第102話 戦争の裏に魔女の姿
歴史は語る。魔女の暗躍を。
『サルバトーレの魔女・一巻』より抜粋。
のちに、『ザラターン海戦』と呼ばれた戦いは、ダウ・ルー王国、ディファイエント皇国の艦隊のほぼ半数を失うほどの壮絶な戦いとなったが、たった一隻の戦艦はわずかな損傷を見せたものの、ディファイエント皇国の数多の艦艇の砲撃を受け切り、それでもなお沈むことはなかったという。
海戦は五時間にも及んだとされるが、その主な理由はたった一隻の為に弾薬が尽きるまで砲撃が行われた為だという。
灰色の無塗装の巨大な、鉄を纏った戦艦の名は「のろまな亀」とも呼ばれたクンク・タートル一世として世に広まった。
それこそが、世界発の蒸気機関搭載及び鉄装甲の鉄鋼戦艦であった。
初の実戦投入において、大した戦果は期待されていなかったとされるこの戦艦は、しかして、驚くべき堅牢さを見せつけ、ディファイエント皇国を驚愕せしめたという。
のろまな亀と呼ばれた鉄鋼戦艦は、その実、蒸気機関による風の影響を受けない自走が可能な戦艦であり、燃料が尽きるまで、海域を自在に動き回ったとされる。事実、船とは一度でも停止すれば再加速に大きな時間を要することは広く知られている。
当時はいまだ内蔵機関などというものがなく、それを唯一搭載したこの船は、あまりにも常識から外れていた。
同時に木造帆船が主流……いや、主力だったはずの時代に鉄と蒸気に包まれたこの船は、ただそこにあるだけで驚異となる。
当時の艦長は驚くべきことに船体をぶつけるという戦法を取り、これにて五隻の船を撃沈せしめた。
ラムアタックは古来より存在する艦船の攻撃方法であるが木と鉄とでは結果は目に見えたものである。
クンク・タートル。不沈艦の代名詞。
この恐るべき船を生み出したのはサルバトーレの魔女である。
今日における蒸気機関、鉄鋼技術の祖と呼ばれた魔女。
歴史の表舞台に、突如として現れたこの魔女を人々は当時、救国の聖女とも呼んだ。
製鉄技術、蒸気機関を国に与えたこの魔女はこの戦いから広まっていくこととなる。
魔女の名をイスズと言う。
しかし、ただ製鉄と蒸気機関を与えただけならば彼女はまだ魔女とはよばれなかった。
このザラターン海戦において、イスズという女を魔女たらしめたのは、やはり魔女の編み出したもう一つの技術であった。
そう、それこそが世界初の航空攻撃。
魔女にとって、陸も海も、そして空も手中に治めて当然のものだったのである。
※※※
「帰ってきた!?」
海戦が壮絶なものであるとは聞いていた。飛び込んでくる情報は悲壮的なものばかりで、ダウ・ルーの艦艇は果敢に挑むも多面的に広がる皇国軍の艦艇に対応しきれず、囲いを崩すことが出来ないのだといった。
しかし、そこで活躍したのが私達の作った鉄鋼戦艦だったという。数百、数千の大砲を受けてもかの船は沈まなかった。
しかしついには外輪に直撃を受け、航行不能になったと聞いた時は流石に私も顔を青くした。
しかし、そうなっても鉄鋼戦艦は沈まなかった。外輪を排除し、そこに留まるかたちとなっても、鉄鋼戦艦は沈まなかった。
恐るべき砲撃を受けても鉄鋼戦艦は沈まなかった。
次第にそれは戦場に不沈艦……いえ、巨大な鉄の化け物がいると広まっていく。
蒸気機関の放つ轟音など、誰も聞いたことがない音だったからだ。
皇国がそれを聞いて、見て、どう思ったのかはわからない。
想像するとすれば、巨大なモンスターを飼いならしたのではないかという勘違い。
それが功を奏したのかはわからないけど、皇国軍はその勢いを鈍らせたという。
動けなくなった鉄鋼戦艦はそれでも砲撃を続けた。それに続くようにダウ・ルーの残存艦隊も攻勢に出た。
そんな戦いが五時間も続けば双方の弾薬、気力は尽きていく。
そして双方が戦闘続行不可能と判断し、戦いは終わりを見せたという。
前代未聞、お互いの弾薬が尽きての引き分けなのである。
それでも、皇国軍はその恐るべき数の艦艇を残していた。
対するこちらは損害が大きく、数も減っていた。
そして鉄鋼戦艦は外輪の破損によって、他の船に曳航される形で戻ってきた。
「……なんともまぁ、男前になって戻ってきたわね」
その姿をみて、私は安堵した。そして同時に呆れもした。
私はとんでもない物を生み出してしまったのだと思ったのだ。
鉄鋼戦艦はあちこちの装甲がへしゃげ、完成直後の壮観な姿はなく、どうみてもスクラップなのだが、ある意味では単純な構造が逆にある種の堅牢さ、安定性を齎したのか、沈む様子はなかった。
なにより蒸気機関の音はまだ生きていた。
戻ってくると同時に蒸気の音が国内に響く。
引き分けであったらしいがその音は凱歌のように響き渡った。
誰かが言った。
不沈艦だと。
「すぐに修理に取り掛かって!」
私は部下たちにむかって叫ぶ。
戦いに参加した船の修理が早急に始まる。
戦いはまだ始まったばかりなのだから。
鉄鋼戦艦がドッグに入ると同時に消化作業、乗員の退艦が始まる。
そして……
「生きてますか、アルバート」
なぜか出向するときよりも痩せたように見えるアルバートが降りてきた。
「な、なんとか……」
「アルバート様、どうぞ、お水です!」
アザリーたちが兵士たちに飲み物をわたしにいく。
「す、すまないアザリー殿……な、なんとか退けたが、勝ちではない……」
「でしょうね」
負傷兵たちが運ばれていく。
目を背けたくなる光景なのに、なぜか私はそれを平然と見つめている。
アルバートは額を少し切った程度だったので、アザリーが手当てをしていた。
「敵は、次、いつ襲ってくるかしら?」
「わからん……俺は専門家じゃない……だが、すぐではないはずだ。敵としても弾薬が尽きるのは想定外だろう。補給の船も後方に控えているだろうが……とにかく、それまでに我が艦隊を再編は厳しいぞ……!」
帰ってきた艦隊の数はひどく少ないらしい。そのうち、修復が可能と判断された船はさらに低い。
鉄鋼戦艦は外輪を付け替えれば動けなくはないが蒸気機関の調整と外装のそう取っ替えを考えると……二日、三日はかかる……さすがに、敵もそれは同じだと思いたい。
「でも……心配はいらないわ」
その時間があれば多分、なんとかなる。いえ、なんとかして見せないといけない。
「私に、考えがあるのよ」
「か、考えだと? お前、なにを」
「あなたも聞いてたでしょう? 気球をね。使うのよ。頼めるかしら……アベル?」
私は、後ろに控える最も頼れる男に聞いた。
「あぁ。命知らず共を連れてきたぜ?」
振り返る。そこには金さえつめばなんだってやる男たちがいた。
そしてそんな男たちを引き連れるアベル。彼の隣にはエルフの男もいた。山賊の親分だ。
「山賊も今日だけは卒業して貰うわよ。空賊さんたち?」
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