掃除機とゴミの恋愛物語

雪純初

掃除機はゴミに恋している。

とある部屋で“普通の掃除機”は思った「俺は掃除機そうじきだ」とそんな当たり前の事実を再確認した。


全体のカラーは赤色を基本としたメタルカラーで所々に銀色のメタルカラーがボーダーラインをえがいている。掃除機の延長管の中央ではランプが緑色に点灯している。

最新式……という訳ではないが、サイクロン式のそこそこの値段のそこそこの掃除機だ。


この家の計3台ある掃除機の一つが俺だ。

買われてから半年以上が経ち、最初は戸惑ったこの家にもだいぶ慣れ、スムーズに作業も出来るようにもなって、この家の日常の一つに溶け込みつつある。

そういった中で「俺は掃除機だ」と再確認するまでにちょっとした期間が必要だった。

懐かしむようにふと思い出す。


取っ手には女性の手がそえられていた。



#【Q.掃除機としての役割は?】



電化製品の店でとある家族に買われてまだ幼い頃、おびえに似た戸惑とまどいの感情を持っていた時期があったから、今の自分がある。

だけど、その戸惑いの感情は厄介なもので使用者(所謂いわゆる、この掃除機を買った家の者)を困らせてしまっていた。


買ったけど、電源が付いているのに中々動かないな、とたまに愚痴をこぼしていたがそれでもそこそこの値段がしたのだ。

説明書や叩いたり、運良く起動したりと快適に掃除が出来るよう家の者達ははげんだが、それでも反応しない時がある。


『使い方が面倒くさくて仕方ない』


掃除機そうじき〈自分〉の戸惑いの正体は簡潔に言えば『不安ふあん』だ。

自分はこの家の人達に買われて、“掃除機そうじき”としての役割を果さなければならない。

けれど、初めて掃除機としての仕事をした際に確かに聞いたのだ。それはか細い声で、その声に集中して聴覚機能を傾けなければ気付かないほどに小さな声が、



「モフモフ」「モフモフ~モフ!」「モッフ!?」「モフフ!」「モッフー?」



それはほこりだった。

灰色はいいろの綿状のフワフワとしたものだった。部屋の片隅に溜まった幾つもの埃の話声はなしごえだ。

それは言わば『』の声だ。

その声以外にも、


「あんた髪の毛綺麗だな」「お前の紙グズいい材質じゃないか」「お米ってやっぱり固いんだな」「俺、ポテチの食べカス。お前は?」「俺はクッキーの食べカスだぜ」「赤の毛糸クズってなんか可愛らしいね」「貴女の黒の毛糸クズも素敵よ?」「この前の生ゴミの奴ら臭かったよな?」「ああ。特に納豆の野郎が臭かったぜ」「わあ~埃ちゃん達可愛い!」「モフモフ~」「やっぱり綿状の埃ちゃんは柔らかいね~」「そう言えば新入りの掃除機が来たって」「マジか。これで3台にもなるのかよ」……etc。


ありとあらゆる『ゴミ』の声が聞こえた。

ゴミにも声があるのだと。

ゴミにも意思はあるのだと。

ゴミにも好き嫌いがあるのだと。

ゴミにも感情があるのだと。

そして何より──そのゴミ達を誰でもない自分が掃除するだと……。


その声を聞いた後、掃除機たる自分はいざ掃除する立場に立つと中々起動する意志が決まらない。例え、使用者がスイッチを押そうと最後の最後に起動きどうさせるのは本体──掃除機自体なのだから、自分自身が『掃除していいのだろうか』と不安に思い。

何よりも機械らしくなく、そのような当たり前の事を受け止めきれない事を『不安』に思う自分に戸惑ってしまう。


この分だと年明け頃までに使えるように成るのだろうか。

だけど、大晦日おおみそかには大掃除がある。どうしてもそれまでには間に合わせたかった。



#【Q.掃除機の理解者は?】



とある日曜日、戸惑いを抱いたままのサイクロン式掃除機しきそうじきを使ってこの家の長女は自分の部屋を掃除していた。

勿論、使うのは赤色のサイクロン式の掃除機──つまり掃除機〈自分〉だ。

その日も起動したりしなかったりと使い勝手が悪いのだがこの家の長女はその事に対して何も言わない。時折「またか」と無感情に呟く程度のものだ。

その長女には申し訳なく、気不味い気持ちを密かに向ける。元々会話などは出来ないがそれを口にするのはより自分がみじめに見えてしまうので口にしなかった。

だけど、長女ちょうじょは掃除機〈自分〉が停止しない限り、何も言わなかった。

長女の「またか」以外のたまに愚痴を口にするのを掃除機〈自分〉はその声に聴覚機能を傾けた、会話というより長女が一方的に語りかけている。

でも、長女がこんなロクに使えない不良品で今すぐにでも捨てられても可笑しくない、ほんの少しの悩みを持つ掃除機〈自分〉にほんの少しのイライラしか向けていないことがすぐに分かった。


その日の掃除はいつもより早く終わらせることが出来た。長女といつもより早い掃除タイムを共にして、ここまでサイクロンがいつもより多く回ったのは初めてかもしれない。


その際には勿論、ゴミの声が聞こえた。

戸惑いを胸に、耳を塞ぐように、ゴミ達の声が聞こえないようにただただ無心で、まるで長女のように無感情でいられるように……。


聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない…………────



「ホントにそれでいいのか?」



……でも、自分はそれ以外にどうしたらいいのか、こんな不良品なんかには分からない。



「君は前は深く考え過ぎた。今回一件はもっと軽く、そして浅いものだと気付け」



そんな事はない。

だって、彼らは声を発しているんだ。

ゴミ同士で会話もしてるし、ゴミにも好き嫌いがあるんだって知った。そんな風に感じる彼らの事を軽いものだなんて考えられない。



「……ホントにバグってる奴だよ君は」



誰かに似ている声の主、掃除機〈自分〉の獲物、長女に似た彼女。無感情な表情でほんの少しのイライラをこちらに向けている彼。

全体のシルエットが黒で細長い線状が一本。


────長女のかみ

つまるところ『ゴミ』だ。


彼女と過ごすことでこの戸惑いが解決するかと思い、そして掃除機〈自分〉がどれほど弱く、愚かで、バグっているのか思い知り、傷つく。

彼女の言葉の端々に深い悲しみと哀れみが混じっているのを感じると、掃除機〈自分〉はいつも途方に暮れそうになる。


「けれど、そんな君だから…………」



#【Q.掃除機との約束は?】



大晦日は予想通りの慌ただし一日になった。

長男は母親からエロ本やエロゲを山積みにされて、長女は着ない服をクローゼットから取り出して、次男は遊ばない玩具を見つけて、ゴミ袋に入れて、ゴミ達の声が一つの場所へと集中していった。

大掃除中は3台の掃除機が稼働かどうしていた。


一つ目は愛らしい円盤状の無差別吸引のロボット掃除機『ルンバ』。

二つ目は元からこの家にあった紙パックフィルター使用でゴミを大量にたくわえる事が出来る大巨漢の『モータ式掃除機』。

三つ目は新しく買われて日が浅く、掃除機としての致命的欠陥を持つが、《スクリュープレス》という機能を備え、ついでに綺麗な空気を排出する、吸引力なら誰にも負けない問題児の『サイクロン式掃除機〈自分〉』。


この3台の掃除機がせっせと1階、2階、3階へと駆り出されていた。

大掃除では掃除機〈自分〉のようは不良品だとしてもそれは別問題だからね。髪の毛〈彼女〉はそう言って、ルンバが1階を、モータ式掃除機が2階を、サイクロン式掃除機〈自分〉が3階を掃除したけれど、掃除機〈自分〉はやはり他の2台よりも上手く出来なかった。


それでも、掃除機〈自分〉は髪の毛〈彼女〉に「君は私の友人達が掃除される事を望んでいると知ったとしても、そう言うのかい?」とおどされて渋々掃除した。


卑怯ひきょうだよな、とそう思った。

掃除機〈自分〉の相談者の髪の毛〈彼女〉。

偶然、長女の部屋で声が聞こたのでそちらに向くと髪の毛〈彼女〉がいた。

掃除機〈自分〉に「どうしたんだい?掃除しないのかい?」と問いを投げた。けれど、戸惑っている自分自身にはその通りの仕事が出来なかった。

疑問に思っている彼女に自分の身の上を彼女に告げると、


「そうか……馬鹿な奴だな。もっと単純に考えたらいいものを。でも……まぁ、この短い人生の中で変わった奴に出会えたって事に感謝するべきかな」


そして彼女は自分に、


「私は君の相談者になるよ」


その際に、


「その際に私の意見を言おう。掃除機1台で考えるにはこの件は馬鹿らしすぎる」


そして、


「そして、君が自分自身で決断して私達ゴミを掃除する気になったら初めに私を選んでくれ。君の初めてをくれ」


それぐらいの報酬を貰ったっていいだろ?と意地の悪い笑みを浮かながら、はにかんだ。


それから半年以上の月日が経て冒頭ぼうとうに戻る。



#【Q.掃除機の返答は?】



大晦日おおみそか、長女が自分の部屋以外の掃除をし終えて、自室に帰ってきた。

“俺”はそろそろだと小さくガタッと身を震わせていた。


「少し話さないか?」


俺の突然の発言に髪の毛〈彼女〉はキョトンとした表情をしていた。


「急にどうしたんだ?」


何かを悟ったような声色をしていたのがとても印象的で悲しい気持ちが胸を占めた。


「掃除したんだ。まだまだ下手くそで他の2台の掃除機には勝てないけど……。えっと、それでな、また掃除しようと思うんだ」


長女は部屋の壁に預けていた赤色のサイクロン式掃除機──俺を手に取った。


「掃除ってこの部屋をかい?」


髪の毛〈彼女〉が自嘲気味に言った。


「ああ。この長女が……いやこのサイクロン式掃除機の“おれ”が……。俺は他の掃除機とは違う。サイクロン式掃除機であることを……ゴミ達を掃除出来る事を何よりもほこりに思ってるし、そして悲しく思う。でも、俺はゴミ達が好きだし、ほこりちゃん達も可愛いかった。その中でも髪の毛の……君と話しているのはとても居心地良かった」


自分じぶん』から『おれ』に変わった瞬間だった。

彼女との日々はほんの2ヶ月程度のものだったけど、とても楽しくて、嬉しかったのを覚えている。半年以上経った今でも……。


俺がこんな風に彼女に話すのは初めての事だったけど、彼女はどこか喜んでいるように見えたのはきっと……見間違いじゃなかった筈だ。

掃除機はゴミの存在に触れることはなく、今まで過ごしてきた。

それが崩されて、戸惑わない掃除機はいないだろう。

……そう俺だった。


掃除そうじって、君に掃除出来るのかい?」


髪の毛〈彼女〉が俺を試すように言っているのだと、半年以上経って分かった事だった。

その返答に俺はただ素直に自分の気持ちを答えていた。


「掃除出来るよ。俺が掃除する」


髪の毛〈彼女〉は俺を見上げていた。

俺は馬鹿な事を言っているのだろうか……。

そうかもしれない。掃除機にとっては当たり前の事だ。

彼女達ゴミに近づこうとして、不愉快ふゆかいな気分にさせているのだろうかと、この時は心底不安になった。

けれど、ここまで来て、もう後には引けなかった。


「掃除するよ?」


「いいよ」


俺はようやくその一言を言った。


「良かった。これでもう安心だ」


彼女も言った。


「じゃあな」


「そうだな。私もこれでゴミらしく逝ける」


彼女は言った。その通りだ。結局、俺にはこれしかないのだ。彼女が言った通りの言葉。

もっと軽く、浅く考えて、それを練習した。

「何だか恥ずかしいな」などと彼女は言いながらもその表情は決して悲しみの色に染まっていなかった。それは確かに覚えている。

長女ちょうじょは起動ボタンに指を置き、


「起動ボタン動くかな……っと」


『動くさ』


俺がそう言うと、部屋の中に今で聞いたことのないような運転音が騒がしく、空気を震わせて振動しんどうしていた。

掃除機特有のブラシが吠えるようなうなりを上げて回転する、取っ手に心地よい振動が伝わる、吸引力が高まり掃除機本来の姿に変わっていく。

俺の中になかった空白の部分に何がすんなりと落ちていった。

髪の毛〈彼女〉は他の掃除機に比べるとまだまだ酷いものだなと思ったが、素晴らしかった。私はこんな綺麗な音を聞いたことがないと、そう思った。


「君の初めて貰う……ね?」


「ああ。俺の初めてを貰ってくれ」


彼女に赤色のサイクロン式掃除機が覆いかぶさるようにヘッドが押し付けられた。

そこにはゴミの一つも見当たらず、綺麗なカーペットしか残っていなかった。


「俺は君が好きだったよ……」



#【Q.…………?】



長女が「もう一回掃除するか」と言って、部屋の外にいた長男が「ちゃんと動くようになったな」と興奮気味言って、結局、その後俺は二回ほど部屋の中を掃除した。

そして、長女はとても満足そうな顔をしていた。髪の毛〈彼女〉が最後に見せた表情にそっくりだなと思った。


俺は『掃除機そうじき』になれたのだろうか。なれたとしても、俺はあの時の戸惑いを忘れる気にはなれなかった。運転音が途切れた後、長女の部屋は前よりもずっと綺麗になっていた。


最後に長女が三階にある充電器じゅうでんきに俺を持って行こうとした時、扉の前で、長女が俺の顔を見て、ハッキリとした聞き覚えのある声で、


「また宜しくな、掃除機」
































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