第30話 王国騎士団様、お買い上げ

 さて、蒸気機関に関してはまだまだ先の目標なので、今は考えないでおこう。

 さすがにこの手の大がかりの機械に関しては私の知識じゃブレイクスルーは起こすことはできない。将来的にその研究を行わせる権限を持つことができればいいのだけど、さていつになるか。

 とはいえ楽しみの一つでもある。魔法の世界とはいえ、ここは時代レベルは中世だ。そんな時代に蒸気機関を浸透させるなんて。男の人がたまにロマンという言葉を口にするけど、なんとなくわかる気がする。

 まぁ今は目の前の仕事に集中しましょう。

 私はスープを飲みながら、アベルに提案をしていた。


「この付近でマンガン鉱石が取れる地層や山ってある?」

「マンガン? あーすまん、そこに関しては俺もよくわからねぇ。基本的に石炭とか鉄鉱石しか掘ってこなかったからな。炭鉱仲間のつてをたどってみてもいいが……今すぐいるか?」

「できる事ならね。でも、無理ならいいの。これ以上のギャンブルはちょっと私の身が持たないかもしれないし。とにかく、今は鋼が出来ているのならそれでいいわ。品質向上は今後の課題という事で、来月、来年度に……それまでに工場が大きくなっていればいいのだけど」


 こればかりはいすず鉄工製の鋼にかかっている。

 アベル曰く、ゴドワンは質は良いと言ってくれていたみたいだけど。


「次から次によくもまぁ思いつくもんだな。この蒸気機関だって、一日やそこらで思いつくもんじゃねぇだろ? 不思議なもんだぜ、お前の頭の中ってのは」


 アベルは素直に関心してくれている様子。

 実は私、技術が進んだ異世界の人間なんですと言えればいいけど、さすがに信じてもらえないかもだし、なんでそうなったのか見たいな説明も難しいし、黙っておこう。


「お屋敷にいた頃は時間だけはたくさんあったから。どうせ政略結婚の道具だったし、社交界のマナーやダンスを覚えるよりは楽しかったのよ」


 元お嬢様らしい、それっぽい嘘。


「そういや、忘れてたがお前さん、元は王子の婚約者だったんだよな。王子様がお前の姿を見たら驚くんじゃねぇか?」

「どうかしら。私、王子には嫌われていたし。ま、私も悪いのだけど」


 すっかり私も忘れていたけど、この世界、元はゲームなのよねぇ。恋愛ゲーム。

 そして私は主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢、ただ序盤のチュートリアルみたいな展開で退場するだけのちょい役。

 いやぁそうやって考えると、今の状況って何だろう。自分でやってきた事だけど、本当に不思議。


「家族の不正に、婚約解消で、処刑。よく生きてるよ」

「自分でもびっくりよ。助けてもらった恩は一生忘れないわ」


 実際、アベルがいなきゃ私、あのまま野垂れ死にだったし。


「こうして会社も持てた。領主にものを売ることも出来た。幸運よ。私からすれば、あなたは救世主ね」

「よせやい、俺がそんながらに見えるか?」

「あら、見た目だけなら私がこんな煤汚れた場所にいるはずがないでしょう?」

「ま、それもそうだな」


 そういいながらお互いに笑いあう。


「あぁ、でもそうか」

「ん? どうした」

「私が色々とやる理由。あなたへの恩返しもあるかも」

「恩返しって、別にそんなもんは」

「いいの、これは個人的な考えだから」


 命を救ってもらった、私の事を信じてもらった。日本には一宿一飯の恩という言葉もある。彼にはそれ以上の恩義もあるわけです。

 私は、私の命の為、生活の為もあるけど、優しくしてくれた人に恩を返したいのだ。その為の手段と目的がうまく合致しているからこそ、ここまでできるんだ。


「今後ともよろしくお願いよ、アベル。あなたがいてくれると心強いわ」

「それは、親父の権力があるからか? 山を掘れるからか?」

「全部よ。下手に言い訳するよりは、良いでしょ? あなたがいてくれたから、私は今ここにこうして立っていられるの。あなたが助けてくれた、あなたが領主の息子だから、あなたが炭鉱夫だったから。一つでもかけていたら、こんなところにはいないもの」

「……そう、言われると、嬉しいっちゃ嬉しいが」

「照れてるの?」


 ろうそくの火では彼の顔色の全てを見る事はできないけど、声音が少し高くなっていた。口調もどことなく乱れていたし、なんだかんだと半年以上もアベルの事を見ていればそれぐらいはわかるようになる。


「悪いかよ。褒められる事なんてガキの頃以来だぜ」

「あら、昔は良い子だったね」

「フン、子供の頃は誰だってそういう時期があるだろ……今じゃこうだがな」

「悪人になってないのはお父さんの教育のおかげじゃないの?」

「知らね。ま、なんの因果かこうしてここに戻ってきちまった。やっぱ、お前と出会ってからは俺の周りも変わりすぎたな。炭鉱夫の連中も死んだ目じゃなくなってきた。所帯を持つ奴もいるし、若い連中も活気が出てきた。みんな、未来を見る事が出来ている。その道を示したのはお前だぜ、いすず」

「なら、もっとより良い未来を提示しなくてはね」


 まぁ私のやろうとしてる事って革命の一つなのだけど。

 どう転ぶのかは私にもわからないわけだけど、今更止まるわけにもいかないし。


「さ、明日からまた忙しくなるわ。あなたにも手伝ってもらうわよ。今の所は雑用だけどね」

「仰せのままに社長」


***


 翌朝の事だ。

 さぁ操業開始と思ったら、なぜかゴドワンの使者が訪ねてきた。

 要件は至急、屋敷に来て欲しいとの事だった。一体何だろうと首を傾げる。アベルは「鋼の事じゃないのか?」と言ってきたので、私もそれで納得した。

 工場の方はグレージェフに任せる。細かな作業などは計算の得意なコスタにも手伝わせる。この人、意外と使える。

 というわけで、私はサミュエルおじいちゃんたち三人組に馬車を任せて、アベルと一緒にお屋敷へと向かった。


「まぁ、座れ」


 いつもの応接室に案内された私とアベル。

 出迎えたゴドワンはいつになく笑顔だった。


「喜べ、いすず君。君たちの作った鋼だが、買い手が見つかったよ。先方が、ぜひともと頭を下げてきた。こっちも値段をかなりふっかけてやったがそれでもいいと言ってきてね」


 いきなり商売の話でびっくりしたけど、その内容にも驚きだ。

 まさかあの鋼に飛びついた人がいるなんて。


「それはとても喜ばしい事です。それで、買い手というのは?」

「王国騎士団だ」


 その名を聞いて私とアベルは思わず顔を見合わせていた。

 王国の騎士団と言えば私がアベルの炭鉱に逃げ込んだ時にやってきたマヘリア捜索隊の事を思い出す。

 今に思うとよくあの人たちを追い返せたわ。

 それにしても、騎士団が鋼を……ということはまさか武器?


「避難民たちのゲットーに関しては国家主導で、一部遅滞をしながらも進んでいる。その護衛にはやはり騎士団を向かわせる事になっているのだが、むこうとしても万全を期したいのだろう。鉄不足だから。無理にでも徴兵して頭数を揃えたいが、武器がないのでは意味がない。そしてできるなら良質な武器が欲しい、そういう運びだ」

「ゲットーは確か未開発の森などに建設する予定ですものね」


 そりゃ従来の武器に加えて、新しい装備は欲しくなる。

 新規開拓はそれだけ危険な仕事だ。質の悪い武器を持たせてはいさようならはないってことね。


「武器や防具を鋼のもの置き換える予定でもあるようだ。とにかく君の鋼は王国が買う。私を通してにはなるが、君は顔を出しにくいだろう」

「そうですね、国家反逆罪の娘ですもの。それに既に死んだことになっているでしょうし」

「そのこともあってな。だが、一つだけ言っておきたい事がある。近いうち、君は表舞台に出る事になるぞ。そのことだけは肝に銘じておきなさい。鋼を作り、製鉄を支えたあの知識。既に他の領地では私が何かを隠していると見抜いてきている」

「いずれは世に出回る技術ですからね」

「そうではあるが、なに。根回しはしてある。これらの技術、使いたければ金だな」


 なるほど、特許を申請したというわけ。

 これならば他に出し抜かれる心配は確かにないわ。


「それで、一日にいくら作れる?」

「今の段階では八トンが限界です」

「十分だ。ゲットーの護衛隊分には回せるだろう。作り続けると良い。金は回す。忙しくなるぞ、いいな? 他に欲しいものはあるか。土地、工場、人員、都合はつける」

「そうですねぇ……ならば、工場を」


 何をするにしても工場の確保だ。


「それと、鋼の作り方ですが……これを領地内に広めるのは構わないのですが、これを他に真似されると私たちの取り分がなくなります。ですが、今のままでは鋼の需要と供給が逆転してしまう……ですので、工場を、お任せいただきたいのです」

「……それは、君が領地内の工場を取り仕切るということかね?」


 さすがにゴドワンの顔色が変わる。

 アベルもさすがに何を言っているんだという顔をしていた。


「元をただせば、コークス製鉄も私の知識……ですが私は経営能力はありません。ただ、みこし程度にはなっておきたいのです。これらの技術がマッケンジー領内のかなめとなりましょう。それらを外部へ流出させる事は、今はまだ避けたい。違います?」

「言いたいことはわかる。技術を一本にまとめるということか?」

「そうです。今は足並みを揃えて、鋼を作ることにしましょう。人海戦術です。こちらが土台を築いた後ならばいかようにも技術は広めても良いでしょう。新しい技術も生まれるかもしれません。ですが、今はまだその時期ではない。違いますか?」


 ゴドワンは顎を撫でて思案を始めた。


「おい、ちょっと無茶が過ぎるんじゃないか」


 アベルがこっそりと耳打ち。


「全部が通るとは思ってないわ。でも、外部流出だけは避けたいじゃない」


 むしろ私が心配するべきはここだし。


「ふむ、一旦考えるべき案件だな。しばし待て」


 ゴドワンはそう言いながら腕を組む。彼としても悩ましい問題なのだろう。


「それはもちろん」


 私もそれは理解している。

 少しして、ゴドワンはためいきをついた。


「ひとまず、騎士団への鋼の売りは了承ということでいいな? 残りは後日だ。お前の言いたい事も重要だが、事は大きい。全てが通るとは限らんからな」

「重々承知でございますわ、ゴドワン様」


 何にせよ、布石は敷いた。

 あとは流れに任せるだけよ。

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