アルビス市民国編29 夜の屋敷の巻前編
——どうやら雲行きが怪しそうです。雲行きと言うのは空の様子ではなく屋敷の中の雰囲気の話です。この屋敷は……誰の屋敷でしたかしら——見張りも女中もいない事ですし屋根裏部屋の少女に聞いてきましたーーどうやらエリウと言うそうです。
あ、弟さんは今探しています。忘れていません。暇があれば探していますし、街の中にはいなさそうな話をして起きました。左右の二人に確認すると「もうすぐ見つかりそうだ。少し待て」と言っていました。私以外の誰かが何かつかんでいる話をすると「早く見つかりますように」と天を仰ぐ様に少女は言います。
そうしているうちに夕食の時間になりました。どうやら今日の夕食は私と左右の三人だけで食べるようです。しかしエレシアちゃんがいない夕飯はお通夜みたいです。いや、お通夜と言うのがどういうものか知りませんけど何しろ本で読んだ知識しかありません。そもそも《里》で誰かが亡くなった事はここ数千年ぐらいないと母から聞いたので葬式もお通夜の経験は全くありません。
しかし三人なら外で食べてこようと思ったのですが「今日は腕によりをかけたので食べて言って欲しい」と下男に懇願されたので仕方なく三人で卓を囲むことにしました。しかし、今日の夕食は味付けが少しピリピリしました。もしかして闇穴竜の肉でも使ったのでしょうか?この味付けはあまり気に入らないので手持ちの毒消し用の草を砕いて調味料として振りかけて食べることにしました。家の人達もいませんし、エレシアちゃんやはしたないと言いそうな
夕食を食べ終わると一休みです。お風呂に入りたい所ですが……どこからか焦げ臭いにおいがしてきました。魚を焼きすぎて焦げたにおいとは別物で生木が燃えている様なそんな感じのくすぶるようなにおいがどこで漂っています。そこで耳を動かし屋敷全体を様子を探ってみます。屋敷の中庭で火を放っている集団が居るようです。気配を読み取ると何人かは見たような気がします……。どうやらここの下男が混じっている感じです。そこで左右の二人にそのことを話しました。
「やはり動いたか」
「それではその下手人達を捕まえて参ります」
そう言うと天井裏に飛び込み消えていきます。
……どうやら屋敷の天井裏は出入り自由みたいな感じです。しばらくすると左右の二人が下手人達を連れて帰ってきます、下手人は四人の黒装束の男でした。
「一人逃がした」
「一人は既に屋敷から遠くに立ち去っていたので取りあえず放置して起きました」
「……ではその気配をたどってみます」
一人の男が街道で
「火事だ!燃やされた、悪い魔女にやられた」
と叫びながら逃げている気配が見つかりました……この気配は覚えがあります。どうやら先程料理を並べていた下男でしょう。
……しかし魔女の所為にするとは何事でしょうか?
それより屋敷に放った火が燃え広がる前に火を《消火》の魔法で消して起きます。これは火の負属性の魔法で簡単に火を消すことができる便利な魔法です。遠くで消し忘れた暖炉やたき火を消すときに重宝します。何より水属性の魔法と違い水びたしにならず火だけを消す事が出来るので非常に便利です。火によっては水をかけると逆に燃えさかってしまうこともありまし《消火》の魔法の方が単純に火を消すと言う行為に関しては非常有効なのです。既に建物の一部は焦げているところがあります。これは幻術で取りあえず隠すことにしました。
いくつかの選択肢の中から《
その後、左右の二人と屋敷の中を調べると倉庫の中に縛られてた屋敷の奴隷、メイド、下男達が転がされていました。このまま屋敷が燃えたら全員、焼け死んでいた気がします。縄をほどいて猿具轡を外して事情を聞くと突然屋敷に入ってきた黒ずくめの集団に縛り上げられて倉庫に転がされたようです。
話をまとめるとこれら全て私達の夕食中に手早く行われた様です。——どうりで屋敷内の雲行きが怪しかったわけです。その中には屋根裏部屋の少女も混じっていました。
その少女に話しかけると
「助かりました。弟を助けるまでは死ぬわけには生きません」
と震え声で話していました。
それからこの倉庫は下男やメイド達が本来入る事が許されない場所と言う話です。左右の二人が言うには、ここは隠し金庫だったのではないかと壁を殴りながら言っていました。この人達をこのまま放置しておくのも危険ですし放火魔の仲間が混じっている可能性も否定できないと左右の二人が言うので全員食道の方に集めました。食堂は見通しが良く監視も護衛もしやすい場所です。屋敷の中を全部調べ尽くしましたがどうやらこの屋敷の偉い人達が誰も残っていませんでした。全員会合とやらに出かけたみたいです。
その後、逃げた下男の気配を追いかけます。下男は大通りを真っ直ぐどうやら中央の広場の方に向かっていました。その近くに確かエレシアちゃんが居る懇談会場があったような気がします。今日はエレシアちゃんはアルビスの有力者達との顔合わせがあるとか聞いています。そこでもう一度ジニーを通してエレシアちゃんの周辺を観察してみました。そこは大きな会場で豪華なターバンを巻いた太い胴回りの男達が何人も居て、他にも評議員達や元首のドロルなどが立食パーティをしている様でした。ちょうどエレシアちゃんには筆頭書記官と竜が付き添い腹の突き出たこの街の有力者らしき男と商談らしきものをしていました。この男がちょくちょく筆頭書記官の胸元をじっと見ているのが気になりますが、エレシアちゃんを不埒な目で見ていないので許しましょう。もし不埒な視線を送る様でしたら二度と見られない様な呪いでもかけてあげたところです。竜の方を脇目も振らず肉を食い散らかしていました……こいつを護衛に付けたのは失敗でしたでしたか……もう少し慎みと言うものを教育しないと行けないかもしれません。まぁ護衛自体はジニーがやっているので良いとします。エレシアちゃんは腹の突き出た男に対して泰然自若に応対しています。恐らく筋書きは筆頭書記官書いたものでしょうが、あのエレシアちゃんがここまで出来ると思うと胸の奥からあついものが湧き出してきます。これは母性と言う奴でしょうか?それはともかく悠然としているエレシアちゃんもとても可愛いです。
……エレシアちゃんに見とれて本題を忘れていました。恐らく逃げた下男はここに報告に来るのではないかと思います。屋敷が燃やされたと燃やした本人が言うと言うマッチポンプです。それで誰が得するのか分かりませんがとてもきな臭いです。
左右の二人に聞いてみると
「それは恐らく賢者様を陥れようとしているのではないかと思います」
「だな」
と言っています。何故陥れようとしているのかは分かりませんが、そこで下男より先に懇談会場に乗り込んで話を聞いてみることにします。それに関しても左右の二人に聞いてみました。
「今からヤるのか?」
「もしかして賢者様は《転移魔法》を使われるのですか。失伝した魔法と聞いていますが……賢者様ですし、何が出来ても驚きません」
などと言っています。
残念ながら《転移魔法》は使いません。《転移魔法》は一度行ったことのある場所にしか転移できないと言う制限があるので、今回は使えません。他にも色々面倒な制限があります。
そのため今回は単純に精霊界を移動することにしました。会場に居るジニーとの
《自分召喚》は、転移魔法と違い経路さえ確保してしまえば距離無関係で移動が可能です。距離が伸びるほど難易度があがり、転移先にモノが存在しない、安全が確保されている必要がある、自分が一度行ったことがあると言った制限の多い《転移魔法》とは違い召喚先に自分が召喚した精霊が存在すれば良いと言う便利な代物です。
今から作る門は三人ぐらい通れるぐらいの小さい門です。本当は一人で行こうとしたのですが左右の二人が連れて行けとうるさいからです。
何故かと尋ねると
「賢者様が会場にいきなり現れるとエレシア妃殿下がびっくりなされます。しかも
と言い切ります。しかし両方連れて行くのは難しいので片方だけ連れて行くことにしました。連れて行くのは左のユリニアにします。彼女なら丁寧に状況説明してくれると思います。右の方は屋敷の警備においていくことにします。屋敷の警備は一人も居れば十分でしょう。それからもう一人、天井裏の少女を連れて行こうと思います。以前見たときより肌つやは良くなっていますし、体調も万全と言えませんが大分回復しているようです。体調は《解呪》を使っても問題なさそうな状態までには回復していました。
エレシアちゃんが控室に戻ったタイミングを見計らいジニーとの経路を通して事目の前に虹色に渦巻く
「フ……フレナ様、いつからそこに?」
エレシアちゃんが驚いた顔をします。
「今、来たばかりです。雲行きが怪しいので」
「賢者様、雲行きが怪しいぐらいで《転移》しないでください」
筆頭書記官が問い詰めてきました。そこにユリニアが割り込んでが今までのいきさつを説明すると筆頭書記官は急に声色を変え
「そ、そうなのでしたね。それはお疲れ様ですね。それなら元首閣下をお呼びして参りますわ」
と言い残して部屋を出て行きます。しばらくするとドロルと筆頭書記官が入ってきました。
「例の件かそれでどうなったのか?」
「それについては説明しますが、その前にお聴かせください。何故私達がこの件を秘密裏に調査しないと行けない理由とは?やはり……?」
ユリニアが尋ねます。
「それについては僕から説明するよ」
突然、後ろから声が掛かってきます。これは忍び込んだと言うより私達が門をくぐる前からここに潜んでいた様です。未知の幻術で身を潜めていたようです。それが出来そうなのは一人しか思いつきませんが、確か……誰でしたか……尾も出せません。
「その声は……誰です?」
狩人の格好をした小さなエルフの少女が目の前に現れます。少女と言うには年取っているような違和感がありますが」
「僕はルエイニアだよ。エルフの王国のギルドマスターの。賢者様は、お忘れれになられたのですか?」
そういえばあの冒険者ギルドに胡散臭いギルマスが居るのを思い出しました……思い出したくない記憶です。
「実はそこに
ルエイニアはまだ冬と言うのに露出度の高い格好をしています。アルビスはエルフの王国よりやや暖かいとは言え冬は寒いのに半袖、半ズボンは流石にないと思います。むしろアルビスの市民は——特に女性は——露出度の非常に低い服装をしているので、この格好で活動しているのは相当違和感ありまくりな気がするのですけど……。
「単に面白そうだからですよね?」
ルエイニアの性格を考えるとその方が正しそうです……と言うよりそれ以外有り得ませんと確信を持って言います。
「あ、分かった?ギルドの仕事って退屈だし、たまには刺激が欲しいから。あ、仕事は副ギルマスにしっかり押しつけて来たから問題ないよ」
ルエイニアがウインクしています。
私がギルドで見たときは何時もサボっていた気がするのですが気のせいでしょうか?周りをチラ見すると元首が引きつった笑いをしているのが視界に入りました。
「それよりこれが調査結果だ、ここから北に一エルフ里行った森の中に奴隷収容施設があるよ。君の弟さんもたぶんそこに居ると思う」
ルエイニアは、ドロルに地図を渡しながら屋根裏の少女に声を掛けます。
「……でも、弟は剣闘士にするために売られたと聞いていますが?」
戸惑った口調で屋根裏部屋の少女が言います。
「違うよ。帝国に売るために連中が買い付けたんだよ」
「君は確か市民の娘さんだよね?」
ドロルが溜息をしながら言います。
「はい、閣下は父の事を知っているのですか?」
「昔、世話になったからね。しかし、こんなところに居るとはどうしたのか?」
そう言うと少女は以前聞いた身の上話をします。
「そうかエリウの下に居るあの女中か……あいつは元々奴隷商の頭だ。奴隷の扱いが余りに酷いので奴隷商の資格を取り上げられてたのだが……まだ裏でこそこそやっていたのか……気がつかなくて済まない。知っていたらただち連中を捕縛して解放していた。それは大変だった。このドロルの節穴を許してくれとは言わない。しかし、わしに出来る事ならなんでもしよう」
「……それでは弟に会わせてください」
「心得た。ルエイニア殿、手はずは整っていますか?」
「既に準備済みだよ。花火を打ち上げの瞬間に収容所を襲撃する準備は整えてあるさ、じゃ僕は現場に戻らないと行けないのでこれで退室するね。じゃまた後で」
そう言い残すとルエイニアは、ふっと消え去ります。幻術で姿を隠してこっそり出て行ったのだと思います。
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