第17話 いすず鉄工(仮)~始動編~
アベルの実家、あてがわれた部屋で私はこの世界にきて初めて、ふかふかのベッドにありつく事が出来た。中世とかファンタジーとか関係なく、ふかふか布団は素晴らしいものだ。人類最高の発明の一つに数えたいぐらい。
本当は水浴びとかして、汗とか流したかったけど、それよりも睡魔が勝ってしまった私は、まさしく泥のように寝そべっていた。
「疲れた……本当に、疲れた」
体がほてっているのは疲れと緊張のせいだろう。
まだ布団のひんやりとした感触が心地よい。それでちょっと冷静になりつつある私は、今の現状をとりあえずまとめようと思った。
今考えておかないと忘れそう。何とか眠ってしまう前に要点だけでもチェックしないと。
私はもぞもぞと布団の上で転がりながら、鈍くなった思考を回転させる。
とりあえず、現状は良い路線を走ってると思う。
仮契約みたいなものだけど、パトロンを手に入れたのは大きい。それと廃工場。一体どんなものなのかはわからないけど、土地が手に入ったことは僥倖だった。
どっちにしろ、溶鉱炉を使うには修復と改修が必要なわけだし、むしろここからが大変だ。
始めの内、規模としてはかなり小さなものになるだろう。生産量も雀の涙、一日に算出できる鉄の量は一人頭数百キログラム……いえもっと少ないかも。
恐らくこの世界の炉は世界観を考えるなら、高炉と呼ばれるもの。その本来の性能を考えれば一日に1600㎏もの生産を可能とするはずだけど、老朽化していると言っていたし、やっぱりそこまでの生産量は期待できない。
アベルの下にいた炭鉱夫たちは、どうやらある程度の鉄工知識はあるようだし、作業を進めるにあたってはそこまで停滞することはない、はず。
まぁ一番の問題は新参者である私の言うことを聞いてくれるかどうかだけど……そこはもう、勢いで乗り切るしかないかも。
正直、今はそんなこと考えている余裕はない。やってもらわないと困るし、そうでもなきゃ一生、地べたをはいずりまわるだけだわ。
どうせ地べたにいるなら、お金を手に入れれるようにはいずりまわる方がいいに決まってる。
「はぁ、問題は山積みね」
どれもこれも希望的観測ばかりだ。
うまくいく、はず。でしかない。やるしかないのも事実だし、もう動き出したプロジェクトを止める事は出来ない。あぁ、頭が痛い。
おかしいわね。私、本来ならただの研究員なのに、なんでこんなことまでやってるんだろう。なまじ知識があるのが今になって辛いとは思わなかった。
これがあるから、今こうしてここにいるんだけど。
それに……後に引けない理由はもう一つある。
「あんなことまでさせちゃったら、逃げ出すのもねぇ」
アベルだ。彼は、どうしてここまで私に協力してくれるんだろう。
出会ってまた数日なのに、彼は私の為に頭を下げてくれたし、私の言うことを信じてもくれた。こうして、戻り辛い実家にも足を運んで、父親から殴られて嫌味を言われても、惜し留まってくれた。
それは、相当なプライドを傷つけられたと思う。でも、彼はやってくれた。
私なんかの為に。理由はわからない。もしかしたら彼には彼の野望みたいなのがあるのかも。だとしても、あそこまでの事をしてくれた人に対して、私は不義理を働くことはできない。
こういうところが日本人なのかも。知らないけど、私はそう考えているわけ。
「……あれ?」
そこまで考えて、ふと思う。
私、なんでアベルを理由に据えたのかしら。
「あれ、あれ?」
期待に応えようっていうのは普通の事だよね、うん。
助けられた恩を返したいってのも普通。大丈夫おかしくない。
でも、もっとこう、私は別の意識もあるんじゃないかと考えてしまう。考えなくてもいいのに、思考は勝手に動いていく。意識をしてしまう。
「ちょっと、やだ!」
私、どこかでアベルの為みたいなこと考えてないかしら!
い、いやでもそれは悪い事じゃないわ。ここまでしてくれたんですもの、彼の為に……って、なんで認めた瞬間に恥ずかしくなってきてるのかしら!
顔が熱い。ほてりが再熱してきた。どうして?
意味もなくベッドに顔をうずめる。息苦しい。
「そう、借りよ。借りを返すの。私は私で生き残るために、動くだけ!」
生き残って、生き残ってどうする?
いや死にたいとかは全くないけど、このままうまく話しが進んでいくと、どうなるんだろう。
仮に、うまく行った場合。まぁしばらくは安定すると思う。この鉄工業は不動なものだし。それで、アベルは、どうなるかな。家に戻れる? 戻ったら、順当にいけば、彼が当主で……私は?
「バカバカ! 何考えてるの、相手年下なんだけど! いえ、それよりなんでそっちに意識がむくわけ!」
もういい! 寝る!
きっと疲れてるんだ。だからおかしい事考えるんだ!
明日から忙しくなるんだし、疲れは取っておかないと!
***
翌朝。といっても日が登り切っていない早朝だった。
私はアベルにたたき起こされて、だるい体を引きずりながら、馬車に乗せられた。もっと眠っていたいのに、アベルは「時間が欲しいからな」と言って、ウキウキしていた。
「朝食、食べてない」
「ほらよ」
パンとジャーキー。
炭鉱にいた時と大して変わらないご飯が出た。
「朝ごはんは大切なのに」
私はジャーキーをかじりながら、ぶつぶつと文句を言う。
塩も胡椒もない。まぁいいや。
「馬、なんか変わってる」
「親父が用意してくれた。さすがにあの馬は爺さんだったからな」
「……いくらしたの?」
「出世払いで勘弁してもらったよ」
タダじゃないのか。
そこまでは甘やかしてはくれないのね。
それにしても、馬も借りてくれたのか……よく見ると彼の顔には新しい傷がある。また殴られたのかしら。
彼はそんなこと口にすら出さずに、にやりとしていた。
「まずは炭鉱の連中を説得するが、それはまぁ俺に任せろ。多分、お前が言うと反感が出る。俺が言っても多少は出ると思うが、まぁ何とかする。あいつらだって良い生活できるならそっちの方がいいだろうしな」
「ねぇ、そのことなんだけど」
「うん?」
「炭鉱夫の仕事が楽になるわけじゃないわよ?」
どっちかというと、さらに重労働になるかも。
そこもちょっとは考えないといけないかぁ……。
「そりゃわかってる。だが無駄に安く買いたたかれるよりはましだ。お前の言う、製鉄の腕を磨けばもっとよくなる。今の間は目先の事に集中させるさ」
「悪党のやることじゃない、それ?」
「だとすりゃ悪党の元締めはお前さんだがな。お前の発案だ、これは」
「それ、責任転換」
まぁ、なんにせよ、はじめのうちがキツイのは私も同じだし、そこは頑張るしかないか。
ここで躓いたら全てが水の泡だし。気合入れないと。
あ、でも、その前に。
「ちょっと、顔」
「お?」
振り向いたアベルの両頬に私は手をあてがう。
そして、魔法。単純な回復の魔法。
「傷、目立つから」
「あ、あぁ、すまん。怪我なんて、しょっちゅうだったからな」
「プレゼンはね、見た目が大事なの。部下をまとめるんでしょ。それぐらいは気を使って」
それだけ言って、私はさっと手を放す。
男の人の顔に触れたのって、父親以外だと誰だろ……し、親戚の赤ん坊ぐらいかしら?
い、いやでもこれは傷の手当だから変なことじゃないわ、うん。
「ほ、ほら! 急ぎましょう。今日の内に、準備だけでもしておきたいじゃない! これが私たちの工場の始まりよ。鉄工業の始まりよ!」
いすず鉄工。
ふふ、ちょっといい感じの名前じゃない。
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