シナリオ集
こたろう
仕事の価値観
人 物
田井中浩一(48) ㈱タイナカ社長
伊藤京香(45) ㈱タイナカのパート員
河合亮二(22) 大学四年の男性。
中居聡(22) 大学四年の男性。河合の友人。
◯㈱タイナカの男子トイレ (昼)
伊藤京香(45)、一人で奥の小便器をブラシで洗っている。
入口の自動ドアが開く。
河合亮二(22)と中居聡(22)が入ってくる。
それぞれ、右胸には来客用名札が貼られている。
小便器に河合と中居が並んで小便器の前に立ち、用を足す。
京香、ちらっと二人を見るが、すぐに正面に向き直す。
河合、京香をちらっと見て、フッと口ずさみ、蔑んだ目をする。
河合と中居、小便器から立ち去り、洗面器の前に立つ。河合と中居、蛇口を捻 り手を洗い出す。
河合「トイレ掃除の仕事とか、ないよな。何がよくて、臭い便器掃除しなくちゃいけ なんだ」
河合は手を洗いながら、笑いながら話しかける。
中居、河合に顔を向け、笑いながら話し始める。
中居「だよな。やっぱり、仕事するなら、開発に携わってかっこよく設計したいわ」
河合「わかる。今の時代、エンジニアが一番かっこいいよな。掃除仕事とか底辺じゃ ん」
河合と中居、声上げ笑う。
京香、下唇を噛み締める。
河合と中居、水を止め、手を払って、手の水気を飛ばす。
洗面台は水浸しになる。京香、ブラシをギュッと握る。
河合と中居、談笑しながら、自動ドアへ足を一歩出す。
自動ドアの向こう側に男性の人影が見える。
自動ドアが開き、田井中浩一(48)が立っている。
田井中「聞き捨てならない会話が外まで聞こえてきたが、君達か?」
河合と中居、目を開き、驚いた表情をする。
田井中、一歩二歩歩き、トイレの中に入る。
自動ドアが閉まる。田井中、濡れた洗面台に目が行く。
田井中、ポケットからハンカチを出す。
田井中「せっかく綺麗にしてもらっているのに、こんなに濡らして」
田井中、ハンカチで洗面台を拭く。
田井中「君達は今日の面接者かな?」
河合と中居、口をパクパクしながら、同時に返事をする。
河合「…はい」
中居「…はい」
田井中、河合と中居の方へ身体を向ける。
田井中「だとしたら、0点ですね。仕事の意味をちゃんとわかっていないようだ。ど んな仕事にも必要とされる意味があるんだ。それをちゃんと把握していないのに馬 鹿にしてはダメだ」
京香、田井中の方へ顔を向け、立ち上る。
田井中「誰にでもできない仕事をしてくれる人がいるから、君達は何不自由なく生活 ができるわけだ、そうだろう?」
河合と中居、口が半開きになり、その場で立ち尽くしている。
田井中「先程、掃除は底辺の仕事と言っていたが、私にとってすべての仕事は必要と されていて、優劣なんてものはないんだ。まだまだ君達のような若い人にはわから ないと思うが、個々の仕事の役割や背景を勉強したほうがよいみたいだ」
河合と中居、呆然としている。
田井中「君達、これから面接か?」
河合と中居、黙って頷く。
田井中「なら、今日の最後に回すから、仕事について君達の考えを聞かせてくれ」
河合と中居、同時に答えいる。
河合「は、はい」
中居「は、はい」
田井中「よし、では最後に待っている」
田井中、道を開ける。
河合と中居、少し青ざめた表情でとぼとぼ歩いて、トイレを出ていく。
田井中「あっ、忘れていたが君達名前は?」
河合と中居はゆっくり振り向き答える。
河合「河合です」
中居「中居です」
田井中、頷く。
田井中「河合さんと中居さんね。ありがとう」
河合と中居、前を向き直し歩いていく。
自動ドアは閉まる。
田井中、京香の方へ顔を向ける。
田井中「伊藤さん今日も綺麗に掃除してくれて、ありがとう。」
京香「こちらこそ、ありがとうございます」
京香、お辞儀する。
田井中「大したことはしていないよ。さっきの子達の言葉だが、許してやってほし い。成人すぎれば大人だが、まだまだ彼らも子供だし、社会について無知なだけな んだ」
京香、頭を振る。
京香「私が言い返していれば、社長のお手を煩わすことはなかったのに」
田井中、笑いながら、
田井中「そうだったのか、それはすまなかった。怒った伊藤さんを見たかった」
京香、照れながら、
京香「でも、怒っても怖くないかもしれません。今まで怒ったことはありますが、怖 くないとばかり言われてきまして」
田井中「それは可愛らしい。まぁでもこうゆうことは私の仕事だから気にしないで」
京香「それはなぜですか?」
田井中「この会社の社長だから。従業員を守るのも私の仕事だ。では、私も仕事に戻 るね。今日の面接も腕がなりそうだ」
京香、笑いながら
京香「お疲れ様です。」
田井中「それでは、伊藤さんも仕事頑張ってください。」
京香、お辞儀する。
京香「ありがとうございます。頑張ります」
田井中、後ろを振り向く。自動ドアが
開き、田井中が出ていく。
◯同・会議室(夕)
扉がノックされる。中央に椅子が一つ置かれ、その前に田井中が机を挟んで
ドシッと座っている。
田井中「どうぞ」
河合が恐る恐る入ってくる。河合、一礼する。
河合「し、失礼致します」
河合、ゆっくり椅子の前に立つ。
田井中、腕を前に伸ばす。
田井中「どうぞ、座ってください」
河合「し、失礼します」
河合、ゆっくり椅子に腰を掛ける。
田井中「よく残ってくれました。私、実は君達、逃げると思っていたんだ。普通は逃 げると筈だが、この度胸は評価するよ」
河合「お、恐れ入ります」
田井中「早速だが、先程言ったとおり、河合さんの仕事の考えを聞かせてくれ。おっ と言い忘れてたが、この面接は他に質問はせずにこれだけで君の合否を判断する か、気を締めて答えておくれ」
河合、膝に置いてある両拳に力が入る。
河合「お、私にとって仕事とは社会貢献です。つ、つまり、私は世の中の人の役に立 つことを目的として仕事をし、その恩恵として自己成長につなげていきたいと考え ています」
田井中、目を瞑り、腕を組む。十秒後、
目を開け、腕組みを直す。
田井中「んー、五十点ですね」
河合、汗が頬を一滴流れる。
田井中「大本を辿ると仕事は生活するための手段です。社会貢献などの側面もある
が、それは二次的なものです。皆、生活のため必死に仕事します。その結果、会社 のため、社会のために繋がっていきます」
田井中、少し前屈みになる。
田井中「河合さんはアルバイトはしたことあるかい?」
河合「は、はい」
田井中「なぜアルバイトをしました?」
河合、腕を組み、考え込む。
河合「こ、小遣い稼ぎです」
田井中「なら、生活のためだね。」
河合「そ、そうなのですか?」
田井中「お小遣いが無かったら、趣味もできないし、友達とも遊べないでしょう?そ
れは生活の一部だからさ」
河合「考えたこと無かったです」
田井中「まぁ、私も君ぐらいの年の時、同じような考え方でしたけどね」
田井中、笑顔で話しかける。
田井中「先程、仕事は生活のためと言いましたが、それだけだと人間、窮屈ですぐ仕
事をやりたくなくなる。だから、仕事は自分の能力に向いているかつ好きな仕事を
したほうがいいんだ。まぁ、理想論だけどね」
河合、頷く。
田井中「話変わるけど、河合さんはものづくりは好きですか?」
河合、食い気味に答える
河合「昔から作るのは好きです。よく、日曜大工していました」
田井中「それなら、弊社の仕事とはあいそうですね。でも、河合さんの能力に合うか
どうかは実際にやってみないとわからにですが。」
田井中、笑顔で話しかける。
田井中「あっ、申し訳ない。私ばかり話していて。どうも、私は面接者には向いてい ないかな」
田井中、声を上げて笑う。
河合、ひきつり笑いをする。
田井中、口角を上げて話しかける。
田井中「さてさて、面接はこれで以上です。河合さん、採用です。正式な結果は追っ て書面で送ります」
河合、ポカーンと口を開けたまま、呆然としている。
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