3日目②


     *


「欲をかいて悪かったな!」

 午後におき、サイトにログインして状況を確認すると、おれは絶叫した。

 小説の作品情報はふたたび《非公開》に変更されていた。これでは実験にならない。

 短期間に違反行為をくり返すとユーザーIDを削除される危険がある。すこしまずいことになった。

 とりあえず最新話は削除する。作品情報を変更する。

 これ以上の危険は冒せない。ユーザーIDを削除されれば、異世界転生の機会そのものを失う。

 異世界転生の真否だけを確認することにし、眠りにつく。


     *


 《小説家になろう運営です》


 本日、神☆雷太様の投稿作品を確認致しましたところ、利用規約第14条1項に抵触する部分を確認致しました。


 ▼該当作品

 Nコード:*******

 タイトル:真面目系クズの異世界下剋上


 ▼抵触理由

 作品本文中に他者の著作権を侵害すると考えられる表現が確認された為。


     *


「何でだよ!」

 絶叫する。

 家の外でカラスが鳴いている。窓は夕暮れの茜色を映していた。

 たしかに『真面目系クズの異世界下剋上』は先行作品の模作だ。類似した表現もある。だが、それをいうなら異世界転生モノはすべて模作だ。とくにおれの作品だけが指弾されることはない。

 扉が激しくノックされる。

 夏未だろう。騒ぎすぎたか。

 扉を開けると、つゆりが立っていた。無言で親指を下に向ける。子供には似合わないフィンガーサインだ。

 よく考えると、夏未は休日は外出するのがつねだ。意は伝えたとばかりに、つゆりは自室に戻っていった。

 パソコンに向きなおり、考える。運営もヒマではない。すべての作品をつねに監視していることはない。だとすると、対応が迅速すぎる。誰かがおれの作品を運営に通報したはずだ。

 作品情報をみる。ブックマーク数は前回みたときの約600件から20件ほど増えているだけだが、PV数が6万アクセスから16万アクセスに急増している。ブックマーク数に関係しないPV数の伸び。これが意味するのはただひとつ、炎上だ。

 ツイッターで自作の題名を検索する。いわゆるエゴサーチだ。こうするときは、自分の作品が批判されることへの不安と、称賛されることへの期待でいつも緊張する。炎上の疑いがあるため、なおさら不安が強い。

 大量のツイートがヒットする。通常、日間ブックマークで9位になった程度ではツイートは数件だけだ。皆無のことも多い。

 5ちゃんねるで検索すると、複数のスレッドが表示された。

 が、個々のスレッドをみると、話題をすぐにずらそうとしている。スレッドを趣旨に合わないレスで埋めないためだ。いわゆる荒らし行為にもおこなう対応だ。炎上の中心は5ちゃんねるではないらしい。

 ツイッターを検索し、火元が判明した。

 《togetter》に複数のまとめがつくられている。


《最近のなろう小説がひどすぎる》

《中世ファンタジーがほとんど中世じゃない件》

《異世界転生モノの世界観がドラクエベースなのはなぜか?》


 いずれのまとめも、同じツイートを先頭においている。


《ナイトバロン @******

 最近のなろう小説、異世界転生モノの小説がひどすぎる。中世ヨーロッパ風ファンタジーと言いつつ、実際の世界観はほぼドラクエのパクリ。ジャガイモは中世に存在しないし、中世にメガネが存在するなら高度なガラス職人ギルドが必要。板ガラスも庶民の建物には使えない。(画像)》


 おれの『真面目系クズの異世界下剋上』のキャプチャーが添付されている。

 ツイートはすでに3万リツイートされている。

 頭を抱える。ツイートは歴史に一家言あるユーザーの反響を呼び、話題が広まっている。おれの小説はツッコミどころを面白おかしく指摘され、話題にのり遅れた、あるいは発信力のないユーザーは、すこしでも注目を得ようと些少すぎる難点まで強引にあげつらっていた。難癖と言っていいが、史実に反していることはたしかだ。

 とくにおれの小説が公開停止処分を受けたことは、炎上に関わる全員が拍手喝采していた。悪意があるわけでなく、ただ他人の不幸が面白いのだろう。

 おそらくこうしたひとびとが愉快犯的に運営に通報しているのだろう。運営としても、事実の如何に関わらず、大量の通報があれば対応せざるを得ない。

 炎上の発端であるツイートのユーザー名に覚えがある。おれが投稿作のコメント欄で嘲罵したアカウントと同名だ。そのことを恨みに思い、炎上させる機会を伺っていたのだろう。憤怒で頭が熱くなる。

 火消しすべく、ツイッターで反論する。

《神☆雷太 @******

 返信先:@******

 時代劇や推理小説にはお約束というものがあるのですが? 時代劇でも女性が眉を落としてお歯黒をしたりしていませんし、推理小説でも探偵が殺人現場への立入りを禁止されたりしませんよね? 中世ヨーロッパ風ファンタジーも同じです。小説の作法というものをご存じないのでは?》

 一気呵成に書きあげ、送信する。胸がすく。

 返信はすぐにきた。

《ナイトバロン @******

 返信先:@******

 丁寧な回答、痛みいります。ところで、作者が無知なのを小説の作法という言葉でごまかしているだけでは? 史実に反していると知って嘘をつくのと、知らずにまちがいを書いてしまうのはちがいますよね。そもそも、小説の作法というものがあったとして、それを決めるのは作者ではなく読者では?》

 たちまち大量にリツイートされる。コメントがつく。

《草》

《草生える》

 作者が反応したことで、炎上がふたたび加熱する。

 あらたにまとめがつくられる。


《なろう作家様、批判されてブチギレるww》


 まとめのツイートをみる。

《なろうに投稿してるヤツなんか、低学歴のアラサー無職とかだろ。だからこんな設定でも疑問に思わないんじゃね》

《作者より頭のいいキャラクターは書けないから、無双するにはみんな頭の悪い世界にするしかないんだよな》

《みんな頭の悪い世界でここまでの文明を築けるわけないだろww》

 顔が熱くなる。

 もはや炎上が自然に鎮火するのを待つしかない。だが、話題が自然消滅するには1週間はかかる。おれの異世界転生の機会は逸失した。

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