新生活
引っ越しの荷物運びは業者に頼んであるので、わざわざクローバーハウスに寄る必要はなかったのだが、新居にこんな見すぼらしい格好で行きたくなかったので着替えに戻る。
それと必要はないと思ったのだが一応オーデションの最中に保護者のサインが必要になる場面があり年齢不詳のおばさんにお礼を兼ねて挨拶しておく事にした。
やっとあの空間を離れられる。
決して良い環境ではなかった。さまざまな年代のさまざまな問題を抱えた子供達がたくさんいた。
なんだか気持ち悪い空間だった。
好き好んでシェアハウスに身を置く人間はどうゆう神経しているんだろうか。
おばさんは私たちのことを「ファミリー」と読んでいた。
おそらく人に尽くすことで、私は慈母!素晴らしい人格者だとか思っているのだろう。
多くのファミリー達に陰口を言われてる事も知らずに。
「長い間ありがとうございました」
言わなくてもいい皮肉がとっさにでる。居心地の悪さで長い間だなんて言ってしまった。
「あら、そんなにここのこと気に入ってくれたのね。夏休みだけの短い間だったじゃない。いつでも遊びにいらっしゃい。あなたはここのファミリーなんだから」
嬉しそうにそう語る。
なんか昔やっていた外国の部族を訪れて数日間現地の方の家にステイする番組を思い出した。ナレーションが特徴的なあの番組。
だいたい別れのシーンで涙を流し別れを惜しみながら、ここは第2のふるさとだ!的な事を言っていたが、出演者たちはやっぱりテレビ映えするようにある程度演技していたんだろうな。
世話していただき、面倒みていただいた事にはそれなりに感謝するが別れが惜しいなんて感情は一切うまれなかった。
そうそうに新居であるアイドルの寮へ向かう。
私が持ち入れるのはちょっと旅行に行く程の手荷物で済んだ。
わくわくする新生活。
私はここからリスタートする。
新居の寮はクローバーハウスとは大きく違う。さすがに大手事務所の寮だ。事務所の持ち物のマンション。そこの一室が私の家だ。
地下にはレッスンルームもあり一階には管理人さんのいる部屋だったり共用スペースがある。カラオケもあるらしい。
気がかりは管理人さんが女性であること。もちろん同性であることの安心感があるが、もしも侵入者が現れたりした時にいささか不安を覚える。
あまりにも頼りないと言うか、若い綺麗でスレンダーなおねぇさんなのだ。
もしかしたらアイドルとしてこの寮に入り売れずにそのままここの管理人ってポジションに落ち着いたんじゃないかと思うくらいに綺麗な人。
化粧品やらコスメお肌のケアとか疎いので彼女にいろいろ頼ろうと思う。
「本日よりお世話になります。莇里奈です。いろいろわからないことが多いので面倒かけるとは思いますがよろしくお願いします!」
できるかぎりの笑顔で挨拶する。
帰ってくるのは気持ちの良い返事。
「私もここで生活してるから、何かあったら頼ってね。こないだの説明会と渡してある資料である程度情報としては把握しているだろうけど実際住んでみないとわからない事とかもたくさんあるだろうから」
自分の部屋に案内をしていただきながら少し自然とコミュニケーションが取れた。私もちゃんとできるんだ。もしくはおねぇさんのコミュ力が高いのか。
部屋の前で鍵を渡される。
「部屋の鍵と、寮のエントランスの鍵と二種類あるからちゃんとどちらも忘れないで持ち歩いてね」
親切にお礼をする。
あの人、松本さんには長いことお世話になるだろう。部屋にはすでに私の荷物が運び込まれていた。
ダンボール3つ程。
引っ越しが続いたし、多くのものが焼失してしまったので私の私物はひどく少なかった。
アイドル活動に専念できる。
やけに静かだ。まだ入居者がいないのか防音設備が整っているのかわからないが、久々に自分の部屋の静寂が心地よかった。
あのなんちゃらハウスでは幼い子もいて終日騒がしかった。
ようやく訪れた静かにゆっくりすごせる時間が心地よくしばし居眠りしてしまう。
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