護る−2
同居人は、相変わらず、入ってくるなという方の扉から姿を現す。
扉についた鈴が、派手に音をさせると同時に、元気のいい声が飛んできた。
「黒樹、出かけよう!」
「ヤダ」
冷たく即答して、黒樹は、入れていたカフェオレを口にする。
「なんで?!客もいないし、外もいい感じに暗いし!」
「そんなこといいから、夕食作ってくれる?今日は、楓の当番でしょ」
黒樹の冷たい態度にも臆することなく、楓は、定位置である丸テーブルの向こうで座る彼の手を引いた。
「もー!いいから!出かけるぞ!」
「ちょっと、楓!」
抗議の声も虚しく、楓の歩みは止まらない。
楓は、時々、こうして強引に黒樹を連れ出していた。黒樹は、放っておくと必要な食材の買い物以外は外に出ない。じっと、室内にいて窓の外を眺めている。自分から、楽しさの方へは行かないのだ。
黒樹はあえてそうしているのだが、楓がそれを許してくれない。
そして、仕方なく、今日も楓に連れられて夕方の薄暗い街を歩いている。
行き先があるのかないのか、楓は余計なことばかりを喋っていて、目的を教えてはくれない。
「高校生ってのになるのもたのしいな。お前の思いつきには感謝しないと。黒樹も学校に潜り込めば?お前なら、余裕だろ?」
「お断り」
楓の目的がわからないが、この先を行けばどこに辿り着くのかは想像ができる。楓は、まっすぐにそこへと歩いていく。そして――――。
「楓、ここどこか知ってる?」
黒樹は頭を抱えた。
今、目の前に神社へ通じる階段がある。
自分たちの目的が何で、誰を狙ってきたのかを考えたら、連れてきていい場所ではない。
「わかってるって!だけどさぁ、見てみろよ、あれ」
楓は機嫌良くニコニコと祭のための明かりを見つめていた。
「はぁー……ここまで残念だとは思ってなかったよ」
「あ、黒樹、俺のこと見くびってんな?心配しなくても、俺たちはただの住人。気づかれませーん。だから、ちょっとだけ見ていこうぜ」
「却下。帰るよ」
「えー!」
「え、じゃない」
「こーくーじゅー」
ダダを捏ねる楓を、黒樹は呆れた顔で見つめた。
「こんなの、帰ったらいくらでも……」
「ここの祭はここでしか味わえないだろぉ?」
「………………気づかれる前に帰るからね」
「はーい!」
楓は嬉々として階段を登る。黒樹の手を離さないまま。
先を行く楓の背中に、黒樹は大きなため息をついた。
この先は、まだ暑いころ、セイリュウやここの守護者である精霊たちと遊んだところだ。いくらこちらを結界で護ったとしても、長居すれば、バレてしまう。あのとき、姿を晒しているのだから。
階段を登る前から見えていた。
もうすぐ、この町の秋祭りだ。神社は、提灯の明かりが広がっている。夏に来たときとは違う雰囲気を醸している。
先に行く楓が、橙色の明かりの中で笑う。眩しいほどの明かりが、楓を包んでいる。
「……好きだね、こういうところ」
「ワクワクするだろ、こういうところ。それに、」
楓は言葉を切り、橙色の明かりと薄暗い場所との境に立つ黒樹を引き寄せる。
「こういうところに、黒樹を巻き込みたい」
迷惑そうな顔を隠すことなく楓を見上げるが、まるで気にすることがない。
「ほーら、すぐそういう顔をする。黒樹はもう少し、人生を楽しめ!」
楓は黒樹を、橙の明かりの中に連れて行く。明かりは優しく降り注ぐが、黒樹はそこから目をそらした。
「…………楓は、満喫し過ぎだよ……」
楓は、黒樹の言葉を元気よく笑い飛ばした。
「だから、楽しめ!祭も来ような!」
「勘弁してよ……」
黒樹は、楓の手を振り払い、背を向けた。
「えー。もう帰るの?」
「祭は、今日じゃない」
楓の顔が、パッと輝く。
「断られたかと思った!楽しみにしてるからな?」
「……子ども……」
振り払ったはずの手は、もう楓に捕まえられていた。
「さぁ、夕飯に行こう」
「出かける気?」
「今日の夕飯は、俺の担当だろ?なら、メニューを決める権利は俺にある」
呆れたようなため息をつきつつも、黒樹は振りほどくのを諦めてついていくことにした。
町を歩き回るのは好きじゃない――――黒樹の視線は、落とし気味になっていく。人と触れ合いたくないのに、楓は、黒樹にその機会を与える。
「ハンバーガー……」
感情のこもらない声と冷たい表情で、黒樹は、目立つ色をしたファストフード店の看板を見上げた。
そこは、町の西を流れる川の近くにあるOPバーガー。近所の学校の生徒がよく利用する店舗だった。
「ここのポテトうまいんだ。味を選べてさぁ」
楓は、相変わらず手を握ったままで、店内へ入って行く。
気が乗らない様子で、それでも黒樹は素直にあとに続く。黒樹は、来たことはない。慣れた様子の楓に全て任せて、おとなしくしていた。
「楓?」
注文の品を待つ間に、後ろから声がかかって、二人は振り返った。
「望……」
竜の兄、望が、穏やかな笑みをたたえてそこにいた。
ここでは楓は同級生ということになっている。
「一人?」
店内を見回して、楓が聞いた。
「一人だよ。勘ぐらないでくれる?」
望が苦笑いを浮かべると、楓がニヤニヤと笑った。
「えー、だって、珍しいだろ。望が一人でこういう店」
「竜にお土産を持って帰ろうと思ってね。最近、色々頑張ってるから。弟?」
黒樹を見て、望が聞いた。
「いや、弟っていうか、えっと……」
楓が答えに困っていると、黒樹がそっと望を見上げた。
「……同居人です」
「同居人……。よろしく。僕は、矢沢望。楓の友だち」
「…………どうも」
「(なんだ?なんか、すげーいたたまれない……)」
黒樹の声音は、いつもと変わらないクールなものだったはずなのに、楓の耳に届いた声は、最高に機嫌が悪かった。
店員に呼ばれ、楓は注文したものを受け取る。
「じゃあな、望」
「また明日ね。サボらずに来るんだよ?」
「はーい」
望と別れて店を出て、街灯だけの暗い街を歩く。
黒樹の機嫌は直らない。
「あれ、セイリュウの関係者でしょ」
声音は、やはり、いつもと変わらない。
「まぁな。同じクラスになっちゃった」
おどけて返すと、ため息が返ってきた。
「ずいぶん、仲いいんだね」
「……はい……」
「迷惑だけはかけないでね?」
「あー……今回は、大丈夫です……」
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