イルム王国編1 国境の街1
やがて馬車の車列が街道の東の終着駅にたどり尽きます。ちなみ駅と言うのは替え馬を置いてある施設で飛脚や早馬を使う使者などが馬を乗り換える事でより早く移動する為の手段です。長時間、馬に乗り続ける馬が疲労で走れなくなるので駅で新しい馬に乗りかえて、素早く移動する為の仕組みだそうです。しかし、それより馬に《疲労回復》の魔法をかけた方が簡単な気がします。むしろ、《飛行》したり《瞬間移動》でも良い気がします。馬に乗る必要すら有りませんし、馬に乗るより遙かに早く移動出来ます——などと考えて居たら、ルエイニアに『それが出来るのはフレナぐらい』などと言われましたが、ルエイニアに『貴方は《縮地》で移動出来ますよね』言い返すとお茶を濁されました。
《中央街道》の東の終着駅はイルム王国の
「イルム王国に入るには入国手続きが必要になります。話は通しているので形式的なものになります。エレシア殿下は、馬車の中でお待ちください」
外交官が言います。
イルム王国の国境には立派な検問所があります。アルビス市民国の北の国境にあった、くたびれた小屋の十倍から百倍は立派な建物です。そこに詰めている兵隊もくたびれた年寄りではなく若い兵隊が沢山居ます。検問所には商人の馬車が列を連なり順番を待っています。
「随分長い行列ですね」
「まぁイルム王国はフェルパイアの二大国の一つで食糧輸入国だからわりと良い値段で売れるからね。イルム王国を行き来する商人が多いからね」
——などとルエイニアが言います。ところでルエイニアは、まだこの馬車に乗りつづける気でしょうか?
「イルム王国まで香辛料の買い付けに来ている商人もいるのですよね」
そういえばアルビス市民国の商人が言っていた事を思い出しました。
「それだけではないよ。イルム王国は〔ドワーフの工房〕とならぶ工芸品の名産地だからさぁ。特に硝子細工は有名さ。フェルパイアだけではなく帝国の好事家も高値で買い取る佳作ぞろいだからねぇ。フェルパイアだけではなく他の地方から買い付けに来ている商人もいると思うよ」
「硝子細工ですか?ガラス細工ならエルフの王国にもありますよね?」
遠眼鏡も硝子細工の一種です。
「まぁここほど盛んではないですが細々と作っていますね。需要も少ないですし複雑なガラス細工ほど高レベルの魔法使いが必要になるので輸出するほどは作ってませんけどね」
筆頭書記官が言います。
「イルム王国のガラス細工は錬金術と付与魔術の組み合わせで作られてるのさぁ。特に難しいとされる大きな板ガラスとガラス製の姿見はイルム王国で無いと手に入らないねぇ」
「それは〔ドワーフの工房〕では作っていないのですか?」
「ドワーフは作れるとは言ってるみたいだけどさぁ。〔ドワーフの工房〕って山の中にあるから運搬が難しいみたい。山道を運ぶにはかさばるし割れる可能性が高いから作らないってんだってさぁ」
「その辺は《硬化》の魔法などを使えばでどうにかなるのではないでしょうか?」
「〔ドワーフの工房〕のガラスは《硬化》を付与してしまうと変質してしまうって話さぁ。変質したガラスは曇ってしまって価値が下がってしまうのねぇ。まぁ仮に運搬用の魔法が有っても運搬は難しいみたい」
ルエイニアは私の巾着をじっと見つめながら言います。これはあげません。この巾着は異空間につながっていて沢山のものが運べる代物です。確かに巾着に壊れものを放り込めば簡単に運べるかも知れません。とはいえ本当に壊れないかは実際にやってみないと分かりません。
「……と言うことは、この辺りで板ガラスを買おうとしたらイルム王国しか買うしかないわけですね」
「……とは言えフェルパイアの建物は外側にほとんど窓が無いから板ガラスを窓ガラスとして使う需要はあまりないんだけどね。建物内側は風通しの為に開けはなしている事が多いし、まぁ王宮とかなどで使われるぐらいかな。あと
《里》の外の姿見は金属を磨いて作られているものが多いのでですが、それは像がぼやけてみえます。イルム王国のガラスは、はっきり綺麗に像が映るのでしょうね。最悪、魔法で投射すれば良いので失念していました。
そのような話をしていると外交官が馬車に入ってきました。
「私達は国賓扱いなので別の入口から入りますので、そちらに誘導するそうです」
誘導された貴賓者用の通行口で、筆頭書記官が国書を渡すと入国証が手渡されました。そこで応対をしていた隊長さんが言います。
「本来なら国賓には護衛も付けなければならぬが……こちらにも都合があってだな人員が割けぬのじゃ、失礼ながら護衛なしで王都に向かって欲しいと思う。街道は一応安全だとは思う……」
ヤケに歯切れが悪いです。
「今の護衛でも十分ですから」
筆頭書記官が言います。
「それよりヤケに検問の行列が長いし、厳しいみたいだけどなにかあったのさぁ。この国の国境って、もっと簡単に入れたよねぇ」
ルエイニアが後ろから言います。
「それは守秘義務に当たるので申し上げられません」
「やっぱり何かあったみたいね。警戒したほうが良いと思うよ。そのために僕がいるんだし」
検問所を後にするとルエイニアが聞こえない様に小声で言っていました。
そこから三台の馬車が縦列で《イルム街道》を王都に向かって進んで行きます。イルム王国の国境を超えるとダルムという宿場街があり、そこで一泊する手はずになっています。ここの宿屋も王国が手配したものです。王室御用達と言うより国営の宿所みたいな場所でした。
「エルフの王国の皆様、この宿所には国境警備の衛兵は詰めておりますのでこの辺りでは一番安全ですのでゆっくり出来ると思います」
宿所に向かうと、そこには執事風の男が既に待っておりこちらの姿を見るとそう告げます。
「これはご苦労様です……(イケメンですね)」
筆頭書記官が言います。心の声が丸聞こえです。しかし、筆頭書記官の性癖の幅があまりに深すぎて想像もつきません。筋肉男や少年だけでは無く、イケメンも性癖に刺さるに入るようです。執事風の男は黒い燕尾服を着ており、目を覆う様な透明なガラスの盾の様なモノをかけています。フェルパイアで見る服装とは一風変わった服です。どちらかと言うとフェルパイアよりエルフの王国にありそうな服装です。しかし、しっかり頭には黒い布を巻き付けていました。
「失礼、その目を覆っている盾の様なものはなんでしょうか?」
「ああ、これは眼鏡と言うモノです。目の悪い人が使う魔道具の様なものですね。眼鏡をかけると、目の悪い人が今までぼやけて見えていた風景や細かい文字もハッキリと見えるようになるのです。その眼鏡は王国のガラス錬金術の粋を集めた《視力矯正》の効果を持っています。まぁ、これはダテ眼鏡と言うもので、そのような効果はありません。普通のガラスをはめただけで魔法の効果は無いものです。単なるは装飾品の一種と考えていただいて構いません。
「この眼鏡と言うものは非常によさそうなものですね。エルフの王国にお土産で買っていこうかしら。多分、ユルスとかフィーヌスとかに付けるよりその顔立ちを生かせるとおもうわ」
そう筆頭書記官が言っています……。私は筆頭書記官の底なし沼のような思考に狂気を覚えました。背中に寒気がします……いや冬ですから寒いのは当たり前ですけど……こう背中を氷で撫でられたような悪寒がします。ここに居るのは耐えられないのでさっさと宿舎に入ることにします。
部屋に入るとそこにはルエイニアが居ます。部屋は簡素なベッドが2つと灯り台、石を引いただけの床に天井と壁はただ白く塗ってあるだけですが既に一部は剥げ落ちくすんでいました。窓はガラスで出来ておりそこから内庭が見えます。部屋が質素なだけに窓だけが異常な自己主張をしています。どうみても国賓を泊める場所には見えません。これは私達が護衛だからで、エレシアちゃんの部屋はマシなのでしょうか?
それはともかく、なぜこいつと同室なのでしょうか?
「そういわれてもさぁ、決めたのは筆頭秘書官だし」
「あのオーガ・ロード、またエレシアちゃんを独り占めする気ですか。少し締めてきても構いませんか?」
「いや、エレシア殿下と同じ部屋に居るのは左のユリニアだよ。こんな敵地のど真ん中では信用できる護衛が居るからねぇ」
「信用できる護衛ならここに居ますよ」
私は自分を指さします。
「いやイルム王国の諸事情を知っていると意味でさぁ、フレナは知らないでしょ。この国のこと」
「はい、聞いた以上の話は全く知りません」
ここは潔く認めます。
「まぁそれでさぁ。この宿舎って確かに王国の建物だけど、国賓を迎える宿舎ではないんだよねぇ。国賓用の宿舎はこんな街のハズレでは無くてさぁ、中央近くにある《巨大な黄金竜》と言う名前の宿屋だからねぇ。あそこは金持ち専用の豪華な宿屋で一泊金貨百枚するようなところさぁ。こんなちんまい、しけた宿舎とは違うのよ」
「確かにこの宿舎、無機質というか、洒落っけがありせんね……遊び心が欠けていると言いますか……」
「まぁフレナは、かなり独創的なものの見方をするよね。さすが賢者様」
……なんかルエイニアに馬鹿にされている気がします。いや、馬鹿にしてます確実に。
なお
「ノルシア単独で護衛できるでしょうか?」
「まぁあの二人が狙われることは無いでしょうね。会計はお金を運んでいるから一番危険にみえるけど紛れ混んだら僕でも探すの至難だし。通訳と外交官に至っては何の価値も無いよ」
ルエイニアですら探し出すのが至難と言うのは一体どのような才能でしょうか?もしかすると神から与えられた
「まぁそうでしょうか……。それより敵地と言うのは……」
「この国の日程決まるのギリギリだったでしょ。それを見越して王妃が僕を派遣したんだろうけどさぁ。実はこの国、今二つの勢力に分裂しているのよ。それでね僕たちを歓迎する勢力と歓迎しない勢力が居るみたいなの。だから危険なのよ」
「二つの勢力とは?」
「宰相チョクト・ヌ・ゲンダを中心とした《宰相派》とトルキ・ココク将軍を中心とした《将軍派》だねぇ。僕らを受け容れを決めたのは《宰相派》だから
「……ここは《将軍派》の施設と言うことですか?」
「まぁ、そうだと思うけど、《将軍派》に見せかけて《宰相派》の施設かもしれないし、両方注意しないとだめだろうねぇ」
「両方片付けておけば良いのでは?」
「それじゃ駄目なのよ……まぁ、その辺りの塩梅が難しそうだから僕がついているわけさぁ」
ルエイニアはそう言うとベッドの上に飛んで座ります。ルエイニアは床に足がつかないので足をブラブラさせています。
「……そんなに足が気になるわけ」
「いいえ、そんなことはないですよ」
私は笑顔で答えました。
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