護る−3
その日は、よく晴れた心地よい日和だった。
受験生としては、勉強と成績の心配をしなければならないところだが、ゆとりある良太としては、今日催される神社の秋祭りのほうが、気がかりだった。
この町に戻ってきてから、最初の祭だ。
彼女と一緒に楽しみたい。
「竜!」
放課後、隣の教室を訪ねた。女子が何人か声をかけてくるのを適当にかわして、達也と話す竜のところへたどり着く。
「良太、祭行くよな?」
こちらから声をかける前に、彼女のほうから声をかけられ、良太は少し戸惑った。
「あ、うん……」
「じゃあ、一緒に行こぅ〜…」
竜の言葉を遮るように、良太は、彼女の両頬をグイッと引っ張った。
「なんだよー!」
頬を解放された竜は、恨めしげに良太を見上げた。達也は、なんとなく良太の行為のわけに予想がついているのだろう。苦笑いを浮かべている。
「俺から誘いたかったの!先に言いやがって」
「どっちから誘ったって同じだろ?あー、痛かった」
訳がわからないと、竜は独り言のようにつぶやいた。
「違うの。竜にはわからないだろうけど」
「行かないのかよ」
「行くに決まってる!」
「じゃあ、神社の階段の下で待ち合わせな?」
竜が明るく笑うと、良太の胸はふわりと暖かく弾んだ。良太は、優しく目を細め微笑んだ。
「楽しみにしてる」
今日は週末で、明日は休みで、放課後は秋祭り――――。
町が黄昏に包まれる頃、神社の秋祭りは賑やかさを増していく。神社までの参道もたくさんの出店が並び、見ているだけで楽しい。
良太は、制服から私服に着替え、出店を眺めながら待ち合わせの場所へ歩いていた。
学校が近いこともあり、顔見知りも多く見かけた。
店と人とで目移りしていた良太が、一点を見つめて立ち止まった。
待ち合わせにしている神社への階段の下に、竜と達也がいた。
他の人が見れば、どちらかといえば「かっこいい」と表現されるだろう竜の容姿。今日は、祭り独特の明かりを受けて男前に磨きがかかっている。
しかし、良太からしてみれば、「美しい」の一言だ。見惚れるくらいに美しい。祭の明かりが彼女を包み込んでいて、キラキラと輝いている。
心音が、全身で響いていた。
あちらは、まだ良太に気づいていない。
なにかに急かされるように、良太は駆け出していた。
ふと、竜が何かに気づいたような顔をして宙を見つめた。そして――――。
「止まれ、良太!」
竜の必死な声が聞こえた。
次の瞬間、祭を楽しむ人の姿が消えた。
状況が飲み込めず、良太は足を止めた。
変わらないのは、町と祭の出店と神社、それから竜と達也の姿だった。
辺りを見回しながら、良太はゆっくりと竜の方へ歩み寄った。
「ここ、何?」
戸惑いが、そのまま声に表れている。良太は、階段の上、神社を振り返った。やはり、変わらない神社の姿だ。
「あいつの、術の中だ。……たぶん」
強張った、竜の声。緊張で張り詰める空気。達也も、辺りを警戒している。
「あいつ……?」
良太が聞き返したときだった。
後ろから、階段を降りてくる音がして、三人は驚きと警戒心で振り返った。
「あ……」
階段を降りてくる人物を見つけた竜の、戸惑いと喜びと、苦しげな色をした小さな声がして、良太は、彼女を振り返った。竜の視線は、階段を降りてくる人物に釘付けになっている。
黒い髪、黒い瞳、背がスラリと高い男。
「なぁ、達也」
良太の真剣な声音に、達也も表情が強ばる。
「なに?」
「あの美形だれ?あいつとどういう関係?」
「……前にアニキが話した、夏休みの出来事のアレ」
「ふーん。お前、どっちがかっこいいと思う?」
「え?」
「だから、俺とあの美形と、どっちがかっこいいと思う?」
「(真剣な顔してると思ったら……)気になるところ、そこなの?」
「俺にとっては死活問題」
達也からの答えは返ってこない。代わりに聞こえたのは、深い溜め息だった。
相対する男の、肩にかかるストレートの黒い髪が、少しだけ揺れる。男は、右手に剣を握っていた。
良太は、階段の中程にいる男を真剣な眼差しでじっと見つめた。
男の名前は、夜叉――――竜から聞かされた話から、彼の情報を思い出す。年は知らない。この世界の住人ではなく、異世界の国の皇子だったはずだ。そして、竜を狙ってここへ来ている。
「たつ、良太……」
「俺は嫌だ」
竜が最後まで言い終わる前に、何を言われるのかを察して、良太は返した。
「嫌だからな」
ここで護られる側になっていたら、神社での手合わせはなんのためにしていたのかわからない。
「わかったよ」
諦めたようにそう言って、竜は手のひらに力を集中させる。
「……たつ、兄ィたち呼んできて」
言い終わると同時に、達也は緑の蔓に覆われた。
「良太、サポート頼んだぞ」
言いながら竜は、耳元に樹李からもらった通信具を貼り付ける。
彼女の当然のような口調に、良太は一瞬戸惑うが、すぐに意識を集中させた。竜と同じく、緑色の薄い円形の板を耳元に貼り付ける。
「任せとけ。早く済ませて、祭りに行くぞ!」
空気が張り詰めていく。
夜叉は、一言も発しないまま、剣を構えた。
竜も剣を持つ手に力が入る。
「竜、どうにか社の方に行けないか?こんな障害物だらけのとこじゃ、経験差でお前に不利だろ」
「やってみるけど……そもそも行かせないための位置取りかもな、これ」
「方法はある。お前は運動神経いいからな」
良太が説明をしていると、夜叉がこちらに向かってくるのが見えた。
「やってみる!」
楽しげな表情が、竜の顔に浮かんでいた。竜は、剣の方へ力を込めてそこに風をまとわせ、迫ってくる夜叉へ向かって駆け出した。
二人の距離が一気に縮まり、剣と剣とがぶつかった。夜叉の剣の方が重いはずだった。しかし、彼の剣は少しだけ弾かれ、その隙をついて竜が更に風の術を地面に向けて放った。同時に思い切り跳んで、体を宙で回転させる。
向かい合っていた二人は、次の瞬間には背中合わせになっていた。
竜が階段を駆け上がるのと、夜叉が振り返るのとが同時だった。
この不思議な世界がどこまで続くのか、広い場所まで出られるだろうか。
二人を追って、良太も階段を駆け上がる。
向かう先で、金属同士がぶつかる音が響いている。
階段を上がりきると、境内で戦う二人が見えた。
「(……あいつの話だと、夜叉は剣術だけじゃなくて魔術も使うハズ……)」
今のところ、彼に魔術を使う様子はない。剣だけでも、竜に勝てるということなのか。
竜は、夜叉の重い剣を受け続けて息が上がっている。
「(時間がかかれば、竜が不利だ)……竜、魔術を絡めるなら、今しかない」
「やっぱり?仕方ないか……」
竜が、風の術を使って、夜叉から距離を取る。時間を置かず、無数の水の矢を夜叉に向かって飛ばした。
良太の視線は、夜叉ではなく竜に向いていた。魔術を使う前の彼女の言葉が、少し気になった。そして、水の術を使うとき、試すような顔をした。
竜の放った無数の水の矢は、夜叉に届く直前で消えた。
竜の舌打ちが聞こえる。相殺したわけでもないのに、水の矢は姿を消した。
双方が、睨み合っている。
「あのときもそうだった……」
竜は、意識を夜叉に向けたまま、良太に話した。
「あのときってなんだよ?」
「花火の日。海吏と海雷が夜叉に撃った術が、今みたいに直前で消えたんだよ」
「なに?その裏ワザ……」
信じられないとむくれ顔の良太は、一瞬の間の後、ニヤリと笑った。
「術は、基本真っ直ぐに飛ぶよな?」
「まぁな」
「竜が避けられれば、それ攻略できるんじゃないの?」
「え?」
「まぁ、お前の身体能力とスタミナにかかってるけど」
「あぁ……よし!それでいこう」
後は、夜叉の反応の速さが鍵になる。
夜叉が握る剣に、オレンジ色の渦が絡み始めている。竜は、先程よりも強い水の矢を放ち、同時に地を蹴り一気に距離を詰めた。
竜の放った術は、やはり夜叉に当たるより前で何かに吸い込まれるようにして消えた。消える直前、夜叉が剣を一振りしてオレンジ色の炎を放つ。竜は、地面に向かって水の渦を出して勢いをつけ、上空へと跳んで夜叉の攻撃を避ける。その時、竜の表情と動きが一瞬止まった。そして、なにもないところから、竜は横に吹き飛ばされた。すぐに、次の手をうつために体勢を立て直す。
しかし、それよりも夜叉の動きのほうが早かった。
すぐそこに、銀色の剣が迫っていた。
高い金属音が響く――――竜の剣を手にして受け止めたのは、良太だった。
「魔術を使われたら対応できないからな?!早く立て直せよ?!」
「……わかってる」
夜叉の剣を受ける良太に聞こえたのは、苦しげな声だった。一瞬、そちらに気を取られた。
次の瞬間、剣は回りながら宙を舞った。
「(ヤバい……!)」
迫りくる剣に打つ手がない――――思ったときだった。緑の渦が、夜叉との間に吹き抜けていった。その隙に、良太は夜叉と距離を取る。
「光の術は……できたら奇跡なんだよな……」
夜叉をじっと見つめたままで、竜は呟いた。
「(思い出せ……あのときの、感覚を……)良太、離れてろよ……」
良太は、夜叉との距離を取りながら、この空間とここにいる夜叉について考えていた。
このまま、この男と戦うことに、意味があるのか――――攻撃をしてくる限り、反撃と防御をしなければ、こちらはダメージを負い、命を失う。
しかし、ここが、現実――――日常の世界と切り離されているとして、やらなければいけないのは、ここからの脱出だ。その条件は何なのだろう。
「(あの男を倒すことが……本当にその条件なのか?)」
良太は、竜が白い光の矢を放つその瞬間の夜叉と彼の周りを凝視した。
あの男が幻だとしても、彼から放たれる攻撃は本物でこちらにダメージがある。ということは、よくできた幻か、本当の敵が攻撃してきているなにかがあるはず。
白い光の矢は、夜叉に届く直前で、黒い霧のようなものに包まれて消えてしまった。
黒い霧が現れる、その瞬間だった。良太の目が捉えたのは、竜や達也と同じくらいの背丈をした透明に近い輪郭だった。それが、夜叉の斜め後ろに見えた。
「竜、夜叉の斜め後ろだ」
「え?なに?」
「こっちから見て、右斜め後ろを狙え。夜叉じゃない」
「わかった。右斜め後ろだな(もう一回だけ、さっきの……)」
竜は、深呼吸をして意識を集中させる。視線の先で、夜叉も同じように意識を集中させていた。
二人が、同時に力を放つ。
一つは竜の白い光の矢、一つは夜叉の黒い闇の矢。
夜叉の放った力はまっすぐに竜に向ってくるが、竜の光の力は、良太の助言通りに夜叉の斜め後ろへと飛んでいく。
パリン――――――――。
小さな音だったが、確実に何かが割れる高い音が、彼らを取り囲む空間から聞こえた。
その音に意識を向けたときだった。
竜が、ハッとした顔をして慌てたように良太の前に緑の蔦の壁を作り出す。
次の瞬間、黒い渦のようなものが、多数蔦の壁にぶつかり、いくつかがそれを突き抜けて良太の脇を通り過ぎていく。
良太は、腕を顔の前でクロスさせて目を閉じるしかできなかった。
やがて、ざわめきとにぎやかな音が耳に聞こえ始め、そして、焦ったような海吏、海雷の声がして、駆けつけてくる四人分の足音が聞こえてきた。
体中のヒリヒリした痛みに耐えながら、竜の姿を確認する。
竜は、大の字に寝転がり、息を整えていた。
「リュウ!」
「大丈夫?!」
駆け寄ってきた海雷と海吏の二人に笑顔を返して、彼女は、ようやく半身を起こした。大きく息をついて、良太の姿を確認して、安心したように笑う。
樹李が穏やかに声をかけた。
「立てるか?」
樹李の差し出す手を取り、竜が立ち上がる。
「場所を変えよう。今日は、秋祭りだから」
そう言ったあと、樹李は良太を振り返る。
「傷の手当もしないとな」
「……すいません」
目を伏せる良太に歩み寄り、樹李は、彼の頭を優しくなでた。労るような想いに共感しているような、やさしい手だった。
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