2 カレー屋の美少女

「だから、何で昼飯がカレーなんだよ。朝、カレー食ったばっかりだって言っただろ」

「いいじゃん。ヒデ、カレー好きだろ?」

 午前の授業を終え、教室で事も無げにそう言いきったのは同級生の丸出まるで つかさだった。バンドでギターやっているツカサは、少々トンガリ気味の茶髪。腰から下げたジャラジャラの鎖がちょっと怖い。根は良いヤツなんだけれども。

 ちなみに、「ヒデ」とはオレのことだ。古戸ふると飛出男ひでおが、オレのフルネーム。


「じゃ、決まりな。ボリボリ行くぜ」

「ポリポリだって。ボリボリはキノコだろ」

「ああ、そうだった、そうだった。まあ、どっちでもいいじゃん」

「よくねえよ。でも、三時からは用事あるからな。そのあとは遊べないぜ」

「ああそうか、もしかして例の? 本当にアイツはヒデと腐れ縁だよな」

「うん、まあな……。ホント、困っちゃうよ」


 三時からのことを考えると、少し暗い気持ちになるオレだった。



 昼になり、スープカレー屋「ポリポリ」に到着。

 自転車を店の前に二台、仲良く並べる。

 ここは、この街に最近できたスープカレー屋だった。ヒゲオヤジのマスターが怪しい味を出しているが、そのカレーの味は既にこの界隈で評判になっている。

 ツカサに引き摺られるようにして店に入る。

 南国ログハウス風の店内の奥にある窓際の席に腰を下ろした。


「昨晩も、今朝もカレーだったんだぜ。ウチのオフクロの手抜きも酷いもんだろ?」

「まあ、そう言うなって。ヒデは、お母さんの御陰で生きていられるんだからさ」


 実際、オフクロには感謝していた。何しろ、父さんが交通事故で死んでからこの十年、女手一つでオレを育ててくれたんだから。

 と、そんなときだった。ツカサが声を荒げて言ったのだ。


「おい、ちょっとあれを見ろよ」

「うん? おおっ」


 ツカサの指さす先にいるのは、女子高生らしき女の子だった。店のカウンターで銀のポットからコップに水を汲んでいる。

 スラリと高い背にやや長めの黒い髪。緑のエプロンも良く似合ってる。

 絶対、オレ好みじゃん――。こういうの、一目惚れっていうんだよな?


「いらっしゃいませ。ご注文は、お決まりですか?」


 女の子が銀のトレイにコップを二つ載せ、水を運んできた。

 ツカサはそんなウエイトレスの決まり文句など聞いちゃいない。


「キミ、いくつ? お名前なんてーの?」


 すかさず、馴れ馴れしく言い放つ。

 ――コイツ、何者?


「アゲハです、十七歳。今日から、このお店でバイトしてまーす」


 女の子はコップを二つテーブルに並べると、あどけない笑顔とともにそう言った。

 チャンスとばかり、まじまじとアゲハの顔を眺めるオレ。キラキラとした瞳もこれまた可愛い。

 と、オレの心臓がドキドキと急に振動し出した。

 何故って、アゲハがさっきからずっとオレを見つめ続けているからだ!

 何か言いたそうな口の動き。もしかしてキミもオレに惚れたとか? 彼女イナイ歴十七年の、このオレに!?


「アゲハちゃーん。チキンカレー、あがったよお」


 マスターの声が店に響く。

 アゲハが少し残念そうな顔をして、店の奥へと消えていった。


「あの娘、ヒデに気があるみたいだな。つまんねーの!」


 ツカサはガブリとコップの水を飲み干すと、だらりと椅子に寄りかかった。

 ――そうかなあ、えへっ、でへでへ。

 窓ガラスに映るオレの顔は、いつもより長く伸びているように見えた。

 そんなときだった。

 店の奥から、悲鳴が聞こえてきたのは。


「きゃあああ」


 あれは絶対、アゲハちゃんの声だ!

 音速の速さで椅子から立ち上がったオレは、店の奥にある厨房目掛けて走り出した。


「おい、ヒデ! どこ行くんだよ!」


 ツカサにかまっているヒマなどない。アゲハちゃん、待ってろよ!

 けれど厨房の入り口でオレは立ち止まってしまった。何だか様子がおかしいのだ。辺りに立ち込めているのは火事によるもうもうとした煙ではなく、強烈に怪しいスパイスの香り。鼻がおかしくなりそうだ。


「な、何だこれは」


 思わず両手で鼻を塞ぐ。

 と、厨房から毒々しい紫色の煙がすごい勢いで吹き出した。どう見ても毒ガスにしか見えない。目の前が紫色に染まり、何も見えなくなる。

 ――や、やばい。

 薄れゆく、意識。

 ――せめて一度でもいい、アゲハとデートしたかった!

 すぐにオレの視界が、暗闇に包まれた。

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