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「どうやら兄で間違いないようです」男が言った。「へその緒が残っていましたのでね。そのDNAと一致したんだそうです」
捜索から数日後、わたしは恐る恐る男の家を訪ねた。とんだ大事に彼を巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちがあったのだ。だが、男はわたしを見かけると笑みを見せ、茶の間に上がるよう薦めた。見覚えのあるマグカップとコーヒー。その日、わたしは未開封の茶菓子を持ってきていた。「今日はスコップはお持ちでないんですか」とからかうように言われたときは肝が冷えたが、男はそこことでわたしを咎める気はないようだった。
「兄が集めていた骨も渡したんですが、あれも人骨だったようです。尤も、そちらの方は身元はわからないが……少なくとも、DNAからしてうちの近縁ではないようです」
「この家に以前住んでいたのは……」
「さあ」男は首を振った。「兄の失踪が半世紀前です。となると、兄が見つけた骨はそれよりもさらに前に死んだ人のものということになる。身元を洗い出すのは困難でしょう。そう考えると、兄はまだ幸せなのかもしれません」
「お兄さんに何があったんでしょう」
「父は、暴君でした」男はそれがすべての説明になるとばかりに言った。「いえ、普段は温和なのですが酒が入ると人が変わるのです。どうもシベリアに抑留されていたころのことを思い出すみたいですね。何かわけの分からないことを叫んでわたしたち兄弟を折檻したものでした。兄が消えたとき、きっと親父の暴力に耐えかねて家出したんだろうと思いました。一方で、わたしは逃げるのに高校を出るのを待たなくちゃいけなかった。先に逃げた兄を卑怯だと思うこともありました。でも、本当はずっとここにいたんですね」
「残りの骨はまだ見つからないんですか」
わたしは訊いた。けっきょく、あの日の捜索で見つかった骨はほんの一部にすぎなかった。おそらくは別の場所に遺棄された死体から犬が骨を運び出してあの畑に埋めたのだろう。
「ええ、兄が遺棄された場所は見つかっていません。しかし、野犬だかなんだかわかりませんが、拾ってきた骨をよりによってこの家の庭に埋めるとは」
「厄介なことに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「いいのです。本当はもうちょっと早く見つけてやるべきだったのですから」
「それは例の男の子のおかげです」
「黄色のリュックの男の子ですね。けっきょく、どこの子供だったのでしょうか」
あの後、あの男の子は姿を見せなくなっていた。警察はあの男の子が自分で掘り起こした骨を所持しているかもしれないと考え、その身元を調べたが成果はなかった。近所の子供というのも嘘だったらしい。警察は明らかにわたしの証言を疑っているようだったが、それだけだ。骨の正体は男の兄だった。彼が死んだのはわたしが生まれるよりも前のことで、わたしがどれだけ早熟だったとしても彼の死にかかわることはできない。
「わかりません。でも、もしかしたら……」
「あなたの言いたいことはわかります。兄の幽霊だったのかもしれませんね。自分を見つけてほしくて出てきたのかもしれません」
「お兄さんの写真は残っていないのですか」
わたしは言った。写真が残っているなら、あの男の子の顔と比較できるかもしれないと思ったのだ。
「それがあいにくと。時代が時代でしたから」
「そうですか」
「いずれにせよ、兄にはせめて安らかに眠っていてほしいものです。骨が見つかったことに安堵しているといいのですが。いまも残りの骨を求めてさまよっていると想像するのは少し辛い」
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