ドブネズミで……バタフライ《中》

  さて! みなさんお待ちかねの生JKトークの時間です。ここ最近、お尻に火がついてシリアツなシリアス展開続きでしたからね。さみしかったですか? さみしかったですよね。そんな忠犬みたいにかわいいみなさんのために今日はっ、鉄板トークテーマをもってきました。これで優勝間違いなし! って、誰の胸が鉄板ですか! 


「というわけで、大貧民をしよう!」


……「二人しかいないのに、貧民も何もないだろ」お弁当を堪能たんのうしたあとのお昼休み、日直として5時限目の授業の準備にり出されたカミカミをのぞいたさなっちゃんと私だけが、教室の隅っこで向かい合って座っていました。


「そもそもトークじゃないし」


「ふふふ、わかってないねさなっちゃん。年上の人との初デートで制服を着ないJKくらいわかってない」


「はたから見たらただの円光だろそれ」


「こういうトランプとかゲームしながらの雑談が一番おもしろくなりやすいんだよ!」


「どうかね」


 とにかくその場でカードのたばを切って三等分し、うち二つを私とさなっちゃんが取ります。残った手札は、勝った人の次の勝負の手札になります。もしそのなかにジョーカーが確定していたとしても、相手が枚数をかぞえていさえすれば内容開示されているも同然なので、連勝しにくくなっているんですね。これが私の考えた二人用大貧民のルールです(ドヤッ)! 


「コンビニで売ってるフルーツサンド、あれって誰が食べるんだろーねー?」


「だな」


「あれに手出すくらいならクレープ食べたほうが」


「…………」


「あのさピアスって」


「なあ、その話おもしろいか?」


募集ぼしゅうしたときは、これだって思ったけど」


「どこに募集かけたんだ……」


 ぶっちゃけ、勝負に集中すると話が全然盛り上がりませんでした。「ねえ、さなっちゃん、早口言葉いっていい?」「どうぞ」「guy我意がいでかいがいしい介護を買えよ!」「フツーにいえるし、最後なんかざつじゃん」「むーっ!」


 すると、さなっちゃんはぼうっと窓の外を見ながら、「そういや」ぼそっとつぶやきました。


「さっき、円光で思い出したんだけど、今日のさ昼までいたらしいよ」


「いたって誰が?」


「あれだよ、”ディッチのビッチ”」


「ん?」


與石よいし 糾巳ただみだよ」


 ん、ヨイシ? もしかしてヨイシさんのこと? 私はすぐに気がつきました。その名前に敏感になっていた、というのもあります。やっぱりここの生徒だったんだ……じゃなくて、

「何その、ディッ……」


「”ディッチのビッチ”ディッチは、ドブネズミって意味だな。そんでビッチは」


「ちょ、ちょっと! まさかそれさなっちゃんがつけたんじゃないよね!」


「お、落ち着けよ」


 腹を立てた私は無意識にバンと音がする勢いで机をたたき、立ち上がっていました。


「ごめん……」


「まあ座れ。冷静に考えればヒデえあだ名だよ。怒るのもわかる。もっともあたしが親じゃあない、フィーリングの近い人間がつけたんだろうなって気はするけどさ」さなっちゃんはぶきようながらもやさしく笑いかけてくれます。


「……ヨイシさんって何年生?」


「うちらと同じ。1留してると」


「そっか」


 思わぬタイミングで、ヨイシさんについてイヤなことを知ってしまいました。「ほんと、急に怒鳴ってごめんね。さなっちゃんはなんにも悪いこといってない、でも……もう、さっきの呼び方は」


「はいはい、そんな口うるさくいわなくても、わかってるって」


「どれくらい?」


「ユキのスマホの予測変換くらい」


「いつのまに見たのよっ!」

 

 ああ、それで露出魔のこと……なんていう伏線回収はよして。

 やっと仕事を終えてカミカミが教室にもどって来ました。運んできたノートを机の上に置くとすぐに、私たちのほうへたったか走って来ます。


「ユキちゃーん、フルーツサンドの話どうだったー?」


「お前かい! どうりでズレたトークテーマだと思った!」


「えへへー」


「ほらカミカミも混ざって」

 

 そのあと三人で一回だけ遊びました。って、なんだこれ、こんなに内容がないよぅでいいんでしょうか? とにかくケンカしていたわけじゃないとはいえ、気まずかった二人との関係もこれで完ぺき修復できて、元の高校生活が帰ってきたんだという嬉しさを私は噛みしめていました。


「聞きそびれてたけど、ユキ、もしかしてその與石って人と親交あんの?」


「なになにー?」


「まあ、ちょっとだけ」

 ついでに彼女の後輩たちと万引きしちゃいました、なんていえず……


「じゃあこんど紹介してよ」


「うん。できそうだったらね……」


 しかし放課後になっても、やっぱりヨイシさんが”ディッチドブネズミのビッチ”なんて不名誉なあだ名で呼ばれていた事実が、心にわだかまりとしてこびりついてはなれてくれませんでした。

 彼女がひきいているグループについては、誰がどう見ても”不良少年・少女のたまり場”に相違そういないと思います。でも彼女がそう呼ばれるべき節操せっそうのない人間だとは思えないんです。


 ――私は、私が、彼女の汚名をすすぎたい。


 血まよって露出魔さわぎを起こしてしまった私を助けてくれた恩返しと、私が万引きに走った責任を感じさせてしまったことへの贖罪しょくざいを、ちゃんと! 



 私の足は自宅に向くかわりに駅方面へ向いていました。まずはそう呼ばれるようになった原因を探さなくちゃ。といってもなんの糸口もない現状で、私が頼れる場所といえば、隣町のあの月極つきぎめ駐車場だけでした。


「(もしもヨイシさんがいたら、取りあえず頭を下げて、それからすぐ帰ろう……)」


 もはや自分の意志の弱さをつくろう余裕さえなく、到着して、人の姿が見当たらなかったことにもすなおに安心してしまいました。きびすを返したそのとき、


「あれ、ユキさん?」


「辛いラーメンの……」


 そう、あのとき私といっしょにコンビニへ行き、カップラーメンを万引きしていた女の子と鉢合はちあわせしてしまったのです。いや、これはある意味で好機こうきでしょうか。


「何かありましたか?」それはもしかすると愛想笑いというものかもしれませんけど(実際1日だけの付き合いですし)、女の子は本当に心をひらいてくれたように目を細めてかわいらしく、私にほほえみかけてくれます。


「あのね……」

 ヨイシさんをしたっている彼女にあのことを話すなんて、すごくイヤでした。でも私は少しでも早くヨイシさんの悪評を返上したかったから、思い切って打ち明けたのです。「かくかくしかじか」すると、女の子はうんざりとしたようすながらも含み笑いをしました。


「あー、いますよね、夜遊びしてる人間見つけると、すーぐビッチとかいう人。そんな気にしないでくださいよ」


「そ、そうなんだ(そんな軽いノリで……)」


「そうですよ。というかあの人、ガゼン女の子とばっか遊んでましたよ。昔は、男といるのなんて見たことなくって」


「そうなの? じゃあ、あの男の子たちは?」


「ここ数か月で、急に仲よくなったんです」


「なるほど。そうだったんだ」ってすんなり納得してる場合じゃないぞ、私。思い返せば、ヨイシさんがあの名前で呼ばれるようになった経緯けいいをさなっちゃんから聞いていませんでした。そもそも話そうとしてたかな? 


 元をただせば、はじめから理由なんてなかったのかもしれません。私だって、出会ったばかりのヨイシさんの人となりを見もせず、そう決めつけてしまったくらいだし。つくづく私は思うんです、私たちが感じている以上に、身の回りの真実めいたものごとの正体は”私たちが作った、ただの偏見へんけん”なんじゃないかって……とにかく汚名挽回ばんかいの手がかりを見つけたことに変わりありません。


「ありがとう! じゃあこれから、ヨイシさんは女の子のほうが好きだってみんなに伝えていって、それで」


「なんの話です?」


 ――ドジっ子か! 社会の窓がないからってチャック全開とか、しかもよりによってこの子の前で! 


「もしかして、なんか壮大そうだいなことでも考えてるんですか? たとえば、”ヨイシさんの悪いうわさを全部自分がなくしてあげたい”とか」


「そんなに壮大かな……」

 このとき私は本気で”できる”と信じていたと思います。


「壮大っていうか、まずどうやってなくすんです?」


「いわれてみれば確かに、なくすことはできないかもしれない。私そこまで学校で影響力ある人間じゃないから」


「そもそもうわさなんてなんの信用性もないものだし、無視してればいいんです!」


「その、ヤじゃないの? ビッチとかいわれてさ」


「え?」


「あ、ごめん、いいすぎちゃったかな」

 

 空気を読むというか、最近の私には相手のふいんきを感じすぎるきらいがありました。

 女の子は、まるで思っていたことを透視したような私の発言を受けて、きっと目をつり上げましたけど、次の瞬間にはあきらめによく似た感情をふっと吐き出したのです。


「いや、当たってますよ。すごいです、ユキさん」


 何がすごいもんか、他人に知られたくないことを無理やり引きずり出しておいて、と私は私自身に怒っていました。


「でも、あたしはヨイシさんとか、あのバカたちがちゃんと居場所を作ってくれてるので、気にしてないです」


「気にしてない、か。そっか……」


 彼女は晴れやかに見せかけるように笑顔を向けてくれます。――もう、私のなかには、彼女たちのことも助けてあげたいという気持ちが芽生えていました。こんなに無力なのに。彼女たちのほうがずっと強い。「(だからヨイシさんは、あんなに気丈きじょうに振る舞ってたのかな……)」


 突然、女の子はかみなりに打たれたようにあっと声を上げます。


「そうだ! ユキさん、よかったらこれ!」


 女の子の手のなかにあるスマフォの画面には、見知らぬ電話番号が表示されていました。彼女いわくヨイシさんの”昔”の親友で、ヨイシさんのことを聞くには一番の人間だと。

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