第4章 イルム王国編

 蒼天。晴れ上がった空の下——もっともこの時期にフェルパイアで雨が振る事はまず有りません——車列がアルビス市民国からイルム王国へ向かいます。エルフの王国の親善使節としてフェルパイア連合を回っているエレシアちゃん派遣団の三台の馬車がゆっくり街道を進んで行きます。フェルパイアは単一の国では無く複数の国で構成された連合、私の住んでいた《里》ぐらいの大きさの小国から二大国と呼ばれる大きな国に至るまで様々な政体、文化を持つ多数の国が緩やかなつながりを結んでいる共同体——とは言えフェルパイア連合内の国々は年中紛争状態にあり、連合としての機能は調停機能にあるそうです。連合の本部はフェルプと呼ばれる都市国家にあり複数の国の争ったときフェルプにある連合本部で調停を行うそうです。ただ近年、南方にあるティルティス帝国の圧力が日増しに強くなっており、フェルパイア連合には緊張が走っていると言う話ですが実感としては緊張している様には全く見えません。どの国も国内外に幾つもの内紛を抱えておりとても一枚岩とは言えない状況と言えます。フェルパイア諸国が独立を維持する為には国内外の紛争状況を打開し、諸国が一致団結し、帝国の圧力に打ち勝たないと無理でしょう——と筆頭秘書官が言ってます。ただ、外交官の言う事には、平年よりは紛争が、ずっと少なくなっている様です。今このように街道をゆっくり移動出来るのも、そのつかの間の平和のおかげだそうです。


 もっとも人口おおよそ200人。外界から隔離されている灰色エルフの《里》から出てきた私には平和と言う状態がよく分かりません。話をまとめるとどうやら平和と言うは戦争していない状態の事を差す様です。確かに平和を《里》の言葉に訳すと『争いが無い』と言う意味の『ヌン=ディザヴィ』になりますが、ニュアンス的には少し違う気もします。


 ——ところで私こと灰色エルフの魔法剣士フレナとエレシアちゃんの専用馬車に何故、筆頭書記官とエルフの冒険者ギルドのギルドマスターことルエイニアが乗っているのでしょう?


「だって、移動のついでだから良いでしょ。減るもんじゃないし」


 ルエイニアがにべもなく言います。


「……私とエレシアちゃんの大切な時間が減ります」


 私は断固として抗議しました。エレシアちゃんが頬をあからめています。——凄く可愛いです。


 三台の馬車は、閑散とした街道をゆっくりと移動していきます。ちなみに南の砦で臣従させた古竜のノルシアさんには別の馬車に移動して貰いました。どうせこの馬車に乗っていてもひたすら食べているだけですので、あまり必要有りません。殲滅戦の戦力としてはともかく護衛としての戦力は護衛の意味をよく理解して居ないノルシアよりルエイニアさんの方が上なのは確実なのです。今頃、清掃係の右の方と食べ物の話題で盛り上がっている様な気がします。左の方は知りません。


「ここは私とエレシアちゃんと二人きりで、しっぽりするのが筋でしょう。……なぜ邪魔者達がこの馬車に載っているのですか?」


「……邪魔者はどちらですか?……エレシア様と二人きりは《大賢者様》でも許しません」


 やたらと私のことを大賢者様と呼びたがるエルフの王国の鬼人君主オーガ・ロードこと筆頭書記官が水を差します。エレシアちゃん派遣団には、各国の調整を行う外交官、資金の管理をするとても影の薄い会計の他にエレシアちゃんの教育と補佐を行う2人の秘書官がついて居ます。お年を召した方が筆頭書記官です。変な性癖を拗らせておりやたらと目立っています。おかげで筆頭ではない書記官の存在感がとても薄くなっていますが、外交官も会計も秘書官は縁の下と力持ちです。見えないところで大変な仕事をやってくれているみたいです。私は、エルフの王国の冒険者ギルドで雇われたエレシアちゃん派遣団の護衛として外遊についてきました。王国直属の護衛には清掃係と呼ばれる国内の清掃を行う右と二人がおります。そしてそこで飯を食っているのは人の形をしていますが古竜です。エルフの王国の南の方で暴れた所を私がのして従僕として連れています。ノルシアと言う名前も私が付けました……確か……。


 因みにアルビス市民国の時とは派遣団は若干人が入れ替わっており、アルビス市民国で帰国した幸薄い外交官の代わりにエルフの王国から送り込まれた新しい外交官が来ました。新しい外交官も馬に縛り付けられてデレス君主国を弾丸馬で送り込まれて来たのでしばらくへばっていました。外交官と言うのは幸が薄い職業なのでしょう……ただ、そろそろ心身ともに回復しているようです。また、馬車の御者も何人か入れ替わっています。


 アルビス市民国からイルム王国へは馬車で4,5日かかります。


 アルビス市民国とイルム王国は隣接した国ではないので、途中いくつかの国を通過する必要が有りました。市民国のすぐ南に位置するのは小さな都市国家ユグです。ユグは小さな国で北の国境から南東方向へ大体半日行ったところで次の国の国境に到達します。この辺りの道は砂を固めただけの代物で幅もそれほど広ありません。幅も馬車が辛うじてすれ違えるぐらいです。フェルパイアは、余り雨が振らないので、これでも十分だそうです。ただ、強風が吹くと酷い砂埃が舞います。街道は《北アルビス川》の分流である、ほぼ《東イルム川》に沿っており、川沿いには畑がいくらか存在しますがそこから少し離れると耕作に適していないのか延々と荒れ野が広がっていました。


 そこから南へ降るとフェルパイア連合の二大国、イルム王国とディベーユ共和国をつなぐ《中央街道》に合流します。《中央街道》と言う名前はついていますが先程の街道よりもやや幅広なぐらいで道路は版築と言われる工法で土を突き固めた代物です。馬車は時々、路上に転がっている石を踏むとその都度ガタンと揺れます。お世辞にも整備された道とは言えません。ルエイニアが言うには、街道の整備は利用者では無く、街道のある国の資金で行う事になっているので二大国でも無い限り、どこもこんな感じらしいです。


「街道に面している小国のほとんどはこの《中央街道》の恩恵を受けられないからねぇ。宿泊施設を使ってくれれば、その収入がそこそこ入るけど、それで経費をまかなえるのはある程度の大きさの国だけ。この街道は通行税をかけるのは連合条約で禁止されてるから恩恵より支出の方が多いぐらい。恩恵と言うのは物流が良くなるって事だけど、それより街道の維持費用が多すぎ。そうなると単なる金食い虫だから街道の整備の手を抜く。恩恵を受けている二大国が少しは援助してやれば良いのにねぇ」


 ……とルエイニアが無い背丈を無理矢理引きのばしながら言います。


「……引きのばすのではなく背伸び」


 ……聞いてましたかこの人?


 《中央街道》に合流すると、馬車はそのまま東方向に進んでいきます。《東イルム川》は合流地点で東に流れを変え、イルム王国に向かって流れていきます。ただ川と言っても喫水はかなり浅く、ただ水が流れていると言う感じです。


「川がこんな感じだから、イルム王国の水源は主に地下水でさ、あの国には井戸やため池が沢山あるよ。余り水に恵まれていないから農業は人口を維持するのがギリギリで結構のところ食糧は輸入しているみたい」


「どこからですか?」


「主にディベーユ共和国だけど、ずっと東の方にある国からも輸入しているって噂があるねぇ。ただ、僕も砂漠の向こうの国についてはよく分からない」


 ルエイニアにも知らない事があるようです。ルエイニアはエルフの王国のギルドマスターです。一見ボーイッシュな女の子に見えますが年齢はかなりいっているはずです。——それでも私よりは若いはずですけど——確か変な薬を飲んだか魔法の失敗でこのような小さい姿をして居るのでしたか……以前日記に書いた気がしますがどうでも良いことなので忘れました。


「……そういえばアルビス市の香辛料はイルム王国から仕入れていると言う話でしたね」


「香辛料はそれと違う南方から輸入しているみたいだけど。南方へは《南の砂漠》を超えてこないと行けないから余り重いものは運べないのさ。だから積み荷の多くは高値で取引できる香辛料みたい。それ以外には南方でしか取れない採れる香木や素材の類かな……」


「木材を輸入しようと試みた事があるらしいですね……まぁ失敗に終わったそうですが」


 そこに筆頭書記官が口を挟みます。


「木材は重いしかさばるしで砂漠の中を運ぶのは厳しいでしょうね……何でも入る袋でもあれば別だけどさぁ」


 ルエイニアが私の方を舐める様に見ながら言います。


「何かついてますか?」


「……いや、何でも無い」


 ルエイニアに魔法の巾着はあげることは無いと思います。この何でも……何でもは言い過ぎでした。異空間とつながっていて沢山ものが入る腰にぶら下げている巾着は、そもそも即興で作ったので作り直したいぐらいの代物です。


「ところで、エレシアちゃんは何か聞きたいことはありませんか?お二人がいる間に質問しておいた方が良いと思いますよ」


「あ……あのフレナ様が、先に言われてしまったので……」


「ああ、済みません。でも、まだ聞きたいことはありますよね?」


「は……はい。と……ところでイルム王国の国教は同じマースドライア教ら……らしいで……ですがアルビス市とはかなり違うと聞いたのですが……」


「んー、それはねぇ。アルビスの方が少し変わっているのかなぁ……あそこは《折衷派》だから」


「《折衷派》と言うのはなんでしょう」


「《折衷派》はマースドライア教でも旧来の土着風習との折衷している宗派のことね。だからアルビス市の古い風習がかなり混ざっているの」


「それで一神教なのに異教徒に寛容なのですか?」


「んーそれはどこも同じ。それよりアルビスは一夫一妻でしょ。マースドライア教は一夫多妻を認めてるから、珍しいよ」


「ああ、そういえばそうでしたね……」


 アルビスの総督も奥さんは一人でした。……そういえば、デレス君主国も一夫多妻だったと思いますが……あそこはマースドライア教ではなく、《天》信仰だったと思います。もしかするとマースドライア教と似ている部分があるのかも知れませんが、よく分かりません。


 話をしているうちに馬車は《中央街道》をひたすら東へ進んでいきます。


 《中央街道》に入ってからいくつかの国を通過し、やや大きめの都市に入るとそこに宿泊します。エルフの王国の代表ですからそれなりの格式のある宿所に泊まる必要があります。実は格式のある宿所がある国は街道沿いの国にもあまり多くは無いので、ほぼ固定されるそうです。宿所の手配はイルム王国が既に手配してあるそうです。


 それからイルム王国に着くまでは同じような宿所に泊まっただけなので特筆する事はありません。ただ内湯装備なのは好感が持てました。

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