シーソーゲーム

 デビューイベントは学校で過ごした午前中の穏やかさとは打って変わって忙しなく過酷なものだった。


 アイドルになるまでは学校にいる間が過酷で放課後から解放される時間だったのに、昼夜までが逆転してしまったようだ。


 いろんなCDショップをまわり歌って、その場で購入していただいた方と握手をしたり、サインをしたり、一曲披露をしたり、合計で何人の方達に接していただいたのかすらわからない。正直なところお店には失礼だがどのお店を何店舗尋ねたのかすらわからなかった。

 ただただ目の前に与えられた事をこなすだけだった。が、それは決して機械的な作業感ではなく一生懸命に全力で目の前の事に集中していたからだ。

 集中していると言うとあまりにも真剣すぎて表現したい気持ちとは少し違う。

 人から善意で言葉をかけられる事、好意的な目を向けられる事がなかった私にとってはファンの方々のくれる言葉、目線はとても新鮮で楽しく嬉しかった。

 みんなにお返しをしたかった。どうすれば感謝の気持ちが伝わるのか。一生懸命と言うよりはこの場にかけたい一瞬に一緒に一所懸命に常に全力だった。


 お返し。

 復讐。


 辞書で調べたらこの言葉は類義語とかになるのだろうか?そんな事を唯一の休憩時間である移動中のバスの中で考えていたが、調べるまでの体力も興味もなかった。


 人に好かれる事って気持ちいい。楽しい。

 アイドルって素晴らしいんだ。って実感した一日だった。

 でも、私はピリオドを打たなければいけない、とんでもない形で。


 忘れてはいけない。

 私は復讐する為にアイドルになったのだ。

 だけれども、その一方で私をアイドルにしてくれたのは復讐の対象である。


 世の中でこんなジレンマを覚えてるのは、私しかいないのだろうな。

 世の中に、ファンの皆様に、私の復讐劇を観ていただきたい。

 アイドルや女優のシンデレラストーリーがドラマティックに語られるのなら、アイドルの復讐劇がドラマティックに語られる事があってもいいでしょ。

 ワイドショーや週刊誌とかそうゆう話大好きじゃん。


 私が今偽り無く自身を語るのなら、本職復讐者、副業アイドルである。

 副業のが楽しめるってたまに耳にするがその気持ちがわかる。


 私の場合そこで自我を保てているのだろう。

 アイドルが楽しい。父を殺した奴に復讐したい。

 そんな極端なシーソーゲームがちょうど私を平常に保ってくれている。

 決して釣り合う事のないであろうバランスの取り方をしてくれるシーソーはピカソも驚く程の歪な形をしているのだろう。

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with a vengeance 夢乃マ男 @yumenomao

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