監禁作家

M.M.M

第1話ファン

「小説で売れるには必勝法があるんです」

「うわあ、すごく知りたい。なんですか?」


赤ら顔の長谷川に女は興味深そうに耳を傾けた。


長谷川にとって目の前の彼女は顧客であり、ファンでもあり、恋人でもある。

彼はネットで同人誌活動をしており、イラストや文章を依頼および販売できるサイトで自分の小説にイラストを書いてもらったり、逆に他人から依頼されて小説を書くセミプロ作家でもあった。

個人から小説を書いてほしいという依頼はままある。有名な作品の二次小説を書いてほしいという依頼もあれば依頼主が出した設定で数万字の私小説を書いてほしいという依頼まで。お金を払ってでも小説を書いてほしいという人はいる所にはいるのだ。


長谷川は出版社から本を出すプロの作家ではない。1文字1円で依頼を受け、小遣い稼ぎに収入を得ているセミプロだ。そんな彼に「この絵にふさわしい物語を書いてほしい」と自作らしきイラストを送り、常連客となったのが今まさに酒を酌み交わす石田美和という女性だった。

彼は依頼だと思ったが、そういうこともあるかと価格等を相談した上で小説を書き上げた。それにが高評価となって今度は別のイラストを見て小説を書いてほしいと依頼され、5回ほど仕事をしたところで「素晴らしい小説をいつもありがとうございます。長谷川さんの大ファンになっちゃいました。一度でいいからお会いできませんでしょうか?」と誘われた。もちろん彼にも躊躇はあったが、こっちは男性でむこうは女性であるのだからそこまで危険はないだろうし、正直に言えば甘い期待もあった。


それなりの格好をして駅で待ち合わせた長谷川は美和に会った瞬間、これは何かの罠かと疑った。あまりに美しかったからだ。

長く美しい髪をなびかせた石田美和は彼を見ると大きな目をさらに大きくさせて「長谷川さんですか!」と駆け寄った。まさに芸能人に出会ったファンのようで彼は自分が誰なのかわからなくなった。何度も小説を依頼されて書いたが自分は偉い賞を取ったわけでも書店に作品が置かれてるわけでもない。賞に応募しては落選を繰り返し、バイトで生計を立ててる「自称作家志望」のフリーターだと。


近くの喫茶店で彼がそう話すと美和は作品を褒めちぎってそれを否定した。

自分があなたの作品でどれだけ救われたかわかっていない。いくらでも読みたくなる。賞を取れないのは相手の見る目がないせいだ。「蝿の王」やその他のベストセラー作品でも何社も断られてる過去がある。


そこまで褒めちぎられれば長谷川もつい調子に乗ってしまう。

何時間も小説や私生活について話をし、気づけば辺りは暗くなっていた。

その日はそれまでと彼は思っていたが、美和は積極的に「この後どこ行きます?」と誘い、カラオケと居酒屋を数件はしごした後にラブホテルの前で彼女は足を止め、彼の手を握って恥ずかしそうに微笑んだ。

あまりに都合が良すぎると長谷川は思ったが本能を抑えられず、そのまま肉体関係を結んだ。


それからすでに2ヶ月ほど経過している。

恋人関係と普通なら言えるが、美和はどういうわけか「長谷川さん」という呼び方や敬語を改めず、おかげで彼も他人行儀な話し方を続けていた。


「簡単です。必勝法は売れるまで書くこと。ははは」


長谷川は今年一番の冗談を言ったかのように笑った。

彼女の称賛と酒の効果で舌の回りも良い。


「なーんだ。それができたら苦労しないってことじゃないですか」

「そりゃあ一般人には大変ですよ。でも、プロを目指すならそれくらい書けなきゃ。たとえば1回しか料理できない料理人がいますか?1回しか試合しないスポーツ選手とか?ありえないでしょ?賞を取って1、2作だけ出して終わる奴もいますが、私に言わせりゃ彼らも素人ですよ。プロなら100作くらい書いてみろって思います」

「うわあ、すごーい」


美和はビールをちびちびと飲んで称賛した。


「長谷川さんも100作書くおつもりなんですか?」

「もちろん!」


彼は上機嫌に言った。


「もう20くらいは用意してます。まだ完成はしてませんけど」

「え?どういうことですか?」

「つまり、ネタはあるんです。あとは書くだけ」


彼はいつもそうだった。

作家志望といいながらネタを書き留めるだけでほとんど執筆らしい執筆をしない。長編を書けなければ賞に応募することも不可能だというのに。


「いつも2,3万字くらい書けるんですけどね。話の運び方や結末で悩んでるんですよー。ここが大事なんですよ?悲劇と喜劇のぎりぎり境界を狙わないと」


作家論を熱く語る長谷川だったが、実際は書き始めてすぐに飽きるだけだ。

彼はそうやって書きかけの小説を貯め続けることで自分は執筆活動をしていると自分に言い聞かせていた。


「時代の流行り廃りってのがあって、どんな名作でも世に出すタイミングが悪いと受けないんです。そう思いませんか?」

「思います!」

「でしょう!たとえば今はミステリーやSFは売れません。何でもネットで調べる時代だから嘘が下手だとすぐばれるんですよー」

「じゃあ、そういうのは書かないと……」

「いやいや!そういう要素を少し齧った話が逆に狙い目だったりするんです!」


長谷川はあれこれと商業的戦略を語る。

それから酔っ払いの戯言はしばらく続いたが、美和のある一言で話を止めた。


「1作書くのにどれくらい時間がかかるんです?」

「んー?そうですね……」


長谷川は今までの執筆活動を振り返った。


「人にもよりますが、私なら1日に多くて1万字ってところですねー。文庫本なら10万字くらいの文章量が要りますから10日で1作書こうと思えばできなくも……」

「10日!そんな短期間で出来るんですか?」

「いや……すごく調子の良い時にですよ」

「それでもすごいですよ。1ヶ月で3作も書けちゃうんですか?」

「いや、まあ……」


長谷川は少し口を濁した。


「上手くいけばね。でも、創作活動には調子の波ってやつがありますから実際には……ははは」

「波が良くないときは何が原因なんですか?」

「うーん、余計な情報ですかね。ネットの記事とか見ちゃうのが良くないんです」


彼は反省しつつもやめられないことを口にした。

小説はパソコンを使って書いているが、すぐにニュースやブロマガ、無料で閲覧できる漫画などに目が行ってしまい、しょっちゅう執筆が中断するのだった。

小遣い稼ぎ感覚でやっているブログや株取引も原因だ。


「いっそ小説しかできない環境に身を置けばいいんでしょうけどね」

「ああ、知ってます。缶詰ってやつですね?」

「ええ、そうです。私も挑戦してみようかな……」


できもしないことを彼は喋った。

それを聞いた美和の表情が少し変わったのに気づかなかった。


居酒屋で飲みはじめから3時間後。

ふらふらになった長谷川は店から出るとこの後について探りを入れる。


「だいぶ飲んじゃったなー。電車は大丈夫ですか?」

「ええ。良かったらうちで飲み直しませんか?」

「え?いいの?」


初めて家に呼ばれ、彼は嬉しくなった。

彼女は実家暮らしだが、両親は他界して一人暮らしだと聞いている。


「良ければですけど、うちに泊まっていきません?」


頬を赤くして上目遣いになる美和。

それからの長谷川の記憶は非常に曖昧であった。

駅から電車に乗ってどこかを歩き、大きな屋敷に入った気はする。そこでさらに酒を飲んで眠くなり、どこかの階段を下りたような気がしたが、それで心地よい睡魔に身を任せてしまった。

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