第13話 やっぱり自分の愛車が一番! そして女心は難しい

「悪い悪い。そんな飛ばしたつもりは無かったんだけどな」


 トシヤが言うとマサオは何故かニヤリと笑った。


「そっか。俺のプリンスが本領を発揮したって訳だな」


 このレベルのスピードで本領発揮も何もあったものでは無い。そもそもロードバイクの原動力は乗っている人間なのだが……まあ、持ち主のマサオが嬉しそうなのだから良いだろう。


「で、俺のリアクトはどうだった?」


 トシヤはマサオに尋ねた。本当は聞きたく無かった。なにしろメリダのエントリーグレードであるトシヤのリアクト400と、ドグマが出るまではピナレロのフラッグシップだったプリンスとでは本来比較の対象にすらならないのだから。


「やっぱ車重の差は感じるな。それにアルミだからやっぱ硬いわ」


 マサオはもっともらしく応えるが、彼は本当にそんな風に感じたのだろうか? そもそもトシヤのリアクト400がアルミフレームだなんていつの間に知ったのだろう? 多分、トシヤの手の届くメリダのロードバイクを調べ、アルミフレームのリアクト400だと知り、インプレッションの記事を鵜呑みにしてそれらしい事を言っているのだろう。


「値段が違うんだからしょーがねーだろ」


 トシヤが吐き捨てる様に言った。ピナレロというブランド料が上乗せされているとは言え、やはり『良い物は高い』事は間違い無いのだ。とは言ってもトシヤにとってリアクトが大事な愛車である事に変わりは無い。プリンスに跨りながら自分のリアクトを見ると、プリンスに心酔したものの、やはり自分の愛車が可愛く見えた。


 信号が青に変わるとトシヤはプリンスを発進させ、すぐに見えた広い駐車場に入った。


「サンキュな。プリンスは凄いけど、俺はやっぱり自分のリアクトが良いわ」


 言いながらトシヤがプリンスから降りるとマサオはトシヤの気持ちを理解したのだろう、ニヤっと笑った。


「そっか。やっぱり自分のバイクが一番だもんな」


「そういう事だ」


 トシヤとマサオはロードバイクを交換、それぞれ自分の愛車に跨ると、もと来た道を戻りマサオの家へと向かった。


「じゃあな、また明日」


「おう、明日学校でな」


 マサオと別れの挨拶を交わしたトシヤはふと、ハルカが別れ際に残した言葉を思い出した。


――じゃあ、また学校で――


「『また学校で』って言ってたよな……」


 トシヤは気付いた。ハルカは学校でトシヤと話をする時は妙にツンツンしている。そんなハルカが『また学校で』なんて言ったのだ。それって……


「明日、学校行くのが楽しみだな」


 呟いたトシヤは愛車のリアクトで家路を急いだ。



 翌日の朝、トシヤは学校の廊下でハルカの姿を見つけた。


「おうハルカ、昨日は楽しかったな」


 トシヤは笑顔で声をかけた。もちろんハルカが笑顔で返事をしてくれる事を期待して。


「ああ、おはよう」


 ハルカは素っ気ない一言を残し、そそくさと教室に入ってしまった。


「昨日の言葉は何だったんだ……」


 女心とは難しいものだ。トシヤはハルカの期待外れの反応に呆然と立ち尽くすばかりだった。


「あれー、おっかしーなー。トシヤ君、ハルカちゃんと仲良くなったんじゃなかったのかい?」


 突然後ろから声をかけられてビクっとしたトシヤが振り向くと、マサオがニヤニヤしていた。


「なんだ、黙って見てるとは趣味の悪いヤツだな」


 トシヤが不貞腐れ気味に言うとマサオはトシヤ以上に不機嫌な声で言った。


「お前が上手くやるって言うから期待してたのに、なんだよ今のハルカちゃんの態度は。やっぱり無理にでも着いて行くべきだったぜ……」


 マサオに言われて返す言葉が無いトシヤだったが、一つだけはっきり言える事があった。


「ママチャリでロードバイクに着いて来れる訳無いだろ!」


 まあ、余程の体力差が有れば話は別だが、マサオに機材の差を埋めるだけの体力が有るとは思えない。いや、体育の授業の様子からすると、むしろトシヤの方が体力が有る様に思えて仕方が無い。だが、女の子の前だと普段以上のパフォーマンスを発揮出来るのが男の子という生き物だ。もしかしたら……


「とりあえず、次の日曜に二人で走りに行こうぜ」


 トシヤはマサオをライドに誘ったが、『二人で』という所が引っかかるらしく、マサオは目で何か訴えている。


「わーってるよ、とりあえずって言ったろ。俺は昨日ハルカちゃんとルナ先輩と一緒に走ったばっかりなんだ。二週続けてって訳にはいかねぇよ」


「それもそうか。じゃあ、二人で走りに行くか。とりあえずな」


 あくまでも『とりあえず』という言葉に拘るマサオにトシヤの溜息は深くなるばかりだった。



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