第46話 昼休み、学食にて

 その頃、ようやく登校したトシヤはマサオのご機嫌な顔を見て不思議に思った。


「あれっマサオ、えらい機嫌よさそうだな。昨日は散々だったクセに」


 偉そうな事を言っているが、トシヤも他人の事は言えない気がする。まあ、マサオよりはマシだったからここは大目に見てやろうではないか。だが、そんなトシヤの暴言にもめげる事なくマサオは楽しそうにフフンと笑った。


「何だよ、気持ち悪ぃな」


 酷い言い草だが、確かにトシヤの言う通りマサオ笑いには得体の知れない不気味さがあった。少し引き気味のトシヤにマサオは得意げな顔で言った。


「ああ、朝、ハルカちゃんに会ってな。次の日曜は山じゃ無く、平地のライドに行こうって誘ったんだ。もちろんオッケーもらったぜ」


 トシヤは『平地のライド』と聞いて以前ハルカとルナと三人で川沿いのサイクリングロードを走り、超有名テーマパークであるULJを海の対岸に望めるポイントまで行った事を思い浮かべ、同時にその時の記憶が蘇った。ルナに「ゆっくり走る事も楽しいでしょ」と言われた事、そしてサイクルラックのあるカフェでスパゲティを食べる時に見せた幸せそうな可愛い笑顔を。

 思わずぼーっとしてしまったトシヤをマサオの言葉が現実に引き戻した。


「平地なら千切られる事は無いからな。たまには楽しいライドとしゃれこもうぜ」


 確かにヒルクライムと違って平地のサイクリングロードをゆっくり走るのならマサオも千切られてしまう事は無いだろう。


「そうだな、日曜が楽しみだ」


 トシヤは笑って答えたが、不安要素も一つあった。峠でちょっと良い雰囲気になったハルカとどんな顔をして一緒に走れば良いのだろう? 正直な話、峠ならそんな事を考える余裕など無いだろうが、平坦なサイクリングロードをゆっくり走るとなると余裕がある筈。その時、ハルカにどんな風に接すれれば良いのだろう? と言うか、それ以前に昨日別れてからまだハルカと顔を合わせていない。今日、ハルカと会ったら普通に話が出来るんだろうか? トシヤの頭にハルカとの間接キスの思い出が鮮明に蘇った。


「何だトシヤ、顔、赤いぞ」


 トシヤの異変に気付いたマサオが言うが、さすがにそれは言う訳にはいかない。「そんな事無ぇよ」と誤魔化そうとするトシヤだったが、マサオには通用しなかった。


「俺が誤魔化されるとでも思ってるのかね、トシヤ君。お前も考えてるんだろ、このライドでハルカちゃんとの仲を一気に深めようって。隠す事は無ぇよ」


 トシヤの心を見透かしたつもりで的外れな事を言うマサオ。トシヤは思った。

 ――『お前も』って言うからには、お前の方こそルナ先輩と仲良くなろうと企んでやがるんじゃねぇか――


 はい、トシヤ君正解です。だがマサオはトシヤがそんな事を思っているとは知らず、日曜の事を考えているのだろう、ウキウキした顔で鼻歌の一つでも歌いだしそうだ。そんなうちにホームルーム開始を告げるチャイムが鳴った。


 退屈な授業が終わり、昼休みとなった。昼休みと言えば昼食だ。トシヤとマサオは学食にダッシュした。マサオは呑気に「先週はハルカちゃんに会ったから、今週はルナ先輩に会えると良いな」などと考え、対照的にトシヤは


「ハルカちゃんに会ったらどんな顔をしよう……」と情けない事を考えていた。


 トシヤがマサオと二人学食へ行くと、そこは既に人がごった返していた。まあ、いつもの事だと食券を手に列に並んでいたトシヤの背中を誰かが突っついた。振り向いたトシヤの目に映ったのは見覚えのある女の子の笑顔だった。


「ごめんね、ハルカじゃ無くって」


 トシヤの背中を突っついたのは、ハルカの友人カオリだった。そしてカオリはトシヤに告げた。


「残念ねー。ハルカは今日、お弁当だって」


 マサオはともかくトシヤは別にハルカに会う事を期待していた訳では無かったのだが、ハルカが今日は学食に来ない事、つまり今日はハルカに学食で会う事は無い事が確定した。トシヤはそれを残念に思うと同時に、少しほっとしたところもあった。だが、トシヤがほっとしたのも束の間、カオリは目を輝かせて尋ねてきた。


「トシヤ君、ハルカと何かあったの?」


 トシヤの頭に昨日、渋山峠での出来事がまた思い浮かんだが、恥ずかしくてそんな事言える訳が無い。


「いや、何も無いよ。ハルカちゃん、どうかしたの?」


 トシヤが逆に探りを入れようとしすると、カオリはあっさりとハルカが今朝、妙な事を言い出した事を話した。


「ハルカちゃんがそんな事を。トシヤ……お前、本当は何かあったんじゃねぇのか?」


 すぐ横で聞いていたマサオが目を血走らせて乱入して来たが、言えないものは言えない。トシヤは「何も無いって言ってるだろ」とマサオをあしらうと、カオリがトシヤに真面目な顔で言った。


「ハルカって良い子なんだから、泣かしたりなんかしたら承知しないわよ」


 泣かすも何も、まだ全然そんな関係に発展していないのだが、トシヤとしては悪い気がしない。寧ろハルカの友達が応援してくれている様な感じがして嬉しかったりしたのだがマサオの手前、あからさまに喜ぶのも気が引ける。


「そうだね、気を付けるよ」


 トシヤは何やら微妙な答えしか出せなかった。しかし『気を付ける』と言っても何に気を付けると言うのだろう? だが、数日後にトシヤがハルカを泣かせる事になるとはこの時、誰も思ってはいなかった。


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