イルム王国編31 王都の騒動6

 翌朝。


「——今から宰相はお仕置きですよ」


 颯爽——と言いがたく成敗仮面の格好をしたディエナ姫がの宰相の間に居た宰相の前に現れます。


「女性にお仕置きされるのは趣味だが、小娘は趣味じゃない」


 宰相チョクトがおかしなことを言っています。国王がこいつを宰相にした理由が不明です。……と言いますか何故私もここに居るのでしょうか……完全に巻き込まれている気がします。気がするではなく完全に巻き込まれています。ディエナ姫を宰相の元に送るだけの話でしたよね。


「——黙りなさい、宰相。国民くにたみの血を啜り、悪行三昧。挙げ句の果てには国王を手にかけるとは、お前の血の色は何色だ、今から確かめてやる。主の代理人、成敗仮面参上、成敗しちゃうぞ」


「……だ、誰かこの痴女を引っ捕らえろ」


 宰相が言います。


「痴女とは何ですか。不敬ですチョクト」


 部下達がそれを聞くと互いの顔を見合わせます。そして小声で会話しています「……もしかして、あれディエナ王女殿下では……」「ああ、そういえば、王女殿下はコスプレが趣味だったはず……」などと言う単語が耳に入ってきます——まぁディエナ姫は王女は気がついていない様なので放置しておきましょう。


「相変わらずじゃな。ディエナ殿下は……」


 そこに現れたのは爺やです。それを見たディエナ姫が身をこわばらせています。振るえて居るよな気もします。


「……お説教は後にするとしてじゃ、宰相殿、この鏡が何かおわかりですかな?」


 爺やが鏡を指さします。少し薄暗い感じの鏡の様です。


「何ですか?宦官風情が?ただの錬金工房のガラス鏡ですよね?それが何か?」


「この鏡から貴方の悪事が監視されていたと言うのは知っていますか?この鏡は透過する性質がある魔法の鏡マジック・ミラーなのですよ。正面から見ると鏡ですが、反対側から窓の様になるのです。つまり鏡の裏の隠れ部屋から悪事が見放題と言うことじゃ!」


 爺やが言い終えると宰相の間が暗くなっていきます。そして魔法の鏡に宰相の姿が映し出されています。どうやら宰相が執務している様子をこの鏡が記憶陰気くさい顔をしています。


 そこで宰相が執務をしていると胡散臭そうな召使いが部屋に入ってきました。


「宰相、例の作戦やってきました。それにしてもエグいですね……」


「そうだろわしの考案した仕掛けだからな。それでそいつはどうなった?」


「現在入院しております。表向きには戦闘で負傷したことになっているようです」


「そうだろな。靴を履いたら釘に刺さったとか笑いものに成るだけだしな」


 宰相がほくそ笑みます。


「それ以外のいくつか工作をしておきました」


「農務大臣の書類を水浸しにする作戦はうまくいったったのか?それから工務大臣の背中に芋虫を投げ込むやつ、あれも結構エグいぞ。工務大臣は偉そうなのがむかつく。そもそも錬金はワシの方が専門なのに毎回偉そうに講釈をたれやがる。うまいこと工作を頼むぞ」


「……それに関しては現在進行中の作戦であります。しかし、宰相様、聞き耳を立てられているかも知れないのでご注意を」


「ははは、ここは宰相の間だぞ。そんなものが居る分けなかろう」


 ——などと言うチンケな陰謀を張り巡らしている様子が延々と鏡に映し出されていました。それを見た宰相は狼狽し、爺やは頭を抱えていました。


 ……どうやらこれは、ただの魔法の鏡ではなく記録術式付きの様です。母の使っているモノとはかなり違うモノの様ですが、後で見せて貰いましょう。


「しかし、もう少しマシな陰謀を考えると思ったが……ここまで小物だとは思わなかったのじゃ……衛兵どもこの宰相を引っ捕らえるのじゃ」


 爺やが片手を上げると衛兵が現れ、宰相チョクトを簀巻きにして引きずっていきました。


「俺は、悪いことなどしてないぃぃぃ」


 ——と言うチョクトの叫び声だけを残して。


「小人閑居して不善を為すじゃな……」


 爺やがぼやいていました。その後、ディエナ姫はメイド達に取り押さえられて別の部屋に連れて行かれていきました。恐らくお説教を受けているようです。


 その間に、爺やがこの一件についての説明を勝手に初めました。要約すると無能な宰相を頭に据えることで国内の膿をあぶり出していた様です。その話より魔法の鏡の方が気になります。《記録術式》を覚えておかなかった事は旅に出たときの悔恨事項なのです。


「それより、この鏡はどういう仕組みになっているのでしょうか?」


「これか?これは錬金術により、鏡の光を半分を反射し、半分を透過させる仕組みになっておるのじゃ」


「つまり明るい側は鏡の様になり、暗い方は窓の様になると言うことでしょうか?」


「流石、大賢者殿だな。それだけで仕組みが理解できるのか」


 ……ところで、爺やは大賢者呼びを何処で聞きつけたのでしょうか……?後で、筆頭書記官を問い詰めて見ましょうか?


「それで宰相の間の裏には隠し部屋があるのだよ。ここは本来、衛兵の詰め所でだな。宰相の間に刺客が送り込まれたり、騒動が起こった場合、鏡を割って衛兵が出てくる仕組みになっているのだよ。このことはチョクトには教えておらんかったのじゃけどな」


 爺やが笑いながら言います。


「そもそも今隠し部屋に居るのは衛兵ではなく記録機じゃしな」


 そういいながら爺やは隠し部屋を見せてくれました。


「こういうのは国家機密ではないのでしょうか?」


「いや、この程度のもの大賢者殿なら話を聞いただけで再現してしまうのでしょう。なれば見せてしまって改良案を聞いた方が得じゃろうて……ミルニス学園でも相当的確なアドバイスをしてくれたのじゃろ」


 爺やが笑いながらいます。いつのまにその話を聞きつけたのでしょうか……。


 隠し部屋には大きく胴の小さい遠眼鏡のものがおかれてその後ろには大量の巻物スクロールが置かれていました。遠眼鏡に刻まれているのは《転写術式》の様でした。どうやら、遠眼鏡に映し出された情景を《転写術式》で巻物に転写する仕組みの様でした。転写した巻物を後ろから照らすと転写したものを再生出来る仕組みのようです。巨大で長い巻物は箱にセットされており、一定速度で回転して動く仕掛けがほどこされている様でした。この回転は錬金術と刻字魔法を組み合わせて行っている様です。情景の方はともかく音の方はどうやって記録して居るのでしょうか?目をこらしてみると音を記録する機構らしきものも遠眼鏡に設置されていました。どうやら音を振動に変換し、振動の強弱を巻物に刻み混んでいる様です。しかし、ここまで大がかりな映像術式だと持ち運びは出来ませんし、エレシアちゃんのちょっとした一瞬を記録するのは難しそうな感じです。これを小型化して持ち運びが出来る様にしないと使い物になりません……。さて母の記録術式は確か水晶に映像を記録していた気がします。この部屋を埋め尽くしている巻物の量の記録も1つの水晶に取り込めていた気がします。


「どうですかな?賢者殿」


「そうですね……そのまま映像をそのまま巻物に転写するのではなく刻字ルーンに変換して微細記録すれば巻物を使わなくても記録出来そうな気がしますが……」


「一瞬の情景を示す刻字は膨大な量になりませんか?」


「情報を圧縮すれば良いのですよ。そして、魔石に刻み込みます」


 空気の入った袋を縮めるジェスチャーをしました。


「しかし、魔石の様な小さなモノに転写することは可能じゃろうか?」


「そこは錬金研究所の頑張りどころではないでしょうか?遠眼鏡は小さなものを大きく映し出すことが出来ますよね。それとは逆に大きなものを小さく映し出すことも出来るはずですけど……」


「それもそうか……早速ミルニス学園に研究を打診することにするぞ」


 そう言いながら爺やは相好を崩していました。それを見ながら私は《記録術式》の構築方法を考えて居ました。


***


 私は、爺やと分かれて王宮の外にある甘味屋に居ました。そこで猫耳娘にいきさつの説明をしていました


「それは爺やが優秀過ぎるので、宰相はお飾りで十分だったと言う話だにゃ」


「でも流石にそれは国として不味いじゃん。これが常態化すると国の形がゆがんでしまうよ。歪みが是正できない状態まで達すると国が滅んじゃうね」


 どこからか兎耳娘が現れて言います。


「しかし、やっぱり、ディエナは捕まったのにゃ」


 猫耳娘が言います。


 国と言うものをよく知らないので分からないのですが、国には国体と呼ぶ形があって、その形を無視した例外を積み重ねていく内に異常な状態が正常になり国としての形が維持できなくなるらしいのです。国としての形が維持出来なくなると政治は腐敗し、国民は困窮し、自滅してしまうそうです。イルム王国の場合、国王が国を統べ、宰相が政治を行うのが正しい国の形であり、宦官が裏で政治を執り行うのは正しい国の形では無いそうです。しかし、爺やが余りに有能すぎたのでその国の形が歪んでしまっているのが現状だそうです。今のイルム王国では、宰相は形式ばかりの無能がつく職位になり、宰相府は宰相を筆頭に下まで腐敗してしまったのです。この状態が続くと宦官が闇の権力を持ち国としての機能が形骸化してしまうそうです。しかも爺や以外の宦官は必ずしも優秀ではありません。曰く付きの方が多いぐらいです。そして裏から権力を操る状態は異常事態だそうです。権力の在処が行方不明になってしまい国の透明性が消滅するからだそうです。


 そういえば王宮を後にするとき爺やが言っていました。


「わしもそろそろ後任を育てて隠居したいのだがな……中々これと言う人材がいないのが悩みじゃな……」


「後任ですか?宦官の……?」


「いや宰相府じゃな。宰相府をまともにしないとこの後この国は生き残れまい。わしが政治に関わったのは国の窮地の時、他に変わりが居なかったから成り行きでそうなっただけじゃ」

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