僕は僕らしく、彼は彼らしく

人 物

堤翼(17)堤家次男。司の弟。司と双子の兄弟

堤高雄(47)翼の父

堤翔子(47)翼の母

高尾祐二(55)高尾芸能プロダクション代表

堤司(17)翼の兄。交通事故で死亡

記者

女性の親族

女の子の親族

僧侶

○高岡病院・集中治療室(夜)

   堤司(17)がベッドで横たわっている。目をつぶっている。

   堤高雄(47)と堤翔子(47)は司の手を握り、膝をついて、号泣している。

   堤翼(17)は高雄と翔子の後ろで呆然と立っている。

   翔子、嗚咽を漏らしながら、

翔子「こんなのはあんまりよ」

   高雄、司の手をぎゅっと握る。

高雄「お前はこれからも一杯稼ぐ筈だったのに、親不孝者だ」

   堤、ギュッと両の拳を握る。

   高尾祐二(55)、ドアを勢いよく開ける。

   高尾、ぜぇぜぇと息を切らしている。

   堤、高尾、翔子が高尾に注目する。

   高尾、下を指差しながら、

高尾「おい、どこで情報を流したか分からないが、マスコミが下に来ている」

   高雄と翔子が同時に「何」と叫ぶ。

高尾「クソッ、このままでは司が交通事故で死んだって世間に広まってしまう。間違

 えだったと言わなければ、アイドル司は終わってしまう」

   翔子、高尾の肩を掴み、

翔子「でも、今誤報と言っても、いつかバレるわ」

高尾「それは大丈夫、代理で誰か立てる。そうすればアイドル司が健在する。だが問

 題は誰にするかだ」

   高雄、腕組みをする。

   高雄、堤の顔を見る。

高雄「そうだ、翼がいる。こいつが司の代わりになればいい」

   翔子、高尾が笑顔になる。

高尾「双子だし、顔、背丈は司とほぼ同じこれならばれない。それに今の所、司に双

 子の兄弟がいることは世間にバレていない、うってつけだ」

   堤、慌てた表情で、

堤「な、なぜそんな話に。ぼ、僕は司の代わりなんてできないよ。それに世間は騙せ

 ても他の親戚はどうするんだ」

   高雄、堤の肩をガシッと掴み、

高雄「それは大丈夫だ、お前は死んだことにし、今から司となれ。そうすれば、世間

 も親戚も騙せる。いいな、お前はもう翼を名乗るな」

   堤、その場に座り込む。

高尾「君が死んだことにすることによってマスコミも追っかけてこないはずだ。これ

 で安心だ。まだまだ稼げるぞ」

   高尾、不敵な笑いをする。

   翔子、涙をハンカチで拭く。

翔子「(笑顔で)これで私達の方も安泰だね、お父さん」

高尾「(笑顔で)そうだな、ははは。まだまだ稼いで貰わなくちゃ困る困る」

   堤、一粒涙が右頬を伝う。

   高雄、翔子、高雄が高笑いする。


◯同・玄関(夜)

   記者、スマホを耳に当ててる。

記者「どうも、堤司の死亡は誤報でその弟が死んだらしい。弟が居たなんて初めてし

 ったわ」

   記者、うんうんと言う。

記者「おれも怪しいと思うんだ、勘だけど。もう少し探ってみるわ。じゃ、切るわ、

 お疲れ様」

   記者、スマホを耳から話し、指で画面をタッチする。

   記者、病院を見上げて、去っていく。


◯のじり葬儀店・ロビー(夜)

   「堤翼儀葬儀式場」と書かれた看板が立ってある。

   翔子の前を会釈しながら、通過していく人達。翔子、暗い顔で会釈する。

   記者、翔子の前に立ち止まり、

記者「(会釈して)お悔やみ申し上げます」

翔子「(会釈して)ありがとうございます」

   堤、人の流れを眺めている。

   堤の前に女性親族と手を繋いだ女の子の親族が立ち止まり、会釈する。

堤「(会釈して)本日はありがとうございます」

女性親族「翼くんのこと驚いたわ。交通事故なんだって?あんまりだわ。いつも娘と

 遊んでくれて、優しく他人思いでいい子だったのに」

堤「今の言葉、翼に聞かせてあげたかった。僕は胸がすく思いです」

女性親族「あら?司くん、いつの間にそんな大人っぽいこと言えるようになったのだ

 ね」

堤「(目を逸し)え、ええ」

女姓親族「お父さんとお母さん、支えてあげていってね、ではまた」

   堤、会釈する。

   女性親族が女の子親族の手を取り、歩いていく。女の子親族、転ぶ。

   堤、慌てて、女の子親族を抱き上げて立たせる。

   女性親族、笑顔で

女の子親族「ありがとう」

   堤、女の子親族頭を手でポンポンとし、

堤「いいえ」

   女の子親族、女性親族まで走って行く。

女の子親族「司お兄ちゃん、優しくなったね」

女性親族「そ、そうだね。多分、大人になったんだよ」

  堤、二人を見つめる。


◯同・斎場(夜)

   僧侶、棺桶前でお経を読んでいる。

   僧侶、お経を読みながら手を差し出す。

   焼香前に参列者が並んでいく。

   焼香台の右隣に高雄と堤が並んで立つ。

   焼香が終わり長く拝む高尾。高雄と堤に向かい、お辞儀をする高尾。

   高雄、堤、深くお辞儀する。

   高尾、顔を上げ、小さく口角を上げる。

   堤、両拳をギュッと握る。右掌に爪が食い込んだ血の跡がある。

   記者、焼香台前で抹香を摘み、額の前まで持っていく。

   記者、横目でちらっと堤を見る。

   記者、抹香を香炉にパラパラと落とす。

   左手の数珠を右掌に合わせて合掌する。

   記者、高雄と堤に一礼をし、ゆっくりと歩いて席に戻る。

   ☓  ☓  ☓

   高雄、マイクスタンド前に立ち、一礼をする。一同、一礼する。

   堤、俯いたまま親族席に座っている。

   高雄、一呼吸を入れ、

高雄「本日は、ご多用にもかかわらず、亡き息子翼のために、お通夜にご参列くださ

 いまして誠にありがとうございます。翼もこのように皆様に見守られまして、喜ん

 でいることと存じます」

   一同、固唾を呑んで座っている。

高雄「翼は人が困っていると助けたくなる優しく、堅実な子でした」

   堤、上の空。

高雄「双子ですが、性格が全然違いました。司みたいにスター性はなかった、です

 が、翼は人に頼られる性質がありました」

   堤、膝上の拳をギュッと握る。

高雄「この前も私の父の介護を頼まれ、何も嫌な顔せず父の世話をしに行ってくれました」

   堤、目をギュッと瞑り、拳がガタガタ震えている。

高雄「私はそんな翼の姿を見て、誇りに思いました。私はこれからも翼のことを忘れ

 ないよ…」

   堤、バッと立ち上がり、

堤「(大声で)もう止めよう」

   一同、堤に注目が集まる。

   翔子、堤の裾を引っ張り、

翔子「きゅ、急にど、どうしたの?司?」

   堤、翔子の手を払い、

堤「僕は司ではない、翼だ」

   一同、ざわざわする。

   記者、ノートを出し、不敵に笑う。

堤「今日の式は実は司の式のためだった。だけど、おとうさん、おかあさん、そして

 そこにいる高尾さんが僕と司の死を入れ替える悪巧みをしたのです」

   堤、高尾を指差す。

   一同。ざわざわする。

   高尾。唇を噛み、血が流れる。

高雄「おい、だまれ。翔子、つか…翼を外に出せ」

   翔子、堤の腕を掴み、

翔子「こっち来…」

   堤、思いっきり腕を払う。

堤「うるさい、それに今更翼で貫き通すな。何度でもいる、僕が翼だ」

   高雄、堤に駆け寄り、胸倉を掴む。

高雄「(怒りながら)おい、なんてことしてくれたんだ、おい」

堤「うるさい、僕はもううんざりだ。あんた達の行動には。これじゃ、司も報われな

 い。僕は司のことは苦手いや嫌いだったけど、これは司へ顔向けできない。侮辱

 だ。あんた達の私利私欲のために死んでも司を使われて、静かに眠れないよ」

   堤、涙を流す。

   記者、ノートに走り書きをする。

記者「(小声で)スクープだ。堤司は実は死亡していた。それも兄が成り代わってい

 たとは、最初からおかしいと思っていたしね」

   高雄、震えている。

高雄「く、くそ、俺達の作戦が台無しだ…」

堤「もう、知らない。これでいいんだ。それにお父さんは知らないけれど、司はもう

 芸能をやめたいと一度呟いていたんだ。死んでも芸能人させるのは酷だよ」

   高雄、歯を食いしばる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る