Love is forever?

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Love is forever?

 荒野の中、向かい合う男女が二人。

 手には一本の抜き身の剣。

 切っ先は目の前の相手へと向けられている。


 男が持つのは、見るからに重そうな大剣だった。

 装飾は無く、その外見は質素で無骨。

 しかし、刃の部分は粗野な見た目に反して綺麗に研がれ、明朝の光を受け鋭く光っている。

 男はその大剣を振るえば無敗であったため、最強の剣士と呼ばれていた。


 対して、女が持つ剣は刃が細長く先端に向けて緩やかな曲線を描いた異国の剣だ。

 柄の部分に彫り込まれた鳥と花の図が美しく、その姿は繊細な美術品のよう。

 目利きでなくても、高価な物と分かる意匠の代物だ。

 女はその剣を振るえば無敗であったため、最強の剣士と呼ばれていた。


 最強の剣士と呼ばれた男と女は、互いの力量を認め合った唯一の好敵手であった。

 彼らの相手ができる者が、既にお互いのみとなっていたためである。


 そんな二人の剣士について、やがて人々はある疑問を持つ。

 最強と呼ばれる存在が二人。しかし、最強とは最も強いものを指す。

 頂点という名の冠は、たった一人の頭上に掲げられるものだ。


 ――さて、本当の“最強”はどちらだろうか?


「一番強いのはどっちだ?」


「そりゃあ男の方だろう。あの力強い一撃を繰り出せる彼こそ最強だ」


「いや、女の方が強いな。見たことあるか? 踊るような剣技で次々相手を倒す姿を! あれを見りゃあ、女の方が一番だってすぐ納得するぜ!」


「いやいや、男も負けちゃいないよ。この前、買い出し先の商人から聞いた話だが、国の騎士様達が手も足も出なかった大盗賊の頭をいとも簡単にのしちまったって話さ。あっさりしすぎて、報告を聞いた王様が本当に倒したのかと疑うほどだってんだから、どれだけすごいか分かるだろう?」


「そんな話なら女の方だってたくさんあるさ! 例えば、遠い西の国では負け知らずの剣豪が女の噂を聞いて決闘を申し出た話なんだが。その剣豪は目にも止まらぬ抜刀技で相手を一瞬で倒してしまうらしいんだが、彼女はその剣豪の抜刀より早く剣を抜いて相手を叩き切ったんだよ! この話を聞いて俺は彼女こそ最強だと確信したね……!」


 初めは、酒場に集まった男達の酒のつまみ程度の話だった。

 それが今では、どちらが強いかと熱く議論を交わす光景を国のいたるところで見かけるようにまでなっていた。


 人々は最強の剣士は誰? という疑問の虜となり、ついには王様でさえ「あの二人の内どちらが最強なのか? 誰か答えられる者はおらぬか?」 と、家臣に尋ねる始末だった。


 王様の問いに家臣一同がどちらが議論を始めようとしたその時、一人声を上げる者がいた。

 声を上げたのはこの国の宰相だった。彼は、王の前にでると恭しく頭を下げてこう続けた。


「王様。王様が欲しい答えを出す良い考えがございます」

「ほう、申してみよ」

「簡単なことでございます。どちらかが勝つまで戦わせればいいのですよ」

 それは、この国の者達が最後に落ち着く結論と同じだった。


 ――次の日。宰相の提案はそのまま王様の命令として、二人の剣士の元へ伝えられた。

 最強の剣士といえども、国に住む以上王様の命令は絶対だ。

 こうして、男と女は最強の剣士を決めるため、互いに剣を向け合い戦うことになった。


 誰もいない場所で二人だけで戦いたいという彼らの願いのため、戦いの場は国から遠く離れた荒野に決まった。

 二人の内、荒野から国へ帰ってきた方が戦いの勝者であり、最強の剣士となる。


 人々は知っている。今まで男と女の戦いはいつも引き分けであるという事を。

 人々は知らない。男と女がどちらかが勝つまで戦えば負けた者は死ぬだろうと思っている事を。

 ――それでも、彼らは荒野で向いあった。


「始めましょうか」

「あぁ」

 静かな荒野の中、彼らの最期の戦いは実に淡々と始まった。


 男が容赦の無い一撃を繰り出せば、女が重ねた刃を軸に体を捻って流れるように受け流す。

 そこから女は体を一回転させ、槍のように剣を突き出し男の脇腹を狙う。

 しかし、男は次の手が分かっていたようですぐ返す刀で応戦した。


 相手は長年唯一の好敵手。彼女の癖も応対の仕方も男は熟知している。

 とはいえ、それは女も同じ事。彼女にとって、この程度の攻撃を避けられるのは予想の範囲だ。

 男に攻撃をかわされた瞬間、彼女は後ろに退き追撃から逃れていた。


 お互い、間合いを取ったところで体制を立て直す。

 そして、また相手に向かって刃を振り下ろすべく、お互いの懐に勢いよく踏み込んでいく。


 剣が交わる度、刃の音は高く空気に飛散して火花を散らす。

 幾度も鳴り響く音はまるで楽器のようだ。

 刃が奏でる音色に合わせて男と女は踊るように戦い続けた。


 相手の肉体と精神を削り合う中、二人の力はどこまでも拮抗しており戦いは永遠に終わらない様に思えた。

 だが、戦い続ける限りいずれ終わりの時は来る。


 長い戦いで疲弊した女がついに攻撃のリズムを崩したのだ。

 彼女の舞の様な剣技が一瞬遅れてしまう。

 一瞬。しかし、男が隙を突くにはそれは十分な時間。


 はっ! と、女が目を見開く。

 男の剣先を防ごうと女が剣を構え直す。

 だが、間に合わない――。


 女が防ぐより先に、男の銀の刃が烈風のごとき速さで煌めいた。

 女の体は勢いよく薙ぎ払われ、切っ先を辿るように彼女の体から赤い液体がぱっと鮮やかに散る。


 女は薙ぎ払われた反動で後ろに数歩よろけた。

 そのまま倒れそうになるのを、剣を大地に突き刺し支えにすることでどうにか免れる。


 女は荒い息をつきながら己の体を見下ろした。

 切り裂かれた部分は真っ赤に染まり、鮮血は大地へととめどなく流れ落ちている。

 誰が見ても間違いようのない致命傷だ。


 女は流れ落ちる自らの血を数秒見つめていた。

 それから、ゆっくりと視線を動かし目の前にいる男の姿をとらえる。

 男はすでに剣をおろし、女を真っ直ぐに見つめていた。


「……見事ね」

 数秒見つめ合った後、女は一言呟くと握りしめていた手を緩め、崩れるように倒れ込んだ。


 朦朧とする意識の中で女は自分が負けたのだと理解する。

 もはや体は動かない。

 そんな状況にもかかわらず、彼女の心は穏やかだった。


 ――ああ、きっと負けたことより彼と本気で戦えたことの方が己の中で勝ったのだ。


 女が心の中で結論づけた時、彼女はやっと自分の名を呼ぶ男の声に気が付いた。

 曖昧にぼやけていく穏やかな世界。

 ただ、己の名前を呼び続ける男の声だけが女の心を激しく揺さ振る。


 女は無意識に声のする方へ手を伸ばそうとしていた。

 しかし、彼女の腕は鉛のように重く、本人の力で持ち上げることができない。

 微かに動いた女の手に気が付いた男は、すぐに彼女の手を両手で握りしめた。


「……あなたの勝ちね」

「そうだな」

「おめでとう。あなたはこれで正しく最強の剣士よ。……残念なことに私は二番目」

 女は苦笑いを浮かべようとしたが、顔の筋肉が言うことを聞いてくれない。

 最期くらいとびきりの笑顔で別れたいのに。と、彼女は少し残念に思う。


「ねえ、最期にお願いを聞いてくれない?」

「何だ?」

「……どうかあなたは最強いて。私以外の誰かに負けないで。……それが、私のお願い」

 数秒の沈黙の後、男は彼女の言葉に頷いた。


「約束する。俺は永遠に誰にも負けない」

「ええ。約束だからね……――――」

 男の言葉に女は満足そうに息をつくと、静かに瞳を閉じた。

 そして、二度と彼女の瞳が開くことは無かった。


「――約束する」

 まだ微かに温もりが残る女の手の甲に優しく口付けをして、男は彼女の腕を静かに下ろした。手はまだ握られたままだった。

 もう聞こえていないはずの女に向けて、男は優しく話し続ける。


「約束する。俺はお前以外の誰にも負けない。誰にも倒されはしない。そう――」

 男は女の血が残る剣の切っ先を己の喉元に近づけながら、彼女に誓った言葉を唱える。

 その表情は、穏やかに笑っていた。



「永遠に」



 そうして、男と女の戦いは幕を閉じた。

 どちらが戻ってくるかと固唾を飲んで待つ人々は、結局どちらが勝ったか永遠に分からないまま。


 誰にも知られることなく最強の剣士となった男は、女に誓った通り誰にも負けることなく永遠に、永遠に……――。

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