世界と異世界 俺と妹の異世界創世記
海老名五十一
1日目 神は「光あれ」と言われた。するとニートの光ができた。
1日目①
「このへんでわれらが詩人の窓へ戻ることにしようではないか。わたしはこの明快至極な註解を歪曲したり、強引に変形したりして、奇怪な小説の模造品を作る気など毛頭ないのだから。」――ウラジーミル・ナボコフ『青白い炎』(富士川義之訳)
*
1日目 神は「光あれ」と言った。するとニートの光ができた。
*
異世界に転生して半年、おれ、神坂文也は現代知識とチート能力で覇者になっていた。
格子窓から朝日が差す。
清潔なシーツの引かれたベッドで文也は目覚めた。
煉瓦造りの洋館。その2階にある寝室だ。
「フミヤさま。おはようございます」
メイド服を着たエルフが声をかける。ウェーブのかかった長髪で、豊満な体つきをしている。名前はリザだ。
リザは布団をとると、おれの股間をみて手を口に当てた。
「あらあら。朝からお元気なことで。きくところによると、男性は出すものを出さないとそうなってしまうとか。よろしければ、わたくしがお手伝いして差しあげましょうか?」
「何を言いだすんだ。リザ」
おれは思わず赤面する。
黒髪のロングヘアの少女がリザに体当たりする。和風の顔立ちで、日本刀を佩刀している。名前はレイだ。
「なッ、何を破廉恥なーッ! し、しかしフミヤどのであれば、わたしもそういうことをするのにやぶさかではないぞ…」
レイは頬を紅潮させた。
「ご奉仕… する」
ショートカットで無表情の少女が言う。ロゼだ。
「よくわからないけど、ルゥもご奉仕するニャー!」
ネコミミの生えた幼女。ルゥ。
リザはおれの両肩に手をおいた。
「今日くらいはお休みください、フミヤさま。フミヤさまが畑にウンコを撒くことを命じてくださったおかげで、今年の収穫高は去年の3倍ですわ」
「フミヤ!」
「フミヤさま!」
少女たちが歓声をあげる。
「当地の繁栄をねたみ、攻めてきた隣国の領主もフミヤどのがウンコからつくった爆弾のおかげで撃退できたしな」
レイがウンウンと頷く。
「フミヤ!」
「フミヤさま!」
「ウンコ!」
少女たちの斉唱が広がる。
「フミヤ!」
「ウンコ!」
「フミヤ!」
「ウンコ!」
おれは修正を求めた。
「それだと悪口を言っているみたいだから、どちらかに統一しよう」
「ウンコ! ウンコ! ウンコ!」
少女たちが合唱する。
「そっちに統一するの!?」
だが、少女たちにもて囃されるのは悪い気分ではない。感慨に耽る。
そのとき、どこからか声がした。幼い少女のものだ。
《お兄さま、おきてください!》
「ハハハ。誰だよ。これ以上、ハーレム要員が増えたら読者がおぼえきれなくなるじゃないか」
おれのメタ発言を無視し、声がふたたび響く。
《お兄さま、そんなところで寝ては風邪をお召しになります!》
次の瞬間、おれはデスクチェアから転落した。
*
カーペット敷きの床に体を打ちつける。
ブレザーの制服を着た少女がおれの体を揺さぶっている。
小づくりの整った顔立ちだ。細く通った鼻梁に、小さい桜色の唇をしている。顎は小さく尖っている。切長の目をして、目元が涼しげだ。艶やかな直毛の黒髪を背中まで伸ばしている。
体格は華奢だ。肩から胸板にかけて薄く、首は細い。
妹でなければ、拝みたくなる美少女だ。
「申しわけありません。お兄さまのお休みを妨げるのも気が引けましたが、わたくしの力ではお兄さまをベッドまで運ぶことができませんので」
見上げると、パソコンの画面が点いたままだ。昨夜、《小説家になろう》の新作を更新してそのまま寝落ちしたらしい。
部屋を見まわす。デスクとデスクチェア、テレビとゲーム機、座卓、本棚がある。本棚はライトノベルの文庫と大判のソフトカバー、そしてマンガを収蔵している。背表紙の前の棚板には大量のフィギュアが陳列してある。卓上も同様だ。おれが引きこもりをはじめてから12年、コツコツと集めたものだ。
壁はアニメとエロゲーのポスターを貼付し、ベッドには美少女キャラの枕カバーをつけた抱き枕がある。
床は読みさしのマンガやスナック菓子のゴミが散乱している。妹が背中に腕をいれて抱きおこす。
「お兄さま。もしよろしければ、今朝は家族で朝食をいただきませんか? ちょうど今日はお兄さまの晴れ舞台です」
時計をみる。7時を過ぎたところだ。
あくびをする。
「いつもは12時近くにおきるからな。こんな時間におきるのは久しぶりだ。美冬は何時におきたんだ?」
「いつもどおり5時です。起床後の時間で勉強しますので」
「さすが、高校2年生で全国模試1位なだけあるな」
「大したことではありません。お兄さまの妹として恥じぬように努めているだけです。秋加も朝食の支度をしまするので、6時前にはおきています」
美冬は細い指を唇に当てた。
「夏未はさきほどおきていたので、いま身支度を終えたころでしょうか。つゆりはまだ寝ていると思います。みな、お兄さまと食事できれば喜びます」
喜ぶということはないだろうが、珍しく早起きしたから感心するかもしれない。褒められたいという欲求がおきる。
廊下に出ると、夏未と対面した。
「げッ。朝からブタの顔をみるとか、気分ワル」
夏未は美冬の二卵性双生児で同学年だが、高校がちがう。県立高校に通う美冬が質実なブレザーなのに対し、私立の女子校に通う夏未は洒落たセーラー服だ。進学先を決めたのも「制服がかわいい」という理由だ。
「兄にブタ呼ばわりとは何だ。このギャル」
「無職で引きこもりの27歳のクズがブタじゃなかったら何なワケ? つーか、ひとをステレオタイプにはめて批評するとか最低」
夏未は勝気そうな顔立ちで、吊りがちの大きな目をしている。肩口までの髪は染めてウェーブをかけている。シュシュでサイドポニーにまとめている。
昔はおれに懐いていたが、高校に進学するころから生意気になり、このごろは知恵をつけてきたらしく、弁も立つようになった。
「お姉もわざわざお兄をおこさないでよ。…ああ、今日はお兄がアレする日だっけ」
夏未はため息をつき、階下に降りていった。
おれも1階に降り、洗面所で洗顔する。
鏡をみる。生気のない中年がそこにいた。目は瞼が無気力そうに覆っている。油気のない髪が無造作に伸び、荒れた肌と無精髭が不潔感をおぼえさせる。
高校生のころはそれほど悪くない容姿だったが、高校を中退してから10余年におよぶ不摂生が、年齢以上に老けさせていた。
「お兄さま、お使いください」
洗顔を終えたおれに、美冬がタオルを手渡す。
美少女然とした美冬とおれが並ぶと、兄妹というより親子にみえる。そのことに劣等感がうずく。おれは鏡から目を背けた。
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