第47話 雨の土曜日、ルナがトシヤ達の教室に現れた!

 そして迎えた日曜日……では無く、前日の土曜日。マサオは恨めしそうな顔で机に座り、教室の窓から外を眺めていた。


「おいマサオ、そんな顔してたってしょうがないじゃないか」


 トシヤが呆れた声で言うとマサオは机に突っ伏し、まるでこの世が明日終わる事が確定した様な声で言った。


「だってよぉ、俺が明日をどんだけ楽しみにしてたことか……それがよぉ……」


 窓の外は雨。しかも結構な勢いで降っている。

 ロードバイクには軽量化の為にフェンダー、つまり泥除けが付いていない。もちろん雨が振っている時にカッパを着て走る事も無いことは無いのだが、雨の中を走ると視界が悪い上にタイヤはグリップを失いやすく、ブレーキは効かない為に危険性が跳ね上がる。おまけに水で濡れたブレーキシューは水研ぎ鑢の様にホイールのリムを痛めつける。更にチェーンに泥が付いたり、車体は汚れたりとロードバイクにも良く無いし、根本的に雨の中を走る事自体があまり気持ちの良いものでは無い。ガチなレースやイベントならともかく、友達だけでのファンライドなら中止、又は延期するのが賢明だ。


「あーあ、明日は晴れねぇかなぁ……」


「無理だろ。明日の降水確率は80%だってよ」


「天気予報の降水確率80%って、10回のうち8回雨が降るって事だろ。降らない方の2回に当たらねぇかなぁ」


「そりゃお前の日頃の行い次第だろ」


「だったら晴れるはずなんだけどな」


「そうか? 俺の記憶が正しければそうとは思えんが……」


「てるてる坊主でも作るか」


「小学生かよ」


 トシヤとマサオのグダグダした会話は授業開始のチャイムまで続いた。


 放課後、雨は止む気配が無い。マサオは机に肘杖を付き、窓の外を恨めしそうに見ながらトシヤに催促する様に言った。


「明日よー、雨だったらライドは中止なのはしょうがねぇ。でも、四人でショップにでも行くって話に出来無ぇかな?」


 土曜日は午前中に授業が終わる。という事は、昼休みというものが無い訳で、学食でハルカと出会う事も無い。明日の相談をするにはハルカの教室に出向くとか、電話をかけるとか、メールを送るとか何らかのアクションを起こさなければならない。


「そうだな、ちょっと連絡入れてみるか」


 トシヤがスマホをポケットから出した時だった。


「あっ、居た居た。トシヤくーん」


 驚いた事にルナがトシヤとマサオの教室の入口に現れたのだ。しかも後ろにはハルカを従えている。ルナの声に振り向いたトシヤとマサオに教室に居た男子達の羨望の眼差しが突き刺さる。


「ルナ先輩、わざわざ来てくれたんですか?」


 呼ばれたのはトシヤだと言うのにマサオが立ち上がり、ルナに駆け寄った。


「あらマサオ君、ちょうど良かったわ」


 近寄ってきたマサオを見てルナが言った。ルナがトシヤの名前だけを呼んだのは、マサオを無視していた訳では無く、マサオが窓の外を見ていた為、顔が見えなかっただけだったのだ。

 ルナに向かって一目散にダッシュしたマサオに対し、トシヤはどちらかと言うとゆっくりとルナに向かって歩いた。もちろんこれは余裕をかましている訳では無い。ルナの背後に居るハルカに対してどんな顔をすれば良いかわからなかっただけの事だ。


「いやー、ちょうど今、トシヤと話してたんですよ。もし明日、雨だったらどうしようかって」


『もし』も何も、明日の降水確率は80%だ。雨が降る事は正に十中八九間違い無いのだが、敢えてここで『もし』と言うところがいかにもマサオらしい。それはさて置き、マサオの言葉にルナが少し考えながら答えた。


「そうね、まあ、ライドは諦めるとして……」


 ライドの中止又は延期は仕方が無い。だが、ルナと会う機会まで延期になってしまうのは嫌だと言う一心でマサオはルナの言葉を遮る様に言った。


「じゃあ、皆でショップでも行きませんか?」


 マサオの言うショップとは、言うまでもなくロードバイクのショップ、簡単に言えば自転車屋だ。もちろんマサオもトシヤもロードバイクを買ったばかりなので、ニューマシンを買うお金など無い(マサオは有るかもしれないが)。だが、ショップに行くのは車両を買ったり、メンテナンスに出す為だけでは無い。パーツやウェア、ケミカル等見ているだけでも楽しく、たまに掘り出し物に出くわすなんて事もあるのだ。


「そうね。私達、行きつけのショップばかり行ってるから、たまには他のお店を覗いてみるのも良いかもしれないわね」


 ルナの答えを聞いたマサオは心の中でガッツポーズだ。トシヤはマサオの積極性と言うか、図太さに感心するやら呆れるやらだったが、そのおかげで日曜日に雨が降った場合、ライドは中止になっても四人で出かける事が確定

したのだ、心の中でマサオに手を合わせた。ハルカはただ、ルナの後ろで小さく頷いただけだった。もし、このハルカの姿をハルカのクラスの男子が見たら、いったいどう思うだろうか?


 話を済ませたルナとハルカが帰った後、トシヤとマサオには男子共が群がった。


「おい、今の、津森先輩だろ? あの美人の先輩が何でお前等と!?」


「それに一緒に居たの、二組の遠山だったよな。俺、遠山と同中だったんだけどよ、あの男女があんなにおとなしいなんて!」


「夢か? 俺達は集団幻覚でも見てたってのか?」


 好き放題言うクラスメイト達にマサオは勝ち誇った顔で言った。


「ああ、ちょっと訳アリでな。なあ、トシヤ」


 何が『訳アリ』だ。トシヤは思ったが、今回はマサオのおかげで日曜日に雨が降ってもハルカと会う事が出来るのだ、敬意を表してマサオに合わせる事にした。


「ああ。まあ、色々あってな」


 だが、そんな誤魔化しで納得させられる筈も無く、クラスメイト達はしつこく説明を求めて食い下がったが、マサオはあっさりと言って教室を出た。


「色々ったら色々なんだよ。一から十まで説明したら一晩かかるぜ。んじゃな」


 ロードバイクに乗って、峠で出会った。それだけの事なので、説明するのに五分もかからないだろうが、トシヤとしても面倒臭かったのでマサオに続いて教室を出た。


「まあ、人間生きてりゃ色々あるってトコかな。じゃあ、また来週な」


 教室を出たトシヤとマサオは雨の中、足取りも軽く校門を出て笑いながら歩いた。


「ロードバイク様々だな。乗ってて楽しいわ、美人の先輩と知り合えるわ、ウハウハだぜ」


「何言ってんだ、峠で死にそうなツラしてるクセによ」


 マサオの言葉にトシヤが呆れた顔で言うが、マサオも負けてはいない。


「そりゃ、お前だって一緒だろうが」


「ああ、そうだな。もっと走ってハルカちゃんに置いて行かれない様にしないと」


 トシヤの口からハルカの名前が出た。これはトシヤが意識して言ったのでは無く、自然に出たものだった。


「おいおい、お前だってハルカちゃんの事、考えてんじゃねぇかよ。まあ、明日はお互い上手くやろうぜ」


 マサオに茶化されて顔を赤らめるトシヤだった。



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