第37話 トシヤがマサオに嫉妬した?

 そうこうしている間に何台かのロードバイクが駐車場に入っては出て行ったが、マサオとルナは一向に姿を現さない。


「ちょっと遅すぎるんじゃないか?」


 色々な意味で不安になったトシヤが言うと、ハルカも心配そうな顔になった。


「そうね……まさか何かあったんじゃ……」


 ハルカの言葉を聞き、トシヤの不安はより大きくなった。マサオは自分の限界を超えてもルナと一緒に走っているからには自分から足を止める事はしないだろう。となると、落車の危険度が跳ね上がる。また、マサオの事だ。途中で休んでいる時にルナに変な事を言って怒らせてしまったんじゃないか? いや、もしマサオがルナを怒らせたのだとすればルナはマサオを置いて先に上ってくるのではないだろうか? そしてルナが現れないという事は、マサオはルナを怒らせてはいないという事だ。だとしたら……

 トシヤは嫌な予感がした。もう一度スマホを確認したが、やはりマサオからの連絡は入っていない。スマホの画面からハルカに視線を移すと、ハルカもスマホを確認し、首を横に振った。


「一度下りてみようか」


 トシヤがリアクトに跨った。来た道を下りれば途中でマサオとルナとすれ違う筈。もちろん二人が何事も無く上り続けていればの話だが。

 ハルカは頷いてエモンダに跨るとトシヤの前に出た。


「ちょっとだけスピード出すから、絶対無理に着いて来ようとしないでね」


「ああ、わかった」


 ハルカの言葉にトシヤが答えると、ハルカは駐車場から出て、トシヤも後を追った。


 上って来た道を下りるのだから、駐車場を出た所は当然下り坂だ。一番軽いギヤのままでは危ないと、トシヤはフロントギヤをアウターに、リヤのギヤを三枚程上げてこれから始まるキツい下りに備えた。するとペダルを踏んだ訳でも無いのにリアクトが加速し始めた。先週も走ったので、ここで一気にスピードが乗る事は解ってはいたが、普段では感じる事の出来無い加速感にブレーキにかけた指に思わず力が入ってしまう。しかしそんなトシヤに対し、ハルカは物凄いスピードでカーブに突っ込んで行く。もちろんハルカなりに安全マージンを残してはいるのだろうが、それでもトシヤからすれば驚異的なスピードだ。


「これが『ちょっとだけ』だってのか!?」


 トシヤがブレーキレバーを握る指からほんの少し力を抜いただけでリアクトはまた加速しようとする。慌てて指に力を入れ直し、自分の無理の無い程度でカーブに飛び込むと、ハルカは既に次のカーブに侵入しようとしていた。


「ハルカちゃん、速ぇ!」


 先週見た走りより遥かに速いハルカのダウンヒルに舌を巻きながらトシヤは後を追うが、差は見る見るうちに開き、ハルカの姿は見えなくなってしまった。


「ヤバい。このままじゃ、また千切られちまう」


 トシヤは焦ったが、ハルカに絶対に無理はするなと言われているし、そもそも今のトシヤが無理したところで追い付けるとは思えない。無理する事無くカーブを抜けると、短い直線の向こうに最終ヘアピンが見えた。上る時は時間がかかったけど、下りる時はあっという間だなと考えるトシヤはヘアピンのアウト側に有る公園ゲート前の広場に三台のロードバイクが停まっているのに気付いた。プリンスと二台のエモンダ、間違い無い、マサオとルナとハルカだ。高い所から見下ろしているのでヘアピンの向こうから対向車が来ていない事は一目瞭然、振り返って後続車が居ない事を確認するとトシヤは三人の方にハンドルを向けた。


 トシヤが到着し、ようやく四人が揃った。マサオとルナが事故に遭った訳でも、マサオがルナを怒らせた訳でも無かった事にトシヤがほっとしたのも束の間、ハルカがマサオを気遣う様に尋ねた。


「どう? マサオ君、大丈夫?」


 珍しい事も有るもんだという思いと共に心にモヤモヤしたものを感じた。この感情は……嫉妬だ。ついさっきまで自分に笑顔を向けていたハルカが、今は心配そうにマサオを見ている。それだけの事でマサオに嫉妬の念に駆られてしまうとは、何て小さい男なんだと感じてしまうトシヤだったが、実はトシヤがマサオに嫉妬する必要など全く無かった。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう、ハルカちゃん」


 マサオが答えた瞬間、ハルカの態度が豹変したのだ。心配そうに見ていた目は厳しい目付きに変わり、冷淡にもマサオを急き立てる様に言った。


「そう、だったらいつまでも休んでないで、さっさとスタートしなさいよ」


 ハルカの容赦無い言葉にルナは苦笑いするしか無かった。


「マサオ君、ココまで来たらゴールはもう目の前よ。最後の一頑張り、行きましょうか」


「そうっすね。んじゃ、行きますか」


 ルナに声をかけられたマサオは言葉少なく答えると、ノロノロと走り出した。ルナは正直なところ、マサオが自ら先にスタートするとは思っていなかった。ココに到達するまでの様に、自分が出た後を着いてくるものだとばかり思っていた。しかしマサオはヨロヨロしながらではあるが、自らペダルを踏み、前に進もうとしている。


「そう、その意気よ! マサオ君、頑張って!」


 ルナは思わず声に出しながらマサオの後を追った。

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