第16話 未来への、一歩
「大きく出たな。鋼を二十トンだと? できるのか?」
ゴドワンは顎をゆっくりと撫でるようにして、考えるそぶりを見せた。
私の出した提案に乗り気ではない様子だが、興味がないわけでもない。そんな感じだろう。
頭ごなしに「不可能だ!」と否定してこない辺り、彼の中でも色々と方法を考えているのかもしれない。
「理論上は。そして、魔法は使いません」
「……夢物語だな?」
私からすりゃ魔法でなんでもかんでもできるって方が夢物語なんだけど。
それは置いとくとしても、可能かどうか言われれば可能だ。ただし、その方法はかなり世代を超えた方法になる。
ある意味では機械技術に近い。再現は難しいけれど、不可能ではない。
「まず、現段階での鋼の精製方法は、錬金術を使わないのであれば、恐らくはるつぼ方式が主流でしょう」
るつぼ製鋼法と呼ばれる手法だ。これは耐火性のるつぼに炭素の少ない錬鉄と炭を入れてガンガンに燃やして錬鉄に炭素を浸透させる方法。
ただし資源をどか食いするわりに作れる鋼はたったの何十グラム。大量生産とはいいがたい。そりゃ剣とか装飾品とかを作る分にはそれでもいいかもしれないけど。
数でカバーするとしてもやはり、ネックになってくるのは材料だ。
「鋼は強靭ですわ。ただの鉄より、確実に強い。もし、それを大量生産する事が出来れば、伯爵の地位は不動のものとなりましょう」
この鋼の歴史は実は結構古い。元の世界を例に挙げれば、紀元前の頃には既にあったとされている。ウーツ鋼とかダマスカス鋼とか聞いたことある人も多いのではないかしら。
あと、日本においては刀の材料となる玉鋼、あれもそうだ。
とはいえ、ウーツ鋼の製法は失われ、玉鋼はそもそも日本独自のたたら製法。これらを今ここで再現しろは無理。いや玉鋼はなんとかなりそうだけど、あれは規模が大きすぎる。
しかも結局は森林資材を消費するし、実際の所を言えば、工場規格の生産量と比べると、物足りない。
どうにも、たたら製鉄にロマンを感じる人が多いのだけど、あれも結局は日本独自の、失礼を承知で言えば狭い枠組みの中でしか発展しなかった技術だ。
結局のところ、たたら製鉄技法は西洋式の製鉄技術にとって代わられ、さらには一部の技術も失われている。
たたら製鉄そのものは素晴らしい技術だけど、今、この瞬間においては全く必要のないもの。ロマンじゃお腹は膨れない。
「地位、か。名誉は確かに必要だな。君は、そこの男よりは理解しているようだな?」
「けっ!」
アベルはわざとらしく悪態をついて、そっぽを向いた。
「地位と名誉を守るためだけにごまするような誇りはねぇんだよ、俺には」
「誇りを持たぬ軟弱ものはそういう言い訳ばかりして、全てから逃げるのだよ」
「なんだと!」
「事実であろう。家の名を継ぐことをやめたのだからな」
「俺は始祖のやっていたことを実践してるだけだ!」
「先祖を言い訳に使うな」
うわぁ、ばっさり。でもこればかりはゴドワンが正論ね。
アベルも、ムキになって、そういうところが子供っぽいんだと思う。
地位や名誉という肩書はそれ単独でも大きな武器になる。同時にプレッシャーにもなるけど、何かをやるとなればこういうのは大きい方が人と金が集まる。
「アベル、私たちの目的を忘れないで。提案をしたのは、あなたよ」
「……わかってる。すまん、続けてくれ」
話は鋼に戻ろう。
「鋼は貴重ですが、こればかりは今すぐというわけにはまいりません。私が考える製鋼方法も、それを実現するためには時間が必要となります。何事も、はじめの一歩を踏み出す事が難しいということですので」
「まずは鉄から量産を始めるということか? その準備期間として」
これは驚きだ。ゴドワンはもう戦略を練っていた。
私がいちいち説明しなくても、順序を理解してくれている。
鋼は重要な金属資源だけど、やはりコストはかかる。今はまだ、鉄や青銅で十分なのだ。何事も早い方がいいけれど、ここは焦ってはいけない。
「そうです。まずは地に足をつけるように、土台を固めたいのです。先ほども言いました通り、この国の森林資源は遠からず枯渇します。その時、石炭による製鉄方法を確立しておけば、慌てふためく中で、伯爵は一人、ほくそ笑む事が出来るでしょう」
「先行投資としては理想的なプランだな。それで、石炭はどうするつもりだ? そのままでは脆い鉄しか作れないのはお前も言っているはずだが」
「はい、それではご説明いたしますわ」
それから私はコークス処理について、ゴドワンに説明をした。
大体はアベルに説明した通りの内容で、ゴドワンは理解を示してくれた。実物を見ないことには何とも計りかねるといった感じだが、掴みは悪くないと思う。
「蒸し焼きか……いや、考えてみれば当然であるか。木炭への加工も行ってしまえば木材から不純物を取り除く事だ。少し考えれば、わかることだが、誰もそれに見向きもしていなかったというわけか」
「はい。失礼を承知で申し上げるならば、今の貴族にこのことを、重要性を理解しているものはいないでしょう。ですが……中にはいるかもしれません。私と、同じ考えに行きついていながらも、実行するができないものたちが。彼らを囲めれば、さらに進歩すると思いますが、こればかりはやってみない事には」
「新技術は確立が難しい。ふむ、一考に値するものだ。しかし、気になるのは……」
ゴドワンは再び鋭い目で私を見る。
議題の内容は悪くなかったはずだけど、一体何かしら。
「君は、何者かね? ただの小娘ではない。このような知識、技術をどこで知った?」
当然、それを聞いてくるのはわかっていた。
私はちらっとアベルを見る。彼はお前に任せるといった感じで見てくる。
「……本を、読んだではいけませんか?」
それを言った瞬間、ゴドワンの目がもっときつくなる。
「冗談はよしてもらおうか。本に書いてあるなら、誰もが知る。この程度の内容なら、禁止書物になる必要もない。それとも、正直に言えない理由でもあるかね?」
「親父、それはだな……」
「アベル、いいの。どうせ、知れ渡ることだから」
ここはもう正直に話した方があとくされなさそうだわ。
それに、ちょっと思いついたこともある。
「自己紹介が遅れました。私の名は、マヘリア・キリオネーレ・ダンダストン……お聞き覚えは、ございますでしょう?」
「ダンダストン……! 反逆罪を受けた、あの大臣の!」
ゴドワンはがたっと椅子から立ち上がり、驚く。
「一人娘が逃げたとは聞いていたが……アベル、貴様、なぜこの娘を!」
「ぐ、偶然だよ。本当に、偶然なんだ。こいつが、俺の炭鉱に逃げてきて、流れで匿う事になったんだよ」
うーむ、思った以上に驚かれる。
でもどうやら、私が死んでいる事になっているのはまだここには伝わっていないようだ。あの騎士たちが、そう伝えていればの話だけど。
「私の父の事はこの際どうでもいいでしょう。あの男は、処罰されて当然の男ですから。とばっちりを受けたのは私です。ですがご安心を。私、死んでいる事になっています」
「死んでいる?」
「私を捕えに来た騎士たとちょっとお話をしまして。身に着けていた宝石を全て売り飛ばして、何とか首をつないできましたの。今頃、王都では私が死んだこととなって処理されているはずですわ」
「むぅ……しかし、あの公爵の娘か……それならば……」
「えぇ、一応、私の父は外国とのコネも持っていましたので、それらの技術を聞くこともありましたわ。父としては、それをどう自分の儲けにするかを考えていたのでしょうけど、つけが回ってきたので」
「すると、君の目的は、家の復興かね?」
「いいえ? あんな家、どうでもいいですし、今更戻りたいとも思いません。ですが、宿無しの浮浪者というのは嫌です。少なくとも、食べるのに困らないぐらいの生活は送りたいですし、欲を言えば、今の生活をもっとよくしたいですし」
私はここで畳みかける。
「もし、私が信用できないのならば、どうぞ王都に売り渡してください。懸賞金ぐらいは出るでしょう」
「おい、マヘリア!」
アベルを制しながら、私はゴドワンを出方をうかがう。
「ですが、もし、私の事を、いいえ、アベルの事を信じてくれるなら、お願いします。私たちのやろうとしている事に力を貸してください。それも駄目ならば、私くの体でもなんでも好きにしてくださいな」
もうこうするしか方法はない!
「こらこら、マヘリア! お前なにいってんだ!」
「止めないで、体一つでできるなら安いものでしょう!」
「馬鹿お前なぁ! 親父、頼む、この通りだ」
アベルは勢いよく土下座をする。
「虫のいい話だってのは理解してる。俺が親不孝なのは間違いない。だけど、こいつのやろうとしてる事は、俺たちの先祖と同じ事なんだ。いやむしろ、錬金術師が目指すべき先の世界になるはずなんだ。俺はその可能性を見たんだよ。頭のいい親父なら、こいつの言ってる事は理解できるだろ?」
「アベル……?」
土下座までして、必死に父親に許しを請うアベルの姿はちょっと意外だった。
「……ふん。放蕩息子に、反逆者の娘か……いびつな組み合わせにしては、持ってきた手土産は大きいな……」
ゴドワンは深いため息をついて、顎を撫でる。
「良いだろう。だが、我が工場を全て貸し与えるなどできん。何より、これらは実績がものを言う。一つ、改装予定の工場がある。古い炉で老朽化が進んでいるものだ。それを、貸し与えよう。まずは、成果を持ってこい。少なくとも構わん。できる、という事実を私に見せろ。それが不可能ならば、それはその時だ」
「親父!」
アベルはぱっと顔を見上げた。
私も少し安堵している。これは、破格の条件だ。
「予算はだせん。お前たちのできる範囲でやれ。工場を一つ貸すのだ。今の貴様らには十分すぎるだろう?」
「はい、それはもう。ありがとうございます、閣下」
「その言い方は気に入らんな?」
「申し訳ございません。ですが、いずれそうなるかと思いまして」
「私はクーデターなど考えておらん。過去から未来、王家に忠誠を尽くすのだ。軍の提督ぐらいにはなってみたいという欲望はあるがな?」
それだけ言うとゴドワンはマントを翻し、背中を向ける。
「今日は休め。明日、取り掛かるがいい。部屋は、用意させてやる」
それだけ言うと彼はさっさと部屋から出ていった。
私とアベルは無人となった部屋で、顔を見合わせる。お互いにへなへなと腰をくずして、その場に座り込んだ。
そして……意味もなく笑いあった。
「やったぜ! 親父はもう先の事を考え始めた。あとは俺たちの努力しだいだ!」
「そうね! あぁ、よかった。手が汗でびちゃびちゃしてる……あぁ鳥肌も立ってきた」
「へ、へへ……忙しくなるぜぇ?」
「そうね……初めはきついけど……すぐに、なんとかなるわ。軌道に載せましょう、なんとしてでもね」
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