アルビス市民国編26 お昼の巻五


 指輪をはめた男が指輪をはめた手を振りかざして周りを逡巡しています。そこに首領が声をかけます。


「それでどこに居るか分かったか?」


「……いえ、今探しているところです……おい、野郎共さっさと探せ」


 そう言うと野郎と呼ばれた人達が、周りのあちこちの建物中を探し始めます。当然私と妹さんが入って居る建物中も念入りに探していますが、私達には全く気がつかず近くを通り過ぎて行きました。


「いいか、相手は魔法の使い手だ。だが完璧ではないはずだ。魔道具も効いていることだしな。空気の違和感を感じたら、すぐに報告しろ」


 指輪をはめた男が周りに言います。


 そこに親分と呼ばれた男の一行が広場に踏み込んできます。後ろに大きな半裸の男を控えさせ、その周りをナイフを握りしめた胡散臭い男達がそれを囲んでいました。


「おい、お前ら俺の縄張りで何をやっている……しかも大仰に魔法無効化の魔道具まで使いやがって、魔法使いの奴隷でも逃げ込んだのか?それとも今から剣闘奴の決闘でもやるきなのかい。あいにく俺らは魔法とは無縁だから意味ないけどな」


 そう親分は言い放ちました。


「お前らこそ、ここで何をやっている。この俺はな庶民派議員ドマル様の申しつけでここに来たのだ。お前達こそ、このようなところで一体何をやっている?」


 首領が言います。


「ふん。こちとら庶民派筆頭のアグル様の命令で来ているんだ。……二流議員のドマルの配下ども。さっさとどけ」


 お頭が言い返します。


「そのような名前を気軽に出すなお前ら。詐称なら高くつくぞ」


 それに首領が言い返します。


「お前こそ、ドマルの名前を出してタダと済むってんじゃないだろうな?」


 それが合図となりお頭の配下がナイフを抜いて身構えます。


「お頭、こいつらやっちまいましょうぜ」


 そういうとお頭の部下の一人が、抜いたナイフの刃をぬめっと舌で舐めています。刃を舐めても美味しくないと思うのですけど彼等は鉄分が不足しているのでしょうか?野生の動物が砂鉄や鉄鉱石を舐めているの見たことがあるのですが彼等もそれと同じなのでしょう。それはともかく非常に険悪な空気が流れていました。この状況は、止めに入った方がいいのでしょうか?それともやり過ごした方が良いのでしょうか?このような状況でどう行動していいのかはっきり言って全く分かりません。人間さんの書いた薄い本に似たようなシチュエーションが無かったかと記憶の糸をたどることにしました。


 ……喉に小骨の引っかかった様な感じで上手い具合に良いシチュエーションが思い浮かびません。


 ……と言うことでしばらく様子を観察することにしました。


 お頭の手下と首領の手下がお互いに目を細めて見つめ合っています。口をとがらせ相手に近づくと首を上に振り上げてそしてジリジリ後ろに下がる動作を交互に繰り返していました。これは人間さん達のコミュニケーションの一手段なのでしょう。その挙動が面白いのでまじまじと観察していました。


 その時、妹さんが息苦しいそうな感じで寝返りをうちました。観察は取りあえず一旦横に置き、妹さんの様子をチェックします。


 呼吸、安定。


 体温、平常。


 魔素マナの流れ、若干不安定。


 体内で淀んでいる魔素の流しを少し正してあげます。すると妹さんは、再び穏やかな吐息をたてて再び寝つきました。


 妹さんが落ちついたのを見ているいよいよお頭と首領が乱闘を始めていました。……しかし何故全員及び腰で戦っているのでしょうか?恐らく刃物が身体に当たると痛いからでしょう。戦闘向きの装備はしていないので武器が直撃すると痛そうですけど全部回避すれば良いだけの事ですから腰が引ける様な状況ではないと思います。その中でお頭の隣で立っている一際大きい男が棒を振り回して居ます。それを対する首領の部下数人が回りを取り囲んで縄を振り回して居ました。


 そうして乱闘が始まるとその二つの集団をさらに取り囲む様な集団が後からやってきました。この集団は最初から気がついていましたが中には見慣れた人物が混じっている様なので全く気にしていませんでした。彼等も要約ここに姿を現しました。


 勿論見知っている人物がそこに混じっていまいした。それはメイドの様な服を来た清掃係の二人組です。そこで念話を飛ばして話を聞いてみることにしました。


(そこの……どっちでしょうか?ここに居るのは何故でしょうか?)


(左のユリニアです。賢者様、そろそろ名前を覚えてくださいませ)


 ——と言われましても《里》の暮らしで名前を覚える必要が全く無かったので名前を覚えるのは勘弁してもらいたいところです。それはともかく詳しく話を聞いてみることにします。


(で、何の用事でしょうか?)


(……どうやら奴隷狩り一味がここに集まっていると言う話で取締りに来た市民国警邏隊です。それより賢者様は何故ここに居るのでしょうか?)


(ちょっとした人助けです)


 右と左の二人は、総督の頼みで奴隷狩りの調査の手伝いをしているようです。


「おまえら富裕派の犬だな?誰の手下だ?禿頭ダルムか?太鼓腹エーユか?それともへなちょこユサンか?」


 突然現れた一団にお頭がかなりの挑発口調でまくし立てていました。


「どこの犬だか知らんがこのドマル様の腹心の仕事を邪魔した代償は高くつくと思え……亜人風情が」


 ——と首領も言います。


「亜人とは?」


 右の方が言うと次の瞬間、首領が這いつくばって地面に口づけしていました。これは恐らく理気術の縮地を使ったようです。須臾に移動する術で相手は突然目の前に現れた様に感じると思いますが、仕組みは単純で、ものすごく早く移動して止まるだけです。《里》なら十歳ぐらいで普通に出来る動作ですからそれほど難しいものでは何はずですが首領とその周りに居る人達は凄く驚いているようでした。


 そこから素早く右手で叩いています。あの勢いを避けなければ地面に這いつくばるのは必然です。避けるのはさほど難しくないと思うのですが、どうやら直撃を食らったようです。


 続いて左右の二人は素早く正確に首領とお頭の配下を地面に這いつくばらせていきます。そこかしこに縄でぐるぐる巻にされた頭領一味とお頭一味が転がされていきます。


 ……

 ……


 何やら一段落したようなので、一度顔をだした方が良いでしょうか?左のに聞いてみることにします。


(奴隷狩りでは無い方は、どうやら賢者様を追いかけてみたいですけど)


(ずっと付けられてましたからその可能性はありますけど害は無いから放置していただけです)


(まぁ下手に街で暴れられても困りますから、それで正解だと思います)


(ちょっと私はノルシアではないですけど)


(しかし、同士討ちですか……)


(同士討ちとは)


(……それ以上説明すると話がややこしくなるので、今はそのままじっとしていてください。一段落してから説明しますから)


 じっとしていてくださいと言われたので、しかたなく妹さんの様子を観察していることにします。


 しばらくすると右と左の一行は縛り上げた首領とお頭の一団を数珠つなぎにして引っ張っていきます。喧噪なりやまなかった広場が一瞬にして静粛になります。閑散さと殺風景な風景が組み合わさるとそれはまた情緒がある風景です。しばらくこの情緒を味わうことにしました。


「ふぅ……」


「何黄昏れてるんだよ。妹はどうしたのだよ……」


「風情がありませんね」


 警邏隊が撤収してから、ほんの少しの間にミードら子ども達がわらわらと広場に集まってきました。もう少し情緒を味わいたかったところです。しかし何処に隠れていたのでしょうか?気配を追いかければ分かりますがそこを知るのは何か違う気がするのでそのままにしておきます。


「しかし仲間同士で勝手に同士討ちした上、警邏隊に取り押さえられるとか、今日はよく分からねぇわ……《銀髪の魔人》って実は神のみつかいか?」


 ミードが不思議そうに首を傾げています。


「それより、妹さんは、ちゃんと治しましたよ。まだ体力が回復していないから無理はさせてはいけません。それから、毎日この薬を飲ませる事。《呪い》と《病気》が治っても身体が元に戻るまでは時間掛かりますから無理させてはいけませんよ。肉体も霊体も幽体も予想以上にダメージ受けていますから」


 ここは年上らしいことを言っておきます。


「ああ、分かったよ。この薬を飲ませればいいのか?」


「一日三回、良く含ませてじっくり飲ませてください。後は滋養に言い食べ物を食べさせてください。消化に悪いモノは避けてください」


「前者は分かったが、後者は善処する」


 どこかの役人みたいなセリフになっていますけど……


「それでは兄妹仲良くするんですよ」


 そう言い残して私はその場を去ります。


 市場に戻ると結構な時間が過ぎていました。大体夜明け六刻16時過ぎぐらいででしょうか?そろそろ日が暮れそうですし市場でアイスクリームを買って帰りました。屋敷に戻るとエレシアちゃんも戻っていたのでアイスクリームを半分に分けて食べました。ノルシアの分はありません。そういうとノルシアは今から市場に行くと言い残して飛び出して行きました……一人で買い物出来るか心配ですが……まぁ大丈夫でしょう。


 しかし今日は眼福の日でした。

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