アルビス市民国編30 夜の屋敷後編

「それよりもう《解呪》しても大丈夫なようですね」


 ドロルに確認を取ると元々違法だから解呪しても問題ないと言うことなので、屋根裏部屋の少女に語りかけると首に掛かった板きれに触ります。その瞬間、首輪がパチンと外れて床に転がり落ちます。


「今、君は何をしたのかね?」


 ドロルが目を丸くして問いかけてきました。


「《隷属》の魔法を解除しただけです。《隷属》自体は弱い魔法ですから解除自体は大した事ではないのですが本人にその意思がないと失敗する事があるので心身とも健康でないと使えないのですけど……」


 今回の場合、遅効性の毒を抜いたり、悪い薬を抜いたり、心身を回復させるのに時間がかかりました。


「《隷属》を解除するのが簡単だと……あれは熟練の法学官が儀式を執り行わないと使えないものだが……いや《隷属》自体は弱い魔法だな。奴隷商人でも魔法具さえあれば使えるからな。ただ強制化するには正しい手順で契約儀式を執り行うか心を折る必要があるが……」


 ドロルが歯切れが悪そうに言っています。


「……だが、まぁこの子はそもそも不正に奴隷に落とされた市民であるからのぉ」


「ところで違和感はありませんか?」


 少女に語りかけます。


「なんだか身体が軽くなった様な気がします。ふわふわ空に浮いてしまいそうな感じがします」


「それは副作用が出ていますね。そちらで少し休んでいてください」


「はい」


 少女は言うとソファーに座って背もたれに身体を預けました。病み上がりですし、閉じ込められたりいろいろあった疲れも出ていると思います。しばらくすると少女は寝息を立てながら眠りおちていました。


 左のユリニアが少女が寝静まったのを確認してからドロルの方に向き合い言葉を紡ぎ始めます。


「元首閣下に依頼された調査の結果を申し上げます……」


 ユリニアが淡々と状況を説明していきます。


「奴隷狩りの件ですが市民をさらって帝国に流していたのが確認できました。盗賊の親分でバラクと言う男が定期的に奴隷狩りをやっていた様です。ここ最近はスラムに住んでいる子ども達を狙っていた様ですがあまり上手くいっていないようで、山賊の首領ロビネと打ち合いしているところを捕らることに成功しました。このバラクと言う男はアグルの部下と名乗っており裏を取ってみたところ確かにアグルとの部下と言う事が確認できました」


 左のユリニアが雑に束ねた分厚い紙束をドロルに渡しました。ドロルはそれを受け取ると斜め読みしていきます。


「確かに背後にアグルが居るようじゃ……。その裏には帝国が居るようじゃな。どうりで奴の羽振りがヤケに良いと思った……ここ数年市内に大量に流れていた帝国金貨の出所もあいつか……」


「帝国は戦の準備で奴隷が不足しており集めているのでしょうか?」


「いや、そうでは無いな。これは分断の策略であろう。フェルパイアの後背地に親帝国の国があること自体が連合全体への圧力になるからのぉ。どうも帝国は庶民派に資金を援助し、この国を乗っ取るか混乱させようとしていたようじゃな……それで、あの悪名高い山賊のロビネも捕らえたのか?」


「そのロビネはドマルの部下と名乗っていました」


「確かにこの書面を見る限りロビネはドマルから情報を貰いの警邏隊の手から逃れていたわけか……どうりで尻尾すら捕まらない訳じゃ……。しかし、どうしてロビネはこのような場所に現れたのだ?」


「それはですね」


 ユリニアは、ドロルの耳元でささやきました。


「ほぉ、流石賢者様だな」


 ドロルは相好を崩しひたすら頷いていました。しかしユリニアが「闘技場闇賭博で賢者様が連勝し続けたためにドマル家の損害が大きくなりすぎたので始末しようとしたみたいです。普通ならあり得ない相手を投入しても瞬殺されていて相当きていた様です。暗殺部隊を送り込み不戦敗なら元締めが総取りできるようにブッキングもしていた様です。暗闇で遅いかかろうしていたところ賢者様がスラム街に入っていたのでこれ幸いと襲撃を試みたのでしょうね。そこで運悪くバラクと鉢合わせしたようです」と言っているのが聞こえていましたが……一体何を言っているのでしょうか?


「と……ところで……この件は、どうなるのでしょうか?」


 近くに居たエレシアちゃんが問いかけます。


「まぁエルフの国の人達には悪いようにはせんわい。これは単なる個人的な依頼じゃが、まさか評議員が関わっているとは思わなんだ……」


 そこまで言うと会場の方に「屋敷が燃やされた!」と叫びながら掛けてくる足音が聞こえてきます。


「下男がこちらに走ってきている様です」


 唐突に窓を開けて外を眺めました。道路の真ん中を下男が走ってこちらに向かっているが確認できました。


「こりゃ、またタイミングが良いな」


 ドロルは窓から外を覗き黒い影を確認すると天井から降りている紐を引っ張ります。紐引っ張ると鐘の音が小さくカランと響きます。武装した男達がこの部屋に入ってきました。


「元首閣下、お呼びでしょうか?」


 その中で一番年長の男がドロルの前にひざまずきます。


「今、ここに来るエリウの下男をすぐさま捕らえよ。それから法学官長を呼べ」


「「「はっ」」」」


 法学官長はアルビス市民国内のマースドライア教の法学官をとりまとめる立場の人の事を差し、評議員並みに国内に影響を与えるそうです。法学官長は教典と齟齬があるなしを判断する立場にあり、如何に優れた法であろうとも法学官長が教えに背くと判断すればその法は効力を失うそうです。そのため法学官長はマースドライアの教典に詳しく、品行方正な法学官から選ばれる事になっています。


 ドロルから法学官長についての説明を聞いていると男達が戻ってきて猿ぐつわをされた下男を部屋に転がしていきました。それから、しばらくすると法学官長らしき人が入ってきました。顔に深い皺が入っていつも考え事をしてそうな顔をしています。黒い布を頭の上に巻きつけて黒い服を着ていました。黒い服はゆったりとしていて足元まで覆い隠しています。顎から出ている白髭がその黒さを強調しています。法学官長は、ゆったりと歩くとおもむろに口を開いて言います。


「元首閣下、こんな夜更けに何の御用かな?」


「これは師匠、お休みのところ呼び出して申し訳ない。これは危急の案件じゃが、わし一存で決める事が出来にので、そなたの助言を貰おうとしたまでだ」


「閣下がお困りの件とは?ははは、そんなことは無いだろ」


「取りあえずこの少女の話を聞いてくだされ、それからこちらのエルフの話も聞いてくだされ、それを聞けばわしの一存で決められぬことであるとわかると思います」


 そういうと眠りこけていた屋根裏部屋の少女をそっと起こし法学官長にその身に起こった話をするように促します。少女はたどたどしく今までの経緯を話します。それからユリニアが今までの経緯を説明しました。


「ふむ、確かに一存では決められるな。評議員の犯罪を裁くのは基本的には6人の評議員の賛成を集めねばならぬが……そのうち少なくとも三人が犯罪に絡んでいる可能性があるのだな」


「はい、その通りです。わしの権限では裁く事は出来ませぬ」


「それなら市民に決めさせれば良いだろう。偉大なるマースはこう言われた。『神は何時でも人間の行為を見守っている。罪を犯したことも見通しておる。だが直接裁くことは無い。それは人間同士でその罪を購わせる事をよしとしているからだ。もしそれが決められるなら関係者を全員集めてそこで議論を尽くして罪を購わせるべきか決めればよかろう』とつまりこの国に当てはめると評議員の犯罪も市民の権利で裁く事が出来ると言うことだ。市民投票で決めれば良かろう。それを行うのに必要な法は整備されておるな」


「はあ、確かにそう言う法があったような気がします。さすが師匠じゃ。ありがとうございます。これで吹っ切れました」


「まぁ、その前に評議員をしょっ引いてこなければなるまいて」


「そうですな」


 一呼吸置いて二人は笑います。


「ところでそこに転がっているのは誰だ」


 猿ぐつわを噛まされ転がされている下男を差して法学官長は言います。


「それはエリウの下男じゃ」


「少し話を聞いてみるか」


 そういうと法学官庁は下男の猿ぐつわを外します。そうすると下男がまくし立てる様に叫び始めました。


「ああ、法学官長様。全部、それは冤罪に御座います。そいつだ、エリウ様の館を放火したのは……そこに居る魔女だ。我々は謀られたのだ。そこの亜人どもとその腰抜け元首の陰謀だ。我ら庶民派を陥れる陰謀だ。法学官長様そいつらの話を聞いてはいけません。何ぞと神の御心に逆らわぬように。偉大なる神の御許で我らとその子に幸あらしかれんことを」


 下男が、私の方を向いて叫んでいます……全く身に覚えがないのですが何を言っているのでしょうか?


「それは真か?」


「そうだ、屋敷を見てみれば分かる。魔女でないとできない焼け跡がしっかり残っているはずだ」


「それなら案内せい。わし直々見聞してやろう。そこのエルフ……フレナと申したか……そちらもついてくるのだ」


 そこでエレシアちゃんを再び竜に任せて、ユリニアを屋根裏の少女の為に残し、私、法学官長、下男、それから警邏隊の方々を引き連れてエリウの館に向かいます。


「ほら見てみろ信じられないぐらいの火柱を上げて燃えているだろ」


 下男がいっていますが、何も起きて居ません。屋敷は平穏そのものです。隣にいた警邏隊の方々にも聞いてみました。


「火事など起きてませんし、野次馬もいません。何かの勘違いでしょうか?」


「おまえら、目の前が燃えているのが分からないのか?」


「分からぬ」


 法学官長が前に出て言います。


「それなら中を見聞しますか」


「おい、火の中に入っていくのかおまえら……正気か…………」


 抵抗もむなしく下男は二人の警邏隊に抱え込まれて屋敷にの中に引きずられていきます「……あつい……いきぐるし……」そう叫ぶと下男はなぜか目をひんむいて気絶してしまいました。


「よもや何か見られると困るものがあるのだろう。調べよ」


 法学官長がそう言うと警邏隊が屋敷の中の捜索を始めます。その間に右のエイニアと合流しました。


「何か変わったことはありませんでしたか?」


「何も?」


 ぶっきらぼうにエイニアが言います。食堂に集まっていたメイド達や転がしておいた下手人も特に異常なかったそうです。


「それでは見聞しましょう」


 法学官長がメイド達や下手人達に質問を掛けます。何人から回答を集めるとじっと思案しています。そして気絶してい下男の方をじっと見つめていました。


「長官、このようなモノが……」


 警邏隊の若そうな男が紙束を持って還ってきました。


「一体何だ?」


「どうやら裏帳簿の様です。それもかなり事細かに書いてあります」


 法学官長、紙束を奪う様に受け取るとペラペラと舐める様に帳面を眺めてみます。


「なるほど分からん。何が書いてあるのか?」


「どうやら帝国との奴隷取引の記録の様です」


「よし分かった、これは持ち帰って帳簿に詳しいやつに解読させよう」


 そういうと抱えていた鞄の中に紙束を放り込みました。


「それから、こいつらは放火犯だ。連れて行け」


 と転がされている下手人達を指さします。


「……違う、俺らは騙されたんだ……」


 そう叫ぶ、下手人達が引っ立てられていきました。


「……しかし、思った以上に深刻だな。これは……」


 小声で法学官長が呟いていました。そのタイミングで一番偉そうな警邏隊の一人が入ってきます。


「法学長官殿、屋敷を隈なく捜索しました。あやしそうなものは全部差し押さえました。一部は綺麗に持ち去られている様ですが」


「一部と言うと?」


「金銭的な価値のあるもの……つまり金貨や宝石、美術品のたぐいが一切見つかりませんでした」


「……すると既に持ち出された後と言うことか……。完全に計画的犯行だな」


「は、小官もそう思います」


「これ以上ここにいても仕方ないからそろそろ引き上げるぞ」


 そう言うと警邏隊達は引き上げていきます。エイニアとメイド達をひきつれて私も会場に戻ります。


 ……

 ……


 会場に戻るとドロルと法学官長との話し合いが行われました。長丁場になると言う事で私達は邪魔なようなのでお暇しました。ただし、エリウの館に戻るのは危険なので今日は宮殿に泊まる事になりました。翌朝、エリウの館の従業者や下手人をどうするか決め、私達の話も聞くそうです。それからルエイニアの報告を聞いたりする必要があり、女中やエリウ達の身柄を抑えていないので場合によってはもう一度身柄の拘束をお願いをするかもしれないと言う話をドロルはエレシアちゃんにしていました。エレシアちゃんはうなずきながら話を聞き、時々質問を話ながら応対していました。それを筆頭書記官があからさまにハラハラしながら聞いています。今にも途中で割って入りそうな感じでした。


 そこでエレシアちゃんと竜を引き連れ馬車に乗り込もうとすると……筆頭書記官が邪魔してきます。


「エレシア様のお世話は私がしますから」


 ……だそうです……でも警護は必要ですよね……。


「警護なら外でしてください」


 などと言っています。

 

「甘やかしすぎだ」


「筆頭書記官に娘がいたらエレシアちゃんぐらいなのでは無いでしょうか?目に入れても痛くないぐらいに可愛いのではないでしょうか?」


 などと右と左が言っています。……エレシアちゃんは可愛いから仕方無いです。しょうが無いので不可視のジニーに護衛を任せて私達は別の馬車で宮殿に移動しました……どうやらエレシアちゃんは馬車に乗り込むと疲れて寝てしまったようですーーあれだけ気を張り詰めていれば疲れると思います。私も里の長の話を一週間も聞かさされればその後は泥の様に眠りこけますし、エレシアちゃんも同じ状態だと思います。

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