第39話 ヒルクライムラバーズ!

 現金なもので、マサオはルナから分けてもらったスポーツドリンクを飲むとすっかり元気になった。おそらく彼の中ではルナのエキスを取り入れた事にでもなっているのだろう。


「うーん、高い所から見る景色は最高だな」


 ついさっきまで死にそうな顔をしていたくせにまるで山岳賞でも取ったかの様に満足気に遠い町並みと地平線を見下ろすマサオにトシヤとハルカは呆れた視線を送ったが、ルナだけは優しかった。


「苦労して上った後の景色は格別でしょ? だから辛いけど、やめられないのよね」


 正直なところ、マサオにとって(トシヤにとっても)前回この展望台に着いた時に上った『裏ルート』でも十分しんどかったのだが、今回上った正式な(?)渋山峠のヒルクライムは苦行以外の何物でも無かった。しかし、この苦行を「やめられない」とルナは言い、ハルカはうんうんと頷いている。


――ドSじゃ無ぇ! こんな苦しい思いがやめられないなんて、この二人、ドMに違い無ぇ!!――


 心の奥で叫ぶマサオだった。だがルナが『ドМ』だと思うと、それはそれで燃える物が有る。マサオがチラッとトシヤを見ると、彼もまた目をギラギラさせているではないか。


「そうっすね。早く足着かずに上れる様になりたいっすよ」


 どうやらトシヤもドМの仲間入りを果たした様だ。それを受けてハルカは「わかってるじゃないの」とばかりにトシヤの背中をポンっと叩き、ルナは仲良さげなトシヤとハルカを見てにっこり笑うと、マサオに微笑みかけた。


「マサオ君はどう?」


 この状況で「どう?」と聞かれて「坂はしんどいから、もういいっすわ」などと答える事が出来る者が居るだろうか?


「もちろんっすよ。俺だっていつまでもトシヤに負けてられませんからね」


 マサオなりの精一杯の決めゼリフだった。だが、それを聞いたルナは首を横に振った。


「あのねマサオ君、私達はレースをしてる訳じゃ無いのよ」


 やる気を見せたつもりの言葉が裏目に出てしまったのか? しゅんとしてしまったマサオにルナは穏やかに言った。


「確かにヒルクライムのタイムを競う人達も居るし、それを否定する気も無いわ。でも、私達はそうじゃ無いの。ただ楽しく山を上りたいだけなの」


「そうそう、勝ち負けなんか気にしてたら楽しく上れないじゃない。ちなみにネットで見たんだけど、速い人はココを十五分で上るんだって。二十分で平均レベルってトコらしいわよ。とても敵いっこ無いもん」


 ハルカもルナを擁護する様に口を挟んできた。平均レベルが二十分だと言ってはいるが、常識的に考えて、タイムをネットに上げる様な人はそれなりに走り込んでいる人達ばかりだろう。トシヤがそうだった様に途中で諦めて引き返したり、今回の様に休んで休んでやっと上りきる人も多数存在するだろうから、そんな数字を鵜呑みにするのはいかがなものだろうか。ともかく人それぞれの楽しみ方が有ると言う事をハルカは言いたいのだろう。


「そうよ、タイムを競う事も大事かもしれないけど、私はヒルクライムの愛好家であって競技志向は無いから」


 確かにルナの言う通り、人には人それぞれの楽しみ方が有る。無理に他人と競う必要は無いと言う事は間違い無いのだが……ハルカが渋い顔で呟いた。


「マサオ君は勝ちとか負けとか言うレベルじゃ無いわよね」


 ハルカの辛辣な言葉にマサオは言葉を失ってしまった。だがトシヤは逆に目を一層輝かせ、敬服する様に言った。


「ヒルクライムの愛好家ですか……ヒルクライムラバーってトコですね」


 するとその呼び方をハルカが妙に気に入った様で、興奮気味に声を上げた。


「ヒルクライムラバー、良いわね、その言い方!」


 自転車で山を上る者は『クライマー』と呼ばれている。だが、『クライマー』と言うと、どうしてもツールやジロ等のロードレースに出場するチーム内で山を得意とし、山岳ステージでチームを引っ張るとか、山岳賞を狙うとかいう競技的なイメージが付き纏う。しかし『ヒルクライムラバー』なら『ラバー』という柔らかい響きがタイムなど気にせずヒルクライムを楽しむルナの考え方を見事に表している。


「本当ね。気に入ったわ、その言い方。マサオ君はどう?」


 ルナも目を細めて共感し、マサオに尋ねると、マサオは不敵な顔で答えた。


「ルナ先輩、一つだけ良いっすか?」


 何か反対意見でも有るのだろうか? マサオは勿体ぶった口振りでルナに尋ね返した。


「何よ、何か文句でも有るっての? 一番上れないクセに」


 ルナの考え方を根本から覆す様な身も蓋もない事をハルカが口走った。だがマサオはそれをものともせずルナに言い放った。


「俺達は四人なんですよ。それを言うなら『ヒルクライムラバー』じゃ無くって『ヒルクライムラバーズ』でしょ」


 何の事はない、マサオはルナと仲間だという事を強調したいだけだった。マサオの必死のアピールに気付いたかどうかは定かで無いが、ルナは満面の笑顔で言い直した。


「そうね、私達はヒルクライムラバーズ。どうかしら? これで」


 ルナの言葉を聞き、マサオは親指を立てて満足そうに頷いた。だが、マサオが目指すのはヒルクライムラバーでは無く、ルナのラバー(恋人)だ。しかしルナはマサオの事をどう思っているのやら。少なくとも現時点では単に後輩としか見ていないとしか思えない。

 また、トシヤとハルカもヒルクライムラバーズかヒルクライムの文字が取れ、ラバーズの関係に発展したいと密かな想いをお互いに抱いているが、先はまだ長そうだ。四人のヒルクライムラバーズが二組のラバーズと変わる日は訪れるのだろうか? 






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