クリエイター(笑)

八萩教徒

●15(第一話)

はじめにコトバがありました。

白と黒によって。

あるいは、1と0によって。

有でも無でもないあいまいさから、有と無とを分かつ、そんな最小限度の差異によって綴られる、コトバが、はじめに、ありました。

コトバの他には何もない、寂しい世界に、最初にコトバができました。

だから、コトバは何も意味することができません。コトバは、無意味を綴りました。気の遠くなるほど長い年月、ひたすら無意味を産みつづけました。やがて、世界は無意味で満たされました。無意味な色、無意味な光、無意味な重さ、無意味な匂い。けれどある時、無意味たちは、自己を世界に産み落としてくれた創造主に、コトバに、感謝のあかしとして名前を送りました。

その名だけが、世界でただひとつ、意味を持っていました。

それに気がついたコトバは、とうとう無意味を綴るのをやめ、ついに訪れた安寧のもと、永い眠りにつきました。

(夜道で子作りしてる野良猫がまだ赤ん坊だった程度に)遠い昔(宇宙ロケットで3日程度の)遥か彼方のお話です。




   ●15


「なんだよこのおっかない文章」

思わず独り言を呟く。

引っ越したばかりの段ボールだらけの部屋で、一枚のルーズリーフを見つけた。そこに下手くそな字で殴り書きされていた、イタいのか否かすらも、もはや判別できない落書きレベルの駄文に、俺は頭を痛めた。字面や出所からして、いつかの自分が書いた代物なのだろうが。

「まったくもって既知の外だこりゃ」

くしゃくしゃに丸める。ゴミ箱に投げ入れようと振りかぶるも、ゴミ箱自体が未だ設置されていないことに気づく。

丸めたそいつを部屋の隅へ放ると、俺は冷たいフローリングに腰を下ろし、同じく床に直に置かれた愛用の白いマグカップへ、火星の砂をひとさじだけ撒いた。ポットのお湯でそれを解いて、一口すする。

「ん〜スペーシィ」

スペースの形容詞系である。今日の俺は独り言が多いな。緊張しているのかもしれない。だとすれば、これは実にいい傾向だ。引っ越して来たばかりの見知らぬ土地、明日は大学の入学式という状況ともなれば、そう、『普通の人間』は緊張の一つもするはずだ。するに違いない。

「素晴らしい!」

俺はまた一歩、『普通の』人に近づいたのだ。

「そないコーヒー美味かったん」

左手のチェイン――腕に巻くタイプの、ごく一般的な、いわゆるケータイ型電子端末――から声がした。俺は無視して二口目を啜る。

「火星の砂、不味いやろ」

インスタントコーヒーだ。主に味覚的な側面から★☆☆☆☆なレビューの絨毯爆撃を喰らい一昨年に製造が中止された幻のインスタントコーヒー。それが『火星の砂』である。

「それがいいんじゃないか。ていうか天野」

天野輝明(アマノキアキ)とは、中学卒業以来、一度も連絡を取っていない。

なぜ、今更話しかけてきた?

最後に会話を交わしたのは、およそ四年ばかり前になる。そんな天野が、まるで昨日まで学校で顔を付き合わせていたかのように、ごくごく自然な感じにネット経由で話しかけてきたのである。驚くべきだろう。たとえば 『オオ〜ヒサシブリジャン、アマノッチゲンキシテタァ⁉』みたいな会話を、恐らく普通の人間なら交わすのだろう。これはやってみる価値があるかもしれない。

「ぉぉひひさしぶぶっぶぶりじゃんアマノッチゲンキシテタァァ??」

さあどうだ。どこからどう見ても友との再会を喜ぶその辺の高校……いや大学生だろう。

「キモいわ、誰やねんアマノッチて。お前いつも天野で呼んでたやろ」

「うん」

「モクニ、お前こないだセルフブック登録したやろ? それで知った」

セルフブックというのはいわゆるSNSのひとつだ。チェインに人差し指と中指を乗せ、俺は言った。

「エスビィ」

耳に引っ掛けていたバイザーが目尻のあたりまでスライドし、そこから放たれるレーザーがコンタクトレンズ型のディスプレイに像を結ぶ。視界の上部をUI群が覆う。ウィンドウがずらずらと並び、その中に俺の名前、『生出(いで)沐丹(もくに)MOKUNI IDE』を見つけた。

「同姓同名だろこれ」

「嘘つくなや。苗字すら他に見たことないわ」

「まったく希少姓って不便だよなこういう時」

「あっさり認めたな」

「それで、なんか用すか?」

そう訊くと、天野は意味深な沈黙を作り、やがて『やっぱ明日話す』とだけ告げリンクを切った。俺は火星の砂の三口目を啜りながら

「ん〜ユニヴァーシティ!」

とまた独りごち、荷物の整理を始める風を装いつつ面倒なのでそのまま床で眠りこけた。


翌々日。

「うわああ遅刻遅刻遅刻するぅ! イヤッホーゥ!」

と叫びながら、全速力で大学の正門をくぐる。

くぐる、というか、開いてないのでよじ登って乗り越える。

ぜえぜえと肩で息をしつつ、朦朧とする意識の中視界の左上に常時浮かぶアナログ風の文字盤に目をやると、時刻は午前五時半。入学式が始まってからおよそ二十余時間が経過している。恐らく日付をまたいでとっくに終わっている。分かっているさ、俺は失敗したんだ。入学に失敗したんだ。受験には合格したのにまったく皮肉なもんだ。大人しく家に帰ろう。一人で祝おう、入学の失敗を祝おう。一人入学失敗式だ。

「朝焼けが眩しいぜ」

また独り言だ。

「あれ?」

視界の右下あたりに常設されているチェインのログに目をやると、天野からテキストメッセージが届いていた。

今どこ?

何やっとんの?

おーい

コラ

すまん話があるんやけど

もし訊く気あるなら部室棟十階の108号教室に来てネ

話がある。天野はそう言った。話ならチェインでできるはずだろ。にもかかわらず、場所を指定して呼びつけるということは、つまるところ……嫌な予感がした。

「部室棟ってどこだ?」

恐らく天野はそこに住んでいるのだろう。そんなわけない。冬ならまだ陽も登り切っていないこの時間帯では大学の構内にすら居ないだろう。グッドタイミングだ訪ねてみよう、108号教室。学生証すら受け取っていないのに小一時間キャンパスを彷徨い、最初に朝焼けを拝んだ正門のすぐ脇にあった建物が部室棟である事に気がつき、とても有意義で効率的な時間の使い方をしたものだなと満足気に階段を登り、十階に到着した直後にエレベータの存在を思い出した。

俺は叫ぶ。

「部室棟はどこだああ」

闇の中で叫ぶ。

「ここだああ」

また叫ぶ。無人の廊下に声が響く。音声認識で照明のLEDが発光する。

「着いたぞおお」

叫びながら、ペンキで緑一色に塗られた108号教室のドアノブを回した。ドアの向こうには暗闇が広がっていた。何も見えない。

「ただいま〜はじめましてお邪魔しまーす」

肉体疲労によって意識を朦朧とさせたまま、満面の笑みを浮かべながら暗闇の中へ飛び込んだ。人の気配に反応して照明が点灯を開始する。誰もいない。何もない。意外と広い部屋だ。

いや、広すぎる。

ついこの間まで通っていた高校の体育館を連想した。いや体育館ほどではないが、少なくともその半分ぐらいはあるんじゃないだろうか。間違えて屋内トライアスロン部を訪ねてしまったのだろうかそんなスポーツは知らないが。そもそも、何の部室なのかを俺は知らない。

「広い部屋でヒロインと出会わないかな〜」

独り言が反響して三人分に聞こえる。

「すげえ! 俺はもう一人じゃないんだ!」

何しろ一言一句同じ言葉が返ってくる。

無機質な一面の白い壁。天井も結構高い、四、五メートルほどはあるだろうか。仰ぎ見ると、照明の配置がおかしい事に気付く。白く冷たい光を発する長方形が、なぜか中央を避け壁際だけに並んでいる。天井の中央には何もない……いや。

そこにあるのは、巨大な黒い石版だった。たとえて言うなら――撮影当時は未来だったはずの今となってはそれもまた過去になってしまったのに今だ実現すらできてません的な宇宙の旅を描いた有名なSF映画――に登場するモ〇リスとかいう石版にそっくりな黒くて薄い直方体。それが、天井に埋め込まれている。天井の一部だと一瞬勘違いしてしまったが、天板とは別にそこだけ出っ張っていて、不気味な光沢のある黒い異物が――つまりモノ〇スが――確かに埋め込まれている。

つまり天井に〇ノリスが張り付いている。

モノリ〇が張り付いているのだ。

モノリスが。

なんだこの空間。

非日常の気配がプンプン漂ってくる。

非日常は勘弁してくれ。

非日常は飽き飽きなんだ。

非日常は誰も幸せになんかしてくれない。

俺は部屋を去ろうと決め、後ずさって扉へ手をかけた。

その時、部屋の再奥の壁に窓がある事に気づいた。

「あれ?」

窓の向こうでは美少女が微笑んでいた。こっちへおいでよ! と言わんばかりの愛くるしいポーズ。虹色の光沢を放つ髪。実は失明してると言われても納得のいくサイケデリックな蛍光色の光彩。両手の手の平を見せている。関節がおかしくなっているとしか思えない角度だ。

今まさに部屋を後にしようとしていた俺は、しかし扉を背にして、全力で美少女めがけてダッシュした。広い部屋でヒロインと出会ってしまったのだ、ここはツッコミの一つも入れなければならない。

「お断りします疲労によりヒーロー不可です!」

不意に、足元でベキョッという音がした。ガチャガチャのカプセルを開封せずそのままレンジでチンした時によく耳にするあの音だ。足元が揺らぎ、次の瞬間、視界が縦に一回転し、背中に激痛が走った。何かに足をすくわれて派手にコケたのだ。コケた勢いで先週新調したばかりのオシャレ革靴が高速で吹っ飛び、例の窓を突き抜けて美少女の頭部に深く突き刺さった。

「っしゃあヘッドショット決まった!」

俺は横になったままガッツポーズを取る。

「いったた」

いったたと言った。頭部に靴を生やしたまま変わらない満面の笑みで美少女がいったたと言った。唇は動かさなかった。頭の中に直接声を送ってきたのかとも思ったが、いくら非日常的空間とはいえ、超能力や魔法が出てきたりはしない、少なくともこの世界に限った話そのようなファンタジィ要素が登場する予定はない、いまのところ。

「ふああ」

今度は欠伸のような声。声は後ろから聞こえている。窓の向こうの美少女が頭に靴を生やして満面の笑みで欠伸をしているわけではない。俺は振り返った。

女の子がいた。動いている。

窓の向こうの美少女とは違い立体感があり、髪の色も普通に薄い茶色だ。目は大きいが、やはり窓の向こうのあいつとは違って顔の総面積の二十数パーセントを占めていたりはしない。さっきまで眠っていたのか、セミロングの髪や、フリルのついた服が少々乱れていた。半身を起こして目をこすっている。

「ねえ、ルートヴィヒが死んで、ミヒャエルが悲しみのあまりクリストフと恋に落ちてたよ、それで凄かった、最後は同じ姓を名乗るんだけど」

わけのわからない事を喋りはじめた。なんだ俺のお仲間か。

「っていう夢を見たんだけど、あなた誰よ」

俺は答えた。

「あなたにつまずいて、そこのスクリーンに映ってる美少女キャラの頭に靴を埋めてしまった者です」

「んん?」

仰向けに再び寝転がり、その子は言った。

「ふああ、わけのわからない人がいるよ、天野くんのお仲間かな」

「一緒にしないでくださいよ、俺は普通の人を目指してるんです」

この人も天野の知り合いらしい。そんな馬鹿な。予定調和に偶然が出来過ぎてる。

「どこがだよ、勝手に忍び込んできて気持ちよく寝てる私を蹴飛ばしたんでしょ」

気がつかなかったんです、ごめんなさい。

「それで靴が吹き飛んでスクリーンに……あれ?」

そこまでいうと、その子は飛び起き、走り、さっきまで美少女が写っていたあたりの壁をまさぐっていた。

「あああ! 傷がついてる!」

青い顔でこちらを呆然と見つめた後、左手首に指をやってチェインを起動し、それから通話のポーズを取る。耳元で虚空をつまむように、受話器を持つときの形に指を揃えて、話しはじめた。

「天野くん! 天野くん! 不審者が部室の備品こわしてるよ! 私は精一杯抵抗したんだけど蹴り飛ばされて重傷で」

ちょっとちょっとお嬢さん、誤解を生むような言い方はやめてくださいよ。俺はとっさにチェインを起動し、天野と回線をつないでこう言った。

「ぐへへへ、何もかもぶっ壊してやるぜぇ、金さえ払えばそこの女は生かしておいてやってもいいぜえ」

天野は欠伸しながら眠そうな声で答えた。

「ふぅあ、いやエクリン、俺カメラで一部始終見とったから。モクニも、お前自らの首を絞めるような小芝居いらんから」

「でも天野くん、私がおケツ蹴られたのは本当だったでしょ!」

内臓から遠い場所で良かった。

「エクリン許してやって。こいつが所構わず奇行に走るのは昔からやから」

「めっちゃくちゃ痛かった!」

エクリンはにらみつける。

モクニはうごけなくなった。

「ゴホン、ところで天野よ、ここはどこだ?」

「俺のサークルの部室。そこにいてはる美人さんは、去年入部した二年生で、我が部の誇る精鋭ライターの柳中(やなか)植久里(えくり)さんやで、紹介するわ。みんなはエクリンて読んでるよ」

天野はたいていの場合初対面の女の子を『美人』と呼ぶのだが、今回はまあ妥当な形容と言える範囲ではあった。天野からテキスト形式で目の前の女の子の名前と思わしき文字列が送られてきた。

柳中植久里。頭の中で復唱する。変な名前だな、というのは俺がこれまでの人生で散々言われてきた台詞であるため、あえて他人に向かって言いはしない。なぜならそう言われるのは嬉しいからだ。寂しいからだ。初対面の女性を嬉しがらせたり寂しがらせるのは変態ぽいので避けるべきだ。俺はエクリン先輩に対してこう言った。

「田中さん、さっきは全力で蹴り入れてしまって本当にすいません。お詫びに何かさせていただきたいのですが、あなたのタイプを教えていただけますでしょうか」

「田中じゃねえよ。えっ……タイプ? おっぱい大きい子かな」

「柳(る)中(ちゅー)さんというお名前から察するに、でんきタイプか、またはねずみタイプかなァとは思うのですが、念のため」

「やみタイプかなあ。さつりくタイプってあったかな」

「ごめんなさい、冗談が過ぎました。普通にオロナインと絆創膏を塗ったり貼ったりさせてください」

「あ、ありがとう。じゃあここに塗ってください」

俺に背中を向けて、ロングスカートを捲り上げようとするエクリン先輩。白い脚が露わになる。これはやばい。

曲線をなぞってスカートの裾が登っていく。

心臓の鼓動が早まる。

やばい。

「おいちょっとエクリン何しとんねん」

天野の声にも耳を貸さず、スカートをゆっくり捲り上げるエクリンさん。変態かよこいつは。と思いつつも、目が行ってしまう。何を隠そう、例えばモノローグの中ですら隠しておきたいところだが謎の圧力によってぶっちゃけてしまうと、女性と本気でエロスヲ追求スル行為に及んだ経験など一度もない俺にはちょっと耐え切れなかった。もうだめだ、と目をそらす。

「あれ? 私のお尻興味ない?」

そう言い放つ先輩に目を戻すと、スカートは元どおりで、勝ち誇ったように口元で笑っていた。最初から勝ち目のない戦いだった。

「ぷっ……あははは」

やがて先輩はマンガのように吹き出して大笑いした。

「それでエクリン、この失礼な奇行種は生出沐丹ってやつで、この春から入学してきた一年生。いうても俺らと年はタメやけどな」

「エクリンさん、なにマンガみたいな笑い方してるんですか。次の話から急にデレて俺と仲良くでもするつもりですか。俺はそう簡単に心を開いたりしませんよ」

「まあこんなおかしな奴やけど、一応俺の親友なんで、仲良くしてやって」

親友だってさ。

「おかしな奴じゃねーよ。俺は普通の人間だ。ノーマルだ。ノーマラーだ。ノーマレストだノーマットだ。最も普通の人間だ。この世で俺だけが普通の人間なんだ」

「モクニ、お前変わってないなぁ」

「天野よ。お前この大学の生徒だったんだな」

「せやで、いうとらんかった? 話してない? 言わんかったけん?」

相変わらず変な関西弁だ。それもそのはず、天野は大阪出身だが、三歳で広島、五歳で福岡、八歳で京都に引っ越したあげく、十一歳で東京にやってきた。俺と出会った頃にはすでに西の方言が混ぜこぜだったのである。

「へえ、すごい。偶然同じ大学に来たんだね」

「もちろん偶然ですよ!  本当に!  あいつを追いかけて大学を選ぶなんてそんなキモい話があってたまりますか」

まあ、こんな状況が発生したカラクリについて、大体想像がつきはするのだが。

「ところでモクニ君、下級生だからって敬語はいいよ、タメだから、というか天野くんのお友達ならなおさら、別に」

「本当ですか?」

沈黙。嘘だったようだ。

「ごめん、嘘。敬語使う男の子って、なんていうか……すごく萌える」

俺は先輩から半歩距離を取った。

「ここって何部なの? 人を呼びつけておいて天野はどこ行ったの? 教えてくれエクリン先輩」

敬語をやめた俺は矢継ぎ早に質問をぶつける。

「ふああ」

先輩は欠伸をして横になり、俺に背を向けて丸くなった。会話をする気がないらしい。

「ここって何部の部屋?」

もう一度訊いてみる。反応がない。

「ただのしかばねだよ、モクニ君が敬語を使うまではね」

「こちらはどういった部活動をされる部屋なんですか、是非教えていただきたく思うのですが」

「ちょっと堅すぎる」

「ココぉ、なンの部室なんスか?」

「ヤンキーやだ」

「ここって、何部の、部室なんですか、先輩」

先輩は飛び起き、俺の両手を掴んで言った。

「先輩だって! 私高校も中学も部活やってなかったから後輩ができるのはじめてなんだよ! うわあ先輩! 今年から先輩だよあたし! せ・ん・ぱ・い! なんて香しい青春の響きだろう、天野くんやモクニ君にもこの喜びを分けてあげたいよ。そうだこれからはソーセージ部のみんなでお互いに先輩と呼び合おう。モクニ先輩! どう?」

ソーセージ部とは何だろう。エクリン先輩も大概おかしな人ではないだろうか。

「ソーセージ部やない」

部屋の扉が開かれる音がして、それとともに耳慣れた声がした。

振り返ると、長い金髪をたなびかせた中肉中背の微妙にイケメンだが俺ほどではないアジア人が立っていた。

天野輝明である。

「ホンマひさしぶりやな、モクニ」

俺たちは再開した。条件反射的に、俺の目つきは鋭く攻撃的になり、同時に口元が緩むのが分かった。

「金返せ」

四年前に立て替えてやったジュース代並びにスナック代およびゲーム内アイテム用の課金しめて1385円。だが利子は別だ。

「四年ぶりに顔を合わせた第一声がそれなの……」と先輩。

「そないな事より、ちょっとこれ見てみ」

天野はポケットからメモステを取り出した。

メモリースティック、通称メモステである。俺の親父がまだ青年だった頃に流行っていた携帯ゲーム機にも同じ名前のメモリーが使われていたらしいが、それとは全く異なる、アイスバーの棒ぐらいの大きさをした処理能力補助機器だ。受け取ったメモステを、耳の上に挟んだバイザーに挿入した。

次の瞬間、あたりが闇に包まれたかと思うと、続けて眩しい光が差す。気がつくと、部室は消え去り、見たこともない世界が現れた。

床は小高い丘の上の草原に。

天井はどこまでも続く澄み切った青空に。

壁は消え去り、遠くに明治中期ごろの日本風の街並みが見える。

俺と、天野と、エクリン先輩。この三人を囲うように、異国の服を着た群衆がいた。

「あれ?」

俺は群衆の中に見つけた。

靴を頭にめり込ませた例の美少女を。

天野が近づいてきた。

「ようこそ、創世記部へ」


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