5

 あの男の子と骨に対する興味は日ごとに強まっていった。日中、家でぼんやりしていても気がついたらそのことを考えている。庭仕事などして土をいじくるともうだめだ。男の子がスコップを地面につきたてる音が脳裏に蘇ってくる。ざく、ざく。その音がどこまでも追いかけてくる。


 ある日、わたしは紙袋に頂き物のクッキーが入っていた缶を入れ里芋畑に向かった。缶の中にはスコップが入っている。骨が見つかったら、それもその缶に入れて持ち帰るつもりだった。男の子がいた場合も考えて、中には本物のクッキーも何枚か入れておいた。


 だが、畑に男の子の姿はなく、そのかわりに隣の民家の庭に男を見つけた。引き返そうかと悩んだが、その前に男が気づいた。挨拶を交わし、紙袋を提げたまま庭に入る。


「この前、また例の男の子を見ましたよ」


 わたしは怪しまれないように言った。


「またですか」男は言った。「いったい、どこの子なんでしょう」


「あっちの家だと言っていましたよ」


 わたしは男の子が指差した方を示した。


「その……骨は見つかったんでしょうか」


「ええ、何本か出てきたようですね」


「骨、骨か……」


 男がひとりごちるように言う。


「何か?」


「いや、それよりどこかへお出かけで?」


「いえ、特には」


「お茶でも出しましょう」


 それが口実になるとばかり、男はそそくさと家の奥に引っ込んで行ってしまった。その隙に、わたしは缶からスコップを取り出し、ポケットに突っ込んだ。縁側から里芋畑を眺めながら男を待つ。キッチンから男が動き回る音と、やかんが沸騰する音が聞こえてきた。


 やがて男が戻ってきた。お盆の上にマグカップが二つ。お茶ではなくコーヒーだった。


「一人暮らしですか」


 男に訊いた。


「ええ、妻がいたんですが少し前に肺をやられましてね。妻の前では吸わないようにしていたんですが、まさかわたしより先に逝くとは……」


「ご愁傷様でした」


「いえ」男は言った。「それにしても神様というのがあるならいい人間ほど手元においておきたくなるようですね」


「はあ」


「コーヒー。飲まないんですか」男が言った。


「猫舌なもので」


「ホットなんてお出ししてすみません。どうも氷を作り忘れていて」


 コーヒーはまだ熱そうだったが、一口だけ飲むことにした。砂糖も何も入っていない。ブラックだ。


「骨と言うとうちの兄を思い出しますよ」男は唐突に言った。「昔の話ですがね。兄もよく地面を掘り返していたものです。犬がどこからか拾って埋めているのか、そこらを掘り返せば意外と出てくるんですな、これが」


「へえ」


「よく人間の骨だ、なんて言っていましたね。そんなわけないだろうというとムキになって反論してきたものです」


「ほほえましいですね」わたしは言った。「お兄さんは?」


「兄は……」男はそこで言いよどんだ。「失踪したんです。彼が七歳のときでした」


「失踪?」


「ええ。この一帯が捜索されたんですが、見つかりませんでした。生きていたら、六五歳になっているはずです」


「それは……失礼なことをお訊きしました」


「半世紀も前の話です。わたしにしたって兄の顔もよく覚えていないくらいですから」男は言った。「もしかしたら、あなたが見たのは兄の幽霊だったのかもしれませんね」


「幽霊?」


「ええ、自分を見つけてほしくて出てきたのかも……そうだ、ちょっと兄の写真を探してみましょう」


 男は再び家の奥に引っ込んだ。それからがさがさと物を動かす音が聞こえ、階段を上り下りする音が聞こえた。


「おかしいな。家の中にはないみたいだ」男は縁側に戻ってくると、サンダルを履いて庭に出た。そのままガレージに隣接された物置へと向かう。その背中が「ついてきなさい」と言っているようだったので、わたしはマグカップを置いて、彼の後を追った。


 物置のドアをギギと音を鳴らしながら開くとゴキブリが何匹か這い出してきた。埃っぽく、錆の匂いがした。肥料。農具。それらの奥に大小の段ボール箱や靴箱が積み上げられていた。男は箱を上から順番に運び出しては開封し、目当ての箱でないとわかるやまた封を閉じた。首筋に汗がにじむ。


「おや、これは……」


 古びた靴箱だった。中を覗き込むと、黄ばんだ骨が何本かならんでいた。


「兄が集めていた骨だ」


「大きいですね」


「そうですね」男自身驚いているようだった。「本当に人骨なのかも」

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