第21話 カミラに友達を作ろう(後編)

 ふ~昨日は散々だった。


 あれから自然破壊を繰り返しながら組手をさんざんやってのけた。カミラの荒ぶる血を抑えるために、どれだけ骨を折ったか。


 やっぱりカミラは一人にしておけない。たえず俺の監視下に置いておかないと。

 

 じぃ――っとカミラを見る。

 

 カミラは、部屋の窓から子供達が遊んでいる様子をぼんやりと眺めていた。足をプラプラと動かし、手持ち無沙汰の様子だ。

 

 少し落ち込んでいるようにも見つめる。

 

 ふむ、少し小言を言い過ぎたかもしれない。


 昨日俺は、組み手の後、命の尊さについて改めてカミラに説教したのである。正当防衛とはいえ、カミラは、人の命を軽視しすぎるからね。

 

 お兄ちゃんとのお約束も第二十条まで項目を増やした。


 組み手の最中はあんなに楽しそうだったのに、説教したらふてくされた。全てカミラの将来のため、成長を願っての事だけど、カミラ自身今の現状を窮屈に思っているのかもしれない。


「カミラ、ほらお手玉を教えてやるぞ」


 手鞠遊びだけじゃつまらないだろう。お手玉を教える。もちろん、人にぶつけてはいけないと徹底的に注意するのも忘れずに。

 

 カミラは、最初は興味深げにお手玉をしていたんだけど、俺が人にぶつけてはいけないと言うと明らかに意気消沈した。


 カミラの表情は暗い。


 このまま部屋に篭ってたら、陰気さが増すだけだろう。外の空気でも吸って気分転換するか。


「カミラ、お外に出かけようか」

「うん」


 俺の手を握ってトコトコとついてくる。

 

 うんうん、こうしていると本当に可愛い妹だよ。

 

 部屋を出て、教会の敷地にある公園へと足を運んだ。カミラが窓から見ていた景色だね。

 

 子供達が、元気に遊びまわっている。

 

 子供達の男女比率はほぼ半々。教会に住んでいる孤児達だけでなく、近隣住民の子達もいる。年齢層は、小学校低学年ぐらいだ。カミラと同年代が多い。

 

 同じ年頃の子供達が、珍しいのだろう。カミラは、きょろきょろとせわしなく目を動かしている。


「カミラ、あの子達と一緒に遊びたいか?」

「うん」


 カミラはコクリと頷く。

 

 遊びたいのに遊べない。

 

 俺が昨日大人しくしてろと説教したからだ。


 興味深げに彼女達を見ているのに、行動できない。

 

 寂しそうなカミラの横顔。


 それは、転校したての子供が友達の輪に入れず、放課後一人でいるシーンに酷似していた。

 

 やばい。俺は妹にそんな顔をさせるために家出させたわけではない。

 

 ……そうだな。監視していれば、カミラの暴走を防げる。

 

 俺がいれば、カミラは気兼ねなく子供達と遊べる。ここの子供達と遊んで仲良くなれば、カミラに友達、ひいては親友ができるかもしれない。それに例え友達になれなくても、カミラが同年代の子供達と遊ぶ事に意義があるのだ。

 

 それでこそ、人として生きてるよ。

 

 だ、大丈夫。俺が監視しているから。


「カミラ、俺とのお約束は覚えているか?」

「えっと、なんだっけ?」


 カミラが不思議そうに顔を傾ける。


 くっ、昨日の事なのに。もう忘れたか。


「思い出せ。お兄ちゃんとのお約束第一条だ」

「第一条?」

「そうだ。なんだった?」

「うんとね、子供は絶対にべない」

「よし、よく覚えてたな。えらいぞ」


 そう言って、カミラの頭を撫でる。


 そう叱ってばかりではいけない。褒める時は褒めないとね。


「じゃあ、二条、三条も覚えているな。復唱してみなさい」

「は~い♪ 子供は、べない。壊さない。(壊して)遊ばない」

「オッケイ、いいぞ。遊んで来い!」

「わーい、入れてぇ~」


 カミラが元気よく子供達の輪に入っていく。


 子供達は、突然、現れた見知らぬ子に少し驚いた様子だ。だが、それも一瞬のこと。カミラが同じ歳くらいの少女だとわかると、皆の緊張が解かれた。

 

 そして、女子の集団から一人女の子が歩み寄ってきた。おさげをした可愛い少女である。

 

 よし、第一村人――でなく子供がカミラを発見。接触してきたぞ。


「ねぇ、あなたお名前は?」

「カミラだよ」

「カミラちゃんね。私リリー、一緒に遊ぼう」

「うん」


 おさげの少女リリーはカミラの手を取ると、皆の輪にカミラを引っ張っていく。


 いいね、いいね♪

 

 他の子供達もカミラを見て、笑顔で迎え入れる。

 

 カミラは、目を見張る美少女だ。おかしな言動をせず、普通にしていれば人気者になるのはたやすい。

 

 案ずるより生むが易し。


 意外にやれているじゃないか!

 

 手を繋がれて引っ張られた時も、されるがままついていっている。

 

 うん、ちゃんと手加減も覚えているぞ。

 

 感心、感心とひとり頷く。

 

 俺もカミラに続いて子供達の輪に入ってもよかったけど、年が離れすぎている。俺が参加することで、彼らのコミュニティに不協和音が出てはまずい。

 

 彼らにカミラの兄だと軽く自己紹介だけしておき、俺は一歩引いた形でカミラを見守る。

 

 カミラは俺が教えた手鞠を披露していた。リズムよく手鞠を弾ませる。


 うんうん、生首じゃないぞ。普通に手鞠だ。その辺にいるガキの首をチョンバーして手鞠代わりにしなくてよかった。

 

 手鞠遊びを終えると、次にお手玉を披露している。

 

 お手玉は今朝方カミラに教えたばかりだ。だが、手鞠遊びで要領を覚えたのだろう、カミラは短期間でマスターした。

 

 お手玉七個が高速で空中を回っていく。

 

 ……下手なサーカスより上手だね。ジャグリングの世界選手権で優勝しそうな勢いだぞ。

 

 カミラにはやりすぎるなと釘を刺していたが、大丈夫かな? 引いてない?

 

 子供達を見る。


「わぁ、すごいカミラちゃん♪」


 杞憂だったらしい。まず、おさげの少女リリーが感嘆の声を挙げた。他の子供達も目を輝かせてカミラのジャグリングに次々と声援を送っている。


 よし、掴みはオッケーだ。

 

 そうだよ。美少女でかつ、こんなサーカスばりのパフォーマンスができる子が人気にならないわけがない。どんなに時代が変わっても、子供達の関心を引く要素は同じってことだ。


 それから……。

 

 カミラは新参者にもかかわらず、ずいぶん打ち解けてきた。

 

 皆がカミラを気にかけ、カミラに話しかける。

 

 カミラが皆の輪の中心にいる。ここの子供達が基本優しいってのもあるだろうけど、このポジションを得たのはカミラ自身の魅力のおかげだ。

 

 あのカミラが!

 生首を掴んでは興奮してたカミラが!

 軍隊を見ては突撃してたあのカミラが!

 

 普通に子供達と遊んでいるよ!

 

 感慨深げにその様子を見ていると、自然、目頭が熱くなる。

 

 いかん、いかん。


 うるっと涙ぐんだ自分を叱咤する。


 油断してはだめだ。カミラの暴走を防げるのは俺だけだ。

 

 まだ初日である。

 

 カミラがいつお腹が空いて暴走するかわからない。

 

 柱に背をもたれ、腕組みをしながらも厳しい視線でカミラを監視する。

 

 現在、カミラ達はブランコがある場所に移動し、そこで遊んでいた。

 

 少しばかり距離が離れたが、問題ない。俺の聴力は、ずば抜けている。ここにいても十分に会話を聞ける。脚力も桁違いだ。有事があれば、ロケット弾の如く駆けつけられる。

 

 耳を澄ます。

 目を凝らす。

 

 リアルタイムで子供達の様子が窺える。


 子供達は、新たにメンバーに入ったカミラのために、自己紹介をしていた。話題は尽きない。今は、自分達の家族の話をしているようだ。

 

「俺の父ちゃんは、兵士だ。昔は、王宮にも勤めてたって。強くて筋肉モリモリなんだぜ」


 イガグリ坊主の少年が指で鼻の下をすすり、へへんと自慢する。

 

 次に眼鏡の少年が立ち上がった。


「僕の父さんは、学校の教師さ。いつも難しい本を読んでいる。なんでも知ってて、すごく頭いいんだ」

「私のお姉ちゃんは……」


 順番に立ち上がり、子供達が自分の家族を紹介していく。

 

 兵士、教師、消防士、花屋……。

 

 普通だね。

 

 それがいい。それだからこそよいのだ。

 

 仮にこの場で殺し屋なんてのたまえば、ドン引きもいいとこである。


「じゃあカミラちゃん家は?」


 おさげの少女リリーが質問してきた。

 

 大丈夫か?

 

 馬鹿正直に話して、伝説の殺し屋マキシマム家だとばれたら大騒ぎになるぞ。


「うんとね、うんとね、パパとママとお兄ちゃん、お祖父ちゃんがいてね~」

「うんうん、それでお父さんはどんなお仕事してるの?」


 いかん!

 

 かなりきわどい質問だ。


 大丈夫か?


 カミラには一応、俺達が殺し屋である事は、秘密にするように言い含めてはいるが……。


「……えぇとね、うーんと……依頼を受けて、お金をもらっている」


 よし、ちゃんと約束を覚えているな。それでよし。


「へーそれって、どんな依頼なの?」


 くっ。このおさげの子リリーちゃん、突っ込んでくるなぁ。

 

 いや、まぁ、確かにそれじゃどんな仕事をしているかわからないけどさ。


「えっとね、殺――」


 いかん!?

 

 カミラがNGワードを発しようとしていた。

 

 すぐに止めに入らねば!

 

 大腿筋に力を溜め、爆発させた。稲妻の如くダッシュする。


「あ!? そうだった。それは、しゅひ義務だから教えられない」


 カミラのその言葉に駆け出した足を急停止させた。つんのめりそうになるが、慌ててバランスを取る。


 カミラの奴、俺の指示を覚えてた。

 

 うんうんやるじゃないか!

 

 カミラは、やればできる子。


「あ~それ知ってる。確か法務官ってお仕事の人がそういうのやるんだよな」

「そうそう、それだよ。すげー、カミラちゃんのお父さん頭いいんだ」

「うん、僕のパパは、頭がよくてすごく強いんだ」

「へ~頭いいだけじゃなく身体も鍛えているのか、文武両道だな」


 よっしゃああ! 乗り切った。

 

 いい感じに勘違いをしてくれた。

 

 嘘は言っていない。

 

 殺し屋にだって守秘義務はあるのだ。どう想像するかは人の勝手である。

 

 子供達は、カミラの父親が法務官の類だと思い純粋に賞賛した。法務官は、エリート連中が就職する中でも狭き門である。子供達もその辺の事情は知っているらしく、口々に褒め称える。

 

 カミラちゃんのお父さん頭いいんだって!

 

 まぁ、これも間違いではない。

 

 俺達の親父は、ただの脳筋ではない。頭は切れる。切れすぎるといってもいい。ありとあらゆる事象に精通している。


 それは森羅万象。

 

 人体の壊し方から、古今東西の武器の仕組み。部隊の統括、戦術の組み立て、枚挙に暇ない。


 これだけ物事に精通している者は、世に五指といないだろう。

 

 俺達の親父すげぇ頭いい!

 

 それは大いに同意する。


 ただ、俺の願いは、世間一般の常識と子育てにも精通して欲しかった。

 

 それだけが本当に悔やまれる。

 

 信じられないだろ?

 

 奴ら、生後まもない赤子を崖から突き落とすんだぜ。

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