその言葉に乗っかった。
「そうだね、この人混みじゃあ、そのクマさんが可哀想だよ」
『邪魔』という言葉を使わない様に気をつけながらマサオが言うとハルカはクマのぬいぐるみを抱き締めて少し考える素振りを見せた。するとそこに畳み掛ける様にマサオは言った。
「一度それを家に置きに帰ってさ、それからもう一度遊びに行くというのはどうかな?」
するとハルカは小さく頷いた。
「じゃあ、私この子を家に置いてくるから待っててくれる?」
「『待ってて』って?」
聞き返したトシヤにハルカは答える様に言った。
「私一人で置きに帰るから、みんなは適当にブラブラしててよ」
ハルカは三人を付き合わせるのは悪いから、自分一人だけで家に帰ってぬいぐるみを置いて来ると言う。確かに四人でぞろぞろ歩くより効率は良いかもしれない。だが……
そこでマサオが一つ提案と言うか、トシヤに指令を下した。
「じゃあトシヤ、お前付き合ってやれよ」
トシヤがマサオに指令を出される筋合いは無い? いや、今はそういう事を言っている場合では無い。問題なのはその内容だ。トシヤがマサオの指令を敢行すればトシヤはハルカと、そしてマサオはルナとそれぞれ二人きりになるのだ。
思いっきり尻込みするトシヤだったが、意外にもルナがそれに賛同した。
「そうね、じゃあトシヤ君、お願いできるかしら」
これにはマサオは心の中でガッツポーズだ。図らずも(実際は図っていたかもしれないが)ルナと二人きりになれるチャンスを得たのだから。しかもハルカやトシヤよりも先にルナが賛同した事で『これって、ルナ先輩も俺と二人っきりになりたいって事なんじゃないか?』などと自分に都合の良い解釈までしてしまっている。まあ、それがマサオという男なのだから仕方が無いというか……残念だ。
「ハルカちゃん、じゃあ行こうか」
ルナの言葉に背中を押されたトシヤがハルカと肩を並べて歩き出し、マサオとルナは二人を笑顔で見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます