6 緑子攻略作戦 序章
俺たちは粥を食べていた。雑穀がゆだ。梅干しは今日も美味しい。
「ということで、緑子攻略会議を行おうと思う」
「いや、どういうことですか」
「やはり、女性の攻略というのは事前の準備が必要なわけだな。まず、緑子の好みのタイプを調べてそれを演じ切らなければならない」
「とっても最低なことを言ってません……?」
「そういえば、この梅干しはこの村のものではないな」
「都合が悪くなると話をすり替えますよね。フランちゃん」
別にそんな意図はない。決してそんな意図はないぞ。うん。
「梅干しは私の大好物なので、川に流されながらも必死で守ったんです」
壺を水につかないように掲げながら流されて行く間抜けな幼女が目に浮かぶ。
というか、よく生きてたな。
「流されていて、もうダメだ、と思った私を助けてくれたのが緑子ちゃんです」
「いや、その前に梅干しを捨てろよ。自分の命大切にしろ」
「梅干しのない人生なんてなくてもいいですっ!」
それだけ梅干し愛してるんだよ。
あれだな。声優のAV出演疑惑が起って自殺したオタクみたいな話だな。気持ちはよく分かる。この世から二次元が消えてしまったら俺は真っ先に自殺するからな。
「助けてくれた頃の緑子ちゃんは優しかったんですけど、村に来て、村長さんと話した後くらいから冷たくなって」
「……」
やっぱ、村長か。あんのクソジジイ。
「私は緑子ちゃんがとってもいい子なんだと知っています。だから、是非ともおともだちになりたかったんです」
「なるほどなー」
「なんですか。そのどうでもいいような返事は」
いやまあ、どうでもいい話ですけど。
「人間目的があることはいいことだと思うからな」
俺は粥を口の中にかき入れる。
そして、手を合わせてごちそうさまをする。
これから作業だ。
働きたくないでござる。
「あ、それとだ」
家を出ようとしていた俺は美姫に言い残していたことがあるのを思い出す。
「もう一人で村から出ようとするなよ。村の中で一人で遊んでおけ」
美姫の様子を見れば、一人で海まで来て遊んでいたことが分かる。それも、ほとんど毎日だろう。俺と美姫は海で何回か顔を合わせていたからな。
でも、そうなると、緑子は何をしていたんだ?
「農作業、だるい、しんどい。ハードワーク。俺は将来デスクワーカーになりたい」
農作業の描写だ?誰得だよ、んなもん。ちゅーか、戦国時代の農作業なんざ誰も知らん。
とにかく、よく分からん畑に連れられてよく分からんものを植えた。そして、よく分からん草も収穫した。全くよく分からん。
「外国人だからってコキ使いやがって」
基本的に物を運んだ。重かった。体痛い。背が高いからかがむのも大変なんだぜ、ったく。
「お前はぶつくさ何を言っとるんじゃき。それもわしの傍まで来て」
「いやあ、悩みとかを吐露すると好感度が上がるじゃん?ルート攻略まっしぐらじゃん?」
「わしにはおまんのゆーとることがよーわからん」
「というか、口調が一定しないやつだな」
「そりゃ悪かったな!」
俺は緑子の拳を流水の如き滑らかな動きで避ける。
「で?なんなんじゃ?何の用じゃ?」
「いやあ、疲れたな。肩を揉んでくれ」
「誰がおまんの肩なんぞ」
「一体どこを揉もうと言うんだ……ぽっ」
「殺すぞ、おまん」
うん。本気で殺気がびんびん迫ってきたぜ。
紅が空を覆っていた。もうすぐ夜の帳が降りてくる。
帰らないといけないな。美姫も待っているだろうし。
「なあ、フランちゃん」
だから、フランちゃん呼ぶなっての。
「あの子は元気か」
立ち上がった俺に緑子は尋ねた。
「あの子ってのは美姫のことか?」
緑子は何も言わなかった。
なんや、コイツ。
「別に、不健康そうには見えないな。まあ、梅干しばっか食っているからそのうち体から梅の木が生えてくるかもしれん」
「お前は何をやらせているんだ!」
は?
何故怒られねばならん。
というか、やらせているって?
いや、アイツは自分から梅干しを食ってるだけだろ。
そんな疑問で頭が真っ白になったせいで緑子が背後から蹴りを加えてきたことに対処できなくなっていた。
結構マジで蹴られた。
「お前はアイツになんてものを食わせているんだ!」
「い、いや、ただの梅干しだが」
「なにをしれっと言っとるんじゃ!んなもん食わせおって!それともあれか!あの子は梅干しなんぞ食わねばならんほどに食事が足りとらんのか!」
「おい、ちょっと待てよ」
大分何度もガシガシ踏みつけられている。
俺は上体を起こして緑子の蹴りを止める。
「なんだ?梅干しってのはこの村じゃ稗よりも下の食い物なのか!?」
まあ、稗が下というわけではないだろうが。
「なにを寝ぼけたことを言っとるんじゃ!梅干しは食い物じゃないじゃき!」
「はあ!?」
ナチュラルにはあ!?って言ってしまいましたよ、奥さん。
「あんな薬を幼女に食わせて、鬼か!」
「鬼だけどな!」
というか、薬?
「薬!?」
大袈裟かと思うけれど、いや、梅干しが薬て。
「あんな変なもの食えるわけがないだろ。やっぱり、食事が足りてなくて……」
おい、美姫よ。お前の大好物、食い物じゃないって言われてるぜ。
「なんでそんな泣きそうな顔してんだよ」
さっきからそんな顔ばっかだ。
コイツは美姫のことが心配なんだろう。じゃないと、俺を怒らないし、食事の心配なんかしない。
「お前、面倒見がいいんだな」
ふっ。フランちゃんはナチュラルに褒めるぜ!なちゅっ。
「心の声ダダ洩れじゃき。それと、なちゅっ、ってのはキモい」
戦国時代にキモいって言葉があるとはな。にしても――
「ナチュラルにディスられたなちゅっ!」
いやまあ、ガキを攻略対象にはしませんけどね。
「よし。俺からも質問だ」
「却下」
俺の扱いひどくない?
「昨日、どうして海にいた?お前はもしかして――」
緑子はおもむろに地面に手をつくと、素直一握り掴む。
そして、それを俺の顔面へ向けて放った。
「姑息だな」
「いや、もっと喚くとかあるじゃろうが」
視力が回復したころにはもう緑子の姿はなかった。
「ったく、素直じゃないな。砂だけに」
もぐもぐとジャムパン食べている君の横で僕はうむむと考える。
「お粥ですよ」
「分かっとるわい」
筋肉少女帯だよ。ったく、時代遅れな奴らだ。
俺はお粥の上に乗った真紅のお薬を眺める。確かに、酸っぱさは何とも言えない過激なものだ。
「この村では梅干しを作っているのか?」
「どうなんでしょう?私も最近来たばかりですし。梅の木はいくつかあるみたいですけど」
なるほど。少しもなるほどではないけれど。
「緑子がな、梅干しを食い物じゃないって言うんだ」
「なんてことを言うんですか!」
「まあ、待て待て」
俺は俺の襟首を掴んでいる美姫を宥める。
いやあ、何で俺が怒られてんのよ。
「こんな不味いものを食えねえとは言ってねえんだと思う」
「何ですと!?」
流石、命よりも大事と謳うだけのことはある。
少しも話を聞きはしない。
「緑子に話すと、どうも梅干しは薬だって言うんだ」
良薬口に苦しというところか。
俺が話すと、美姫は憑物が取れたかのようにいつもの調子に戻る。
「なんですかそういうことですか」
あれ?驚いてない?
「驚かないんだな」
美姫はキョトンとした表情になる。
「どうして驚くんですか?」
「いや、俺が驚いたから」
あれか。カルチャーショックか。
「なるほど。フランちゃんは食用しか知らないんですね。梅干しというのは何百年か前に遠い国から伝わったらしいです。この国ではどうも神様が食していたとか。それが私たちにも出回ったみたいですね。でも、もしかしたら、この村には食べ物として回ってきてないのかもしれません」
「薬として見られていたと」
まあ、初めて食う奴は食い物とは思わないかもな。
「でも、私は薬としての梅干しは苦手です」
「いや、いっつも食ってるだろうが」
味付けが薬用とでは違うのか?
「ん?傷口に塗るんですよ」
「……」
ざ・かるちゅあぁしょおっく。
ちゅーか、死ぬほど痛くない?
「私は苦手ですね。とっても痛いですもん」
確かに殺菌効果があると聞いたことがある訳だが。
「傷口に塩を塗るって言葉、知ってるか?」
「?」
美姫は知らないという風に首をかしげた。
「そのうちこの国で流行るからな。流行語大賞候補だ」
しかし、傷口に梅干しって……死ぬほどゾッとするな。
ケガだけはしないでおこう。美姫は絶対効くからとか言って嬉々とした表情で傷口に塩をぬるに違いない。なんて奴だ。
「なんだかひどいことを言われている気がするんですが」
また毛布の中に入ってこられると困るので、俺は美姫に毛布を押し付けた。
暗く、光もない中俺は考える。
緑子は美姫を嫌っているわけではない。
だが、冷たく扱っている。
最初は優しかった。
となると――なにか事情があって冷たく接しているのか。
例えば、よそ者と仲良くするな、とあのクソジジイに言われたとか、か。
本当に大人ってのは卑怯だ。いつだって子どものことは考えないくせに親のことを考えろという。全く、害悪の塊だぜ。
でも、実際のところは分からない。
緑子に直接尋ねるべきなのだろう。
となると、好感度を上げないとな。
……どうすればいいのか、わからん。
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