第79話 都合のいい援軍

 ラウことアザリーが家族になり、一週間が経った。もともと、王族だったこともあってか、立ち振る舞いに問題はなく、ラウ自身も意識をしているのか細かな仕草は少女らしいもので、事実を知るもの以外はまさかこの子が女装をしている亡国の王子とは思わないだろう。

 儚げで可憐な少女。第一印象というのはとりわけ強烈なもので、人間、結構これに縛られる。私もそうだけど。

 そんなある日の事だ。ゲヒルトから文が届いた。

 内容を要約すると『頭のいい先生を送ったから、活用してくれ。ついでに息子も送る』といった内容だった。


「……初めまして、とは言えないな」


 というわけで、件の人物二人が私の目の前にいる。一人はゲラートだ。ゲヒルトが息子を送ると言えば、そりゃこの人がくるだろうと思っていた。しかも何がおかしいのやら、クックッと後ろの方で笑っている。

 そして私のちょうど目の前に立つ人物こそ、手紙にあった頭のいい先生だ。

 彼は先生というにはだいぶ若い。それでも二十代後半といったところかしら。眼鏡をかけて、栗色の髪が若干の天然パーマ。本来であれば柔和な笑みと瞳を向けるはずの顔は、一転して驚愕に見開かれている。

 なぜって、私はこの男を知っていて、相手もまた私……マヘリアを知っているからだ。

 だってこの人……


「あら、お久しぶりでございますね、ケイン先生」


 ケインという男は簡単に言えば学園の教師。グレースたちの担任であり、同時に攻略対象キャラの一人だ。

 あの子、ゲームシステムのせいとはいえ、教師まで落とせたのか。なんか、そう見るとだんだん、魔性の女に見えてきたわね。無自覚な分、さらに質が悪いと来た。いやあの子本人はとっても良い子なんだけどさ!

 だけど、これは、驚きだ。まさか担任の教師がやってくるなんて。一応、マヘリアも教え子の一人だし。そして、この人、確かに頭がいい。教師をしているから、ではなく、設定の段かいで頭脳明晰とかそういう感じに紹介されていたし、何やら色んな実験をしているとか。ある意味、彼も錬金術師というわけだが。


「なぜ、君がここに……? 君は、死んだと……」


 ふむ、どうやら先生は何も知らないみたい。

 まぁ、後ろでいじわるそうに笑っているゲラートを見る限りじゃわざと教えなかったっぽいわね。


「ゲラート、これは一体どういうことだ!」

「すまないね、先生。でも、父上の言った通りだっただろう。これから会う人物は、驚くような人物だって」

「あぁ、驚いたさ。衝撃的だよ。まさか、死んだはずの教え子が生きていようとはね……いや、それ以上に、マヘリア。君は……国家反逆罪、それだけじゃない、グレースにだって」


 あ、このパターン前にも見たぞ。アルバートの時と同じだぞ。

 そりゃそう思われても仕方ないことをしてきたわよ。マヘリアが。でも、私は心を入れ替えて……本当に入れ替わったというか、乗っ取ったというか、とにかく別人のごとく、というか別人なんだけど、生まれ変わって以前のマヘリアじゃないのよ。


「先生、そんな昔の話はどうだっていいじゃありませんか。何事も未来志向ですわ。先生もよくおっしゃっていたじゃありませんか。常に進歩、前を向いて進もうと」


 曰く、これは先生の口癖ということらしい。当然だけど、私はこの人のストーリーを見たことがないので、具体的にどんな人物かは知らない。マヘリアとしての記憶を検索すると、優秀であるけど、大人しくてよくわからない実験を繰り返している変人という評価が出てきた。

 マヘリア的にはマイナス印象らしい。


「どうでも……だと!?」


 声を荒げようとする先生。

 生徒思いなのはいいことだけど、今は本当に、どうでもいいことなの。私はこの先生に興味はないし、恋愛対象としても見てない。

 ただ、うっすらと残るゲームの記憶からして、この人は多分、現代人的な感性を持っている。もっと言えば近代的な技術への探求というべきか。

 確かこの人、この時代に自転車みたいなの作ろうとしてたはずだし。

 貴重なゴムの材料が手に入らないのと、自転車のフレームに耐えられる金属の調合に悩んでいたとかそんな感じのストーリーがさわりに出てきたはずだ。


「私、先生の研究のことがいまいち理解できなかったですけど、最近になって先生こそがこの世界で最先端を行く科学者だと思ったんです」


 自転車の歴史は比較的新しくて主に十九世紀ごろに実用化されたらしい。木製のものが一応、使われていたという歴史が残っている。私たちが思い浮かべる古い自転車というとやたら前輪の大きなものだけど、あれも木製自転車の後に、すぐさま登場したとかなんとか。

 それはおおよそ十六、七世紀ごろの技術しかない世界で作ろうとしているのだからすごい話だわ。

 あれ……? そう考えると、私がマヘリアにならない世界だと、この人が鋼とか作るのかしら。

 まぁ、かもしれない未来の話は置いておきましょう。


「先生。私、作りたいものがあるんです。実現したいものがあるんです。そのために色んな人たちを集めているのですけど、なかなかうまくいかなくて……」

「……君が、鋼を量産させてサルバトーレに貢献しているのは知っている。王子だって助けられた。君がやっていたとは思わなかったけどね。難民をも保護して、文化を突き進むマッケンジー領の婦人がまさか……」

「人生ってわからないものでしょう? ここまでこぎつけるのに、苦労しましたわ」


 実際、下手打つと死んでたしね、私。


「それに、このことはゲヒルト様もそうですが、グレースも知っていますわ。彼女も、私の正体を知っています。そのうえで、私を頼り、王子を助けたのです」

「あの子は、優しい子だ……」


 うぅん、なんか私がグレースをだましてるみたいな事が先生の頭の中では繰り広げられてないかしら。


「あのですね、先生。私は昔のことはどうでもいいと言いました。それ以上の問題と、課題が私には降りかかっているのです。第一に戦争です。こっちはやりたくなくても相手は仕掛けてくる。それがわかるのですから、準備は必要でしょう。そのために、私は蒸気機関を作り上げたいのです。それも、高性能なものを」

「蒸気機関……! 君は、それを理解しているのか!?」


 ヒットした。先生も蒸気機関の理論には気が付いているようだ。

 さすがはキャラクター設定で天才とか書かれている人!


「し、信じられない。君がか!?」

「色々とあったのです。それよりも、今現在、試作している蒸気機関はどうしても燃料となる石炭の消費が激しい。これを何とかして押さえ、さらには転用したいのです。私はね、先生。戦争よりももっと重要なことをやりたいの。蒸気機関を積んだ乗り物を大陸中に広めたいし、蒸気機関を積んだ船を大海原に出航させたいの。そうすれば、私たち人類の活動範囲はもっともっと増えます。前人未踏の海の向こうにだって、行けるようになりますわ。いずれは……魔法を使わずとも、空だって飛べるかも」

「あ、あぁ、そうだ。僕の計算が正しければ、蒸気機関にはそれだけの力がある」


 飛行機もできないことはないらしいけど、最初は飛行船になるでしょうね。

 それでも時代的には十九世紀までかかった。けど、今の時点で蒸気機関を実現させればその期間をぐっと短縮できるはず。

 そして、この先生は技術はさておき、理論は理解している。必要なのは、時間とお金と物資だ。

 あぁ、なんて、都合の良い助っ人かしら。


「先生、あなたが私のことを嫌いなのは十分承知しています。ですが、今は協力して下さい。これは、グレースの為でもあるのです。何より、私にはもう一人助けたい子がいるの」


 その私の言葉に応じて、隣室で控えているラウ王子が姿を見せる。

 この時ばかりは男の子の姿で、正装していた。

 当然ながら、ラウの登場に先生は大きく驚く。


「なっ! き、君は……あ、いえ、あなたは……!」

「ハイカルンのラウ王子でございます。今は、わけあって、私の養女となっていますが……」

「よ、養女?」

「まぁ、その話はおいおい。それより、私が助けたい子とはこの方。ラウ王子に、ぜひともハイカルンを復興させるべく、私は、これらの技術を実現したいのです。先生。人助けですわ。どうかしら? 技術は、人を、すくうのでしょう?」


 その言葉もまた、先生の口癖の一つだと、記憶がささやく。

 

 

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