第9話 暗黒街のチンピラ達へ

 ボムズの暗殺は、あっさりと終了した。助けた少女に誤解されたが、当初の目的は達した。カミラも久しぶりの殺しに満足げな様子である。


 くっ。こんな事で喜ばせたくなかったのだが……。


 まぁ、世の中のためになったのだ。巨悪が倒され、救われた少女もいる。それでよしとしよう。


 ボムズの邸宅を出た。


 街は、まだ静けさを保っている。じきに暗黒街のボスの死が知れれば、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなるだろう。


 巻き込まれたらたまらない。さっさと街を出る。


 イースト通りを抜け、駅に向かっていると、


「ここから先は、通行止めだ」


 大男三人が、足を広げ通せんぼしてきた。その顔はニタニタと下卑た表情を浮かべている。


 ったく、次から次へと……。


 血まみれのカミラを綺麗にして、替えの服に着替えさせ、バタバタ出てきた。賞金首殺害後の処理手続きも大変だったし、何よりカミラの更生について頭を悩ませていたんだよ。来る時よりも気配察知がおざなりになっても仕方がないだろ。


 自分に言い訳をしてみる。


 はぁ~もうトラブルはこりごりだってのに。


 この辺にたむろしているゴロツキかな。有名な暗黒街なだけあって、さすがに治安が悪いね。


 ふむ、振り切って進むか、それとも別の道を探すか。


 穏便に済ませるには相手にせず、別の道を探したほうがよい。


 だが……。


 背後を振り返ると、複数の男達がわらわらと現れて俺達を囲んだ。


 完全に通路を塞いでいる。


 無視はできそうにない。


 人数は……。


 ひぃ、ふぅ、みぃ……十五人、さらに通路奥にもチンピラ十数人がヘラヘラと薄ら笑いをしながら、様子を窺っていた。


 さて、どうしようか?


 殺すのは簡単だ。こんな素人のチンピラ程度、俺であれカミラであれ簡単に屠れるだろう。それこそ道端に咲いている花を摘むようにだ。


 だが、それをやってなんになる?


 この先、邪魔する奴を指先一つで殺していけば、死体の山ができるだけだ。


 それではなんのために、カミラを実家から引き離したかわからない。今は、暗黒街のボスをぬっ殺し、カミラの禁断症状も治まっている。非常事態ではないのだ。


 カミラに我慢を覚えさせる第一歩だね。できるだけ殺しは控えさせよう。


「あ~君達――」

「きゃはっはは、運が悪かったな小僧! ここは俺達キラー団のアジトだぜ」


 見るからに頭が悪そうな男が、頭の悪いセリフをほざいている。実にモヒカンが似合いそうだ。


 こんなバカ相手に話が通じるか……。


 い、いや、大丈夫。


 話せばわかるに決まっている。人は動物と違って理性があるんだ。それをカミラに教えたい。


「コホン、君達そこを通してくれないか? 嫌がらせはやめてくれ」

「はは、なんだこいつ? 今の状況をわかってんのか、コラ!」

「お願いします。そこを通してください」


 ペコリと頭を下げる。人に頼み事をする時は丁寧に。基本だね。


 カミラ、見ていろ。


 これが社会に出るって事なんだ。社会には、理不尽がまかり通っている。時には我慢をして、大人な対応をしなきゃいけない事もある。感情のままに拳を振るってはいけないんだよ。


 俺が手本を見せてやるからな。


 チンピラ達に対するイラつきを抑え、さらにお辞儀を深くした。


 こいつらだって人間。低姿勢で必死に頼み込めば――


「てめぇ、ぐだぐだ能書きたれてんじゃね。さっさと出すもの出しやがれ。痛い目にあいてぇのか?」


 うん、さすがに通りがかりの旅人を恫喝するような屑である。道徳心に訴えても無駄のようだ。


 ならば……。


「君達、恐喝は犯罪だ。牢屋に入ることになるぞ。下手をしたら縛り首だ」


 法の倫理で攻めてみた。


 するとチンピラ達は、一瞬ポカンとした後、顔を見合わせて笑い出したのである。中には、腹を抱えて笑っている者までいた。


 ゲラゲラと笑うチンピラ達にイライラが募る。


「何がおかしい! 俺は本気だ。お前達が恐喝を繰り返すなら、すぐにでも警察を呼ぶからな」


 俺の脅しに一人のチンピラが前に出てきた。


「けけけ、お前、田舎者だな。ここら辺は警察の管轄外だよ。上前をはねる役人はいても、まじめに働くようなバカはいねぇよ」


 げぇ! そうなんだ。


 さすが暗黒街のボスが自由に振舞っていた町なだけある。


 腐ってるね。


 それじゃあ国家権力で脅しても無駄か。それどころか被害者である俺らが逆に捕まる可能性だってある。


 う~ん、説得は無理そうだ。


 だからと言って、殺すというのはあまりに短絡すぎる。それをカミラに教えなければならない。


「カミラ、こういう場合はわかるか?」

「うん、べる」


 さっきべたばかりだというのに、カミラは躊躇無く言う。


「違う。手加減だ」

「手加減?」

「そう、べてはだめだ。言ってわからない馬鹿は、叩いてしつけをしてあげよう」

「うん、わかった」

「俺が手本を見せてやるから。ちゃんと見ておくんだぞ」

「は~い」


 カミラが手を挙げて元気よく返事をする。


「けけけ、お前らバカか! 抵抗しても痛い目に遭うだけだぜ」

「カミラ、こいつを見ろ。知性のない顔だろ。これはな自分の将来について何も考えず、欲望のままに生きた結果だ。カミラはそんな大人になるんじゃないぞ」

「は~い♪」


 小馬鹿にされたチンピラのこめかみに青筋が立った。チンピラ達の脅しに恐怖せず、それどころか小生意気な態度を取る俺達に腸が煮えくり返ったようだ。


「て、てめぇえ! さっきから聞いてれば、舐めやがって!」


 チンピラの一人が殴りかかってきた。


 素人の力任せの攻撃である。間違っても当たらないし、当たったとしても相手の拳が壊れるだけだ。俺は、そのアクビが出そうなスピードのパンチを受け流し、その勢いのまま地面に転がす。


 チンピラはしたたかに地面に打ちつけられた。


 相手の力を利用したいわゆる合気である。自分の力を込めていないので、大した威力ではない。


 大した威力ではないのだが、それなりに痛いだろう。何せチンピラは思いっきり殴りかかっている。その力がそのまま跳ね返ってしまった。チンピラは苦しそうに呻いている。


「やろう、やりやがったな!」


 仲間がやられ、チンピラ達は怒りの表情に一転する。続けざまにチンピラ達が襲ってきた。


 同じようにチンピラ達を地面に転がす。

 カミラも俺の投げ技を見よう見真似で使い、チンピラ達を地面に転がす……いや、ちょっと違うな。カミラは自分の力も込めているから、俺の倍以上の威力を出していた。


 だから手加減って……まぁ、いいか。


 チンピラ達は、確実に骨をいわしていた。カミラによって容赦なく骨を砕かれ、チンピラ達の絶叫が周囲に響く。


 そうして……。


 俺達兄妹が、チンピラ七、八人を地面に沈めた地点で、チンピラ達の表情に一切の余裕がなくなった。


「とうとう俺達を怒らせやがったな」

「あぁ、多少腕があるからって舐めやがって!」


 残りのチンピラ共がポケットからナイフを取り出す。刃渡り四十センチのサバイナルナイフだ。


 確か英国製のベインズナイフだったっけ?


 切れ味抜群で、どこぞの軍隊では正規品として重宝しているとか。


 まぁ、俺達に言わせれば、幼児から爪楊枝を向けられている気分だ。当たっても、痛くない。刺さらない。まぁ、まず当たらないけどね。


「ねぇ、本当にやめてくれないか。いい加減にしないと温厚な俺でも怒るよ」

「うるせぇ! まずはそのスカした顔を切り刻んでやんよ」


 はぁ~結局戦闘は避けられないか。


 まぁ、いい。十分に話し合いをした。それが大事だ。


「これ以上はまじで大怪我するぞ。怪我をしたくなかったら、俺達の事はほっといてくれ」


 最終通告を宣言後、俺達はチンピラ達を無視して、その横を通ろうとする。


「ま、まちやが――ぐはっ!」


 掴もうとしてきた右腕を掴み、本来曲がる方向とは逆にねじった。


 チンピラは腕を押さえてもがいている。


 確実に骨を折ってやった。


 ナイフを出してきたからね、さすがに反撃レベルを上げてるよ。


「僕も、僕も!」

「カミラ、わかってるな」

「うん」


 カミラもチンピラ達の脇を横切ろうとして、チンピラの腕を掴む。


 そして、そのままねじ――。


 ……切っちゃったね。チンピラの腕がプランプランと明後日の方向に曲がっていた。


 複雑骨折……。


 完全に右腕が使い物にならなくなっていらっしゃる。


 そのチンピラは、うめき声を上げながら、地面をのた打ち回っていた。


 ……ギリセーフかな。


 う、うん、だってね。恐喝するほうが悪いよ。仮に相手が俺達じゃなかったら、一般人が酷い目に遭ってた。ってか、こいつらの言動から察するに、既に半死半生の目に遭った人だっていっぱいると思う。


 自業自得だ。


 こいつらも悪事に加担するのが、どれほど危険か身を持って知っただろう。


 殺してしまわないか、汗だらだら、内心冷や汗ものだけど……。


 だ、大丈夫。


 きっとなんとかなる。


 無理やり納得し、うんうんと頷く――って待て、待て!


 何、首までねじ切ろうとしている!


 首はだめだ。首はっ!


 カミラの手加減が止まらない。あろうことかチンピラの首を、本来曲がる方向とは逆に曲げようとしていた。


 思わずダッシュしてカミラにとび蹴りを喰らわせた。


 だから人として生きろって!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る