第10話 翼の家に向かう道

 私は会社帰りにいつものように翼の家に向かった。翼と一緒に食べる晩御飯を私が作ろうかとスーパーで買い物をしてたから時計は七時半を回っていた。


 今は七月で夏だからまだ明るい。

 暑い。汗ばむ陽気で夜になっても気温はあまり下がらない。


 嬉しくて早足で彼の家に向かう私はただ翼に会うことだけを考えていた。

 早く会いたい。


 この時の私は後ろから近づく人影に気づいていなかった。


「あっ」

 近藤翼係長はマンションの入り口で待っていてくれた。

 今日はどうしたの?

 わざわざ出迎えてくれるなんて。

「来美」

 ニッコリ笑う翼に私は胸がときめいた。早く翼の胸に飛び込みたい。


 彼にあと何メートルかに迫った時。

 なぜか彼が私の方に血相を変えて走って来る。

「どうしたの?」

「来美ー!! 逃げろっ!!」

 えっ?

 翼が私を抱きしめた。

 翼の背後に誰かがいた。


 聞いたことのない鈍い音がした。


「きゃあーー!」


 私を狙った包丁を持った男が翼を刺していた。

 私を抱きしめて全身でかばう翼の背中を刺していた。


 路上に倒れゆく力ない翼を抱きとめながら私は泣きながら翼の名前を呼ぶ。

「翼ぁ! 翼! しっかりして! しっかりしてよ」

 私の腕にぐったりと倒れ込む翼の背中からは赤い鮮血が流れ出す。

 そして翼を刺した犯人の顔を見た。

 まったく見たことのない若い男だった。慌てた様子の犯人はすぐに駅の方へ走り去って行った。


 私は「救急車を早く呼んでくださいっ!」と集まり始めた野次馬や心配して駆けつける人々に訴えた。

 懇願した。

「誰かっ! お願いしますっ! 早く早く翼を助けてぇっ!」

 泣きながら血で染まりゆく翼の白のワイシャツや自分の小花柄の白地のワンピースを見ていた。

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