イルム王国編18 学園都市5

「では次の研究室に案内するか……あ……時間だ……。余計な時間を食ってしまったようだな。板ガラスの製造を見せようかと思ったのだが……まぁ機会があったらまた視察に寄ってください。公女殿下」


「は……はい……大変興味深かったです」


 エレシアちゃんが答えます。


 時間いっぱいで学園長も外せない用事があるらしいので、エレシアちゃん一行は学園を後にしました。


「しかし、癖のある学園長でしたね」


  恐らく男子学生を物色していた筆頭書記官が言います。癖の強さなら筆頭書記官も学園長に負けていないと思いますけど……。夜明六刻16時頃の鐘の音が聞こえてきます。


「街の方に視察に行きましょう」


 筆頭書記官が言います。本屋街、目当てでしょう。私も本屋街には少し興味があります。ミルニス学園応用課程の学生は、年単位で本が必要なるので貸本屋で本を借りるより買った方が安くつくそうです。しかし本は非常に高価なので、必要な時は買いますが必要無くなると再び本屋に売り払います。その本は次の世代の学生が必要になるので買いとります。その為、本の売買を専門に行う古本屋と言うものが軒を連ねています。古本屋に並んでいるものの多くは分厚い専門書が中心ですが、時には薄い本やおもろ草紙なども並んでいます。古本と呼ばれている本は黄ばんでいたり汚れていたりする本が多く、綺麗な本はあまり有りません。そして本の価格は本の内容だけではなく本の綺麗さなども加味して売られているようでした。少し古い薄い本やおもろ草紙の類は本の中でもかなり安く売られています。新刊の薄い本は金貨一枚以上しますが、古本だと銀貨数枚で買うことができますし、分厚い本も金貨一、二枚で売っていました。それでも市民の日給が銅貨3枚程度なので、銀貨1枚でもおいそれと買えるような代物では無いみたいです。


「ところでこの本は何年ものなのですか?」


 黄ばんでページの所々に虫食いがある本を指さして本屋の店主に聞いてみました。


「この本は……」


 店主は本の最後の方のページをめくって言います。


「20年ぐらい前に出た本だな。史文部用だしまだ十分現役で使えるやつだな。錬金関係の本は20年前と言うとゴミだけどな」


 20年程度でここまで劣化すると言うのはかなり質の悪い紙を使っていそうです。ただ、一見するとフェルパイアで一般的な紙葦よりは若干良い紙を使っているようです。フェルパイアには恐らく質の良い紙が無いのでしょう。その代わり装丁がやたらと丈夫で硬く出てきています。それはまるでそのまま武器として使えそうな鈍器です。そのため本が非常に重くて持ったまま読む事が出来ません。机の上に置いて一ページずつめくって読むしかないようです。重すぎて旅中で読むには適さないぐらいの重さがあります。持ち運ぶときは本に《浮遊》でもかけるのでしょうか。


「ただなぁ。最近ドワーフの工房で新しい製法の本が出てきただろう。それで、この本もかなり値下がりしたんだな。昔はこの本だと金貨二枚ぐらいで売れたが今だと金貨一枚で売れるかどうか……。新しい本の方が安くて丈夫なのよ。……とはいえ史文部の本は需要があまり無いからドワーフの工房では作っていないからまだ高く売れるけどさ。20年前の錬金の本なんぞはケツすら拭けないからねぇ」


「20年前の錬金の本ですか?」


 少し興味を持ちました。20年と言えば瞬きするぐらいの時間ですが、人間さんに取っては半生と言っても良いぐらいの時間のはずです。


「ああ、ただろくなガラスが作れなかった時代の錬金術の書だぞ?基礎理論の本ならともかく、応用は何の役にも経たないゴミだぞ」


 ……山積みになった本の山を見せます。


「銀貨一枚でも書い手がつかないのよ。このままおいといても在庫で店舗を圧迫するだけだしそろそろリサイクルに回そうかと思っているぐらいさ」


「リサイクルですか?」


「この本をばらして、煮詰めて、錬金を施すと新しい紙が作れるんだそうな。こういった不要な本を錬金で再加工した再生紙は、役所が使っているらしいな。この分厚い装丁も剥がしてリサイクルするそうだ……この分厚い装丁はな本の中身を守る為にそうなっているんだ。こういった本は金のない学生買うだろ。学校を卒業したり辞めたりしたらその本を売り来るわけだからな。少しぐらい雑に扱ったり、落とした程度では破損しない様にしているわけよ。少し特殊な装丁でな小火ぼや程度で燃えないようにはなっているぞ」


 本に《耐炎》や《強化》でも付与しているのでしょうか?そのような事をしたら本が非常に読みづらくなるのでは無いかと思います。しかし装丁からはそうしたモノは確認出来ません。単純に錬金だけで硬くしているのでしょう。


「紙は大丈夫なのでしょうか?」


「流石に羊皮紙は高すぎて使えないので耐炎加工した葦紙を使っているぞ。なんたらと言う液につけておくと通常の葦紙より丈夫で長持ち、燃えにくくなるらしい。ただし、インクのノリが悪すぎるから葦紙に文字を書いてから液に浸すそうだ。手間暇かけて作っているから新品は通常の本よりは割高になるんだよね」


「それをこのような値段で売っているのですか?」


「まぁ古本屋は学生が売りに来たときの差額で商売している様なモノだからな。買った時より安く買い取ればその差額が利益になるって訳よ。ちなみにうちの本の多くは学園から仕入れているから新品価格では買ってないから損するリスクも無いけどな。教師連中が自分で書いた本を学園の予算で大量購入していてだな。そいつを学園に山積みにしたところで邪魔だから即座に売り払うって寸法よ……。ところで何か気に入った本は見つかったかな?」


「それって着服ですよね」


 おもろ草紙を物色していた筆頭書記官が言います。


「だって屑以外が教師なんかやるわけ無いだろ。屑らしい所業だろ。まぁそのおこぼれで俺らも商売してるから大きな事はいえなけどなぁ」


 もっともらしいことを店主が言います。


 筆頭書記官は、やばめなタイトルの本をいくつか購入していました。私は魔道書を探してみましたが良さそうな本がみつかりませんでした。仕方無いのでいくつか適当な魔道書を見繕って買っておきました。新しい魔法のヒントになるものが見つかる可能性が一万分の一程度はあるかも知れません。


 そうしているうちに日暮れの鐘がなります。そろそろ宿所に戻らないと行けません。百人長とエレシアちゃんをずっと外で待たせていましたし……。


「二人とも公女殿下をほったらかしで本漁りかよ。俺だから良いけど、悪い奴だったたらどうするんだ?」


 本屋から出てくると百人長が呆れ顔で言います。百人長は学園から出てきたところから再び護衛として着いてきたのです。


「左右の二人を出し抜けるだけの人材がこの国居るとは思えませんが?」


 筆頭書記官が言って居ます。それ以前にエレシアちゃんは、ジニーを監視につけておいたので悪い奴が手出しをしようとすれば次の瞬間、頭と胴が分離しているだけです。


「それより美味しいものは買っておきましたか?」


 現地の食べ物は現地の人に聞くのが一番良いので、百人長には美味しい店を見繕って買ってくる様にお申し付けしておいたのでした。実際に買いだしに言ったのは部下でしょうけど。


「ああ、言われたとおり見繕っておいたぞ。しかしこんなに食べられるのか?」


「いざとなればノルシアが全部平らげるので大丈夫です」

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