アルビス市民国編13 冒険者戦その二

 翌朝時間があるのでゆっくりした後、闘技場に向かいました。


 しかる後試合の呼び出しがあります。この試合は生き物や魔物の持ち込みを禁止する以外に魔道具や薬瓶ポーションなどの持ち込みの制限は無いそうなので巾着を持って試合に臨むことにしました。


「次はみんなお待ちかねの〔金獅子の夜明け〕の登場だ!」


 と言う《拡声術式》と共に闘技場から大歓声があがります。


「対するはエルフの魔法剣士、新人フレナだ。なんと昨日は四連勝だ!」


 今度は微かな歓声が聞こえます。『なんだハズレかよー』と言う声やブーイングも聞こえます。というよりブーイングの方が大きな気がします。今日も森の木のざわめきだと思っていくことにします。


 会場に出ると右手に幅広剣ブロードソード、左手に盾を持った優男を筆頭に六人のむさ苦し男が待っていました。右から剣と盾を持った戦士、一戦目に似ている筋肉鎧に連接棍フレイルを持った剣闘士、長い槍スピアと短い投げ槍ジャベリンを背負った槍使い、板金鎧プレートメイルを着込んだ僧侶らしき男、弓を背負った軽装のハーフエルフの付与術師、重そうな法服ローブを背負っている魔法使いの順に並んで立っていました。むさ苦しさが六倍……いや六の六乗で46,656倍ですね。


「よお、お嬢さんは間違えてきちゃったのかな?」と優男が言います。「お兄さんが優しく訓練してあげるから切りが良いところで降参しておくと良いよ」


 ……このむさ苦しい男は一体何を言っているのでしょうか?お兄さん?とてもではないがお兄さんと言うよりおっさんの方が近いと思います。もしかしてこれは時間稼ぎと言うモノでしょうか?一瞬で試合が一瞬で終わってしまうのは観客に対して良くないと言う話を昨日聞きましたし、恐らく時間稼ぎをしているのでしょう。そこで話を合わせることにします。


「それは一対一で戦うと言う事でしょうか?」


「ああ、お嬢ちゃん一人に六人掛かりじゃ〔金獅子の夜明け〕の名折れだろ。だからまずこの俺、神速のジャハンが指南してやる」


「それではお願いします」


「こっちに併せて剣を打ち出すといいよ」


 はぁ……、このおっさんは一体、何を気取っているのでしょうか……取りあえず幅広剣に向かって抜いた剣を振り下ろします。これは《里》の武器庫に転がっていた軽い剣です。


 スパッ!


 戦士の幅広剣の真っ二つに切れ片方が飛んでいきます。


「ああもしかしてお嬢ちゃんは、武器だけ良い系なのかな?四連勝は武器のおかげかな?しかし、その剣見たことないけど中々凄い切れ味だな」


「この剣ですか?《里》の倉庫に千年以上うち捨ててあったやつを拾ってきただけですよ?」


 それを聞いた付与術師が叫びます。


「その剣は千年ものだと?しかも無造作に放置されていたのにもかかわらず錆一つ無く輝きそれだけの切れ味を維持しているだと!相当な業物に違いない!」


 ……いやこの剣は《里》にほぼ捨ててあったものですからそんな業物では無いはずです。会場の方はそれを聞いて何やら納得している感じがするのですが恐らく気のせいです。見るからに余りものミスリルで作った量産型の剣に過ぎません。その程度の剣なら《里》に千本以上眠っているゴミみたいなものです。何しろ《里》には二百人ほどしか住んでいませんから一人五本配っても余る代物です。壊れても良い剣に違いません。そう思って持ち出してきたわけです。


「……ミスリルいやオリハルコンやアダマンタイトそれとも見知らぬ金属で出来ているのかその剣は?それじゃ、その剣に負けない様にお兄さんも魔剣〔神虎咆哮〕を使うしか無いなぁ。これはアダマンタイトの壁に打ち付けても傷一つ付かない名剣さ」


 そういいながら戦士は一旦後方に下がり予備の剣を探しに行きます。変わりに剣闘士が前に出てきます。筋肉を鎧に纏った剣闘士は所詮で戦った狂戦士バーサーカーよりも更に一回り大きく顎には切りそろえた髭?をはやし胸からお腹にかけてびっしり生えている剛毛を誇示しています。見るからにものすごくむさ苦しいです。正直このむさ苦しさを表現する語彙を私は持っていません。仮に持っていてもそれを表現するのに時間を費やしたくはありません。


「ここからは俺の出番だな。〔金獅子の夜明け〕の剣闘士血塗れのガシューが相手してやるぜ。その柔い剣じゃこの鈍器はふせげねぇぞ」


 会場から『待ってました血塗れの』『あの床割を見せてくれよ』などと言った大きな歓声が上がります。


 それを歓声に対して剣闘士が連接棍フレイルをぶん回して答えています。長い棒の先に鎖でつながれた刺々しい金棒が付いており剣闘士がぶん回すと唸り声を上げながら金棒がぐるぐる回転します。これに当たったら〔血塗れ〕になりそうな感じです……当たればですけど。それに対してまた歓声が上がります。そうすると剣闘士がまた連接棍をぶん回します。


 連接棍をぶん回しながらまるでサイの様にのっしりこっちへ向かってきます。……もしかしてこれも時間稼ぎでしょうか。そして十分な間合いを取ると剣闘士はそこで一回立ち止まります。


「どうだ、みたか?こいつはマジで当たると痛いぞ。降参するなら今のうちだぞ」


 そう言いながら剣闘士が連接棍を振り回しながらこちらにジリジリ近寄ってきます。


 ——しかし遅すぎます。歩みも遅いしはえが止まりそうなぐらいに連接棍の回転が遅すぎるので隙をみてこちらから懐に潜り込みます。


「流石にここは死角ですよね?」


 私はニコリと笑うと連接混のつなぎ目の部分を剣で斬り下ろします。刺々しい金棒部分がそのまま勢いをのせたまま観客席に飛んでいきます。


 ——危ないので叩き落とさないと行けないので一歩下がって棍棒に飛ぼうとしました……その前に一本の投げ槍ジャベリンが金棒を叩き落とします。金棒が大きな鐘の様な音を建てながら地面を転がっ行きます。


「……おっと危ないな。血塗れの旦那の武器は外れると危ないんだから気をつけないとな。気を付けて見ていて良かったぜ。これで何度目だよ」


「お前は今まで食べたパンの数を覚えているか?残念だが俺は覚えてない」

「おい旦那、飯とやらかしは別だろ。観客席に飛んだら血塗れになるのは一人や二人じゃ済まないんだからさぁ」


「——おかしいな、ちゃんと手入れしたはずなのになぁ……まぁ、相手は後にしてやるわ。命が延びて良かったな。俺は武器を変えてくるわい」


 剣闘士は床に転がっている金棒を拾うとただの棒になった連接棍を持って後ろに下がります。どうやら私が早く動きすぎて金棒がすっぽ抜けただけと勘違いされたような気がします。


「それじゃあ、お嬢ちゃん次はこの俺の出番だな。槍を持たせりゃフェルパイア随一の偉丈夫、槍使い旋風のイズンとはこの俺の事だよろしくな」


 そう言いながら槍を振り回し一回転しポーズを決め笑顔でむさ苦しい顔で睨め付けつけてきます……背中に悪寒を感じます。ぞわっとする感じです。

「皆、俺の勇士を見てくれよ」


 観客席に向かって手を振ると黄色い声援が飛び交っています……全く理解出来ません。フェルパイア人はこういう……野生系が好きなのでしょうか?


「さあ、お嬢ちゃんかかってきな。俺の槍が滾っているぜ。こいつでヒイヒイいわせてやろう」


 そう言いながら槍男は槍をやたら格好を付けながら槍を振り回しています。スピアの長さは背丈の1.5倍ほどあり戦場で使う槍よりやや短めと言ったところでしょうか?槍と言ってもパイクと呼ばれる長槍とは違い槍男は短めのふり増しやすい槍を振り回しています。それより、この野生児は一体何が言いたいのでしょう?


「槍は剣と違って突く、殴る、切る、すくうと応用が効く武器なのさ。リーチは近距離から中距離までカバー出来るって訳だ。パーティの中列から突いたり前衛で術師を守ったり、背後に居る敵を突き飛ばしたり、使い方次第でいくらでも応用が利く万能兵器だ。いざとなれば一撃必殺を投げつけるることも出来るって寸法よ。まぁこいつはひたすら突くだけとは違うのよ!こいつで夜も寝かしてやらないぜ!」


 槍使いはそういながら指をくねくねと動かしています……どうでも良いのですが……この野生児は一体何がやりたいのでしょう。しかし、会場から一際大きな黄色い歓声が飛んできます……人間さんの感覚が少し理解出来ません。まぁエルフの王国の騎士よりは多少マシだと思うことしましょう。


「さぁ、お嬢ちゃんかかってこないならこっちから行くぜ。最初は痛いがそのうち快感になるかもな」


 槍男が真っ正面から槍を突いてきます。その上からそのまま剣を振り下ろすと槍が真っ二つに切れました。しかし、この薄くて軽い剣はとても良く切れます。その辺の倉庫に捨ててあったとは思えないぐらいの切れ味です。これなら肉を切るにも魚を捌くのにも重宝しそううな感じです。


 槍男の方を見ると呆然として立っています。


「おかしいな……。槍が割けるとはなぁ」


「そりゃ、疾風の暖炉の側に置きっぱなしにしたんじゃねぇの?それで割けたって寸法じゃないのか、それとも昨日使いすぎたのか?」


 後ろから見ていた剣闘士が笑いながら言っています。


「いや、旦那と違ってちゃんと手入れはしているし、昨日はちゃんと休んでいるぞ……まぁこいつは練習用だし寿命だったんだろうな。まぁ予備の槍は常に用意するのが槍使いの流儀ってモノさ」


 槍男はそう言うと後ろに戻って槍を取りに戻ったようです。変わりに出てきたのは胡散臭い板金鎧を着込んだ僧侶です。とても重そうな板金鎧の上から赤い外套マントを着込んでいます。


「我は戦闘神のしもべ、無慈悲のサズルである。そこの娘、素直に我の無慈悲を受け容れろ」


 僧侶は高圧的口調で自分語りを始めます……むさ苦しい自分語りは正直記録する価値は皆無だと思うので省略します。ただわざわざ戦闘神と言うからには一柱神を信じるマースドライア教の信者ではないようです……そもそもマースドライア教には僧侶なるものは存在しませんでした。しかし、戦闘神と言うには聞いた事が無い感じです。マイナーな亜神か土着の神様でしょうか?まぁ芋虫でも熱心に信じれば信仰魔法は使えますから問題ないとは思います。


「さあ我の説法を食らえ」


 僧侶は鎚矛メイスを掲げると神に祈るような仕草をします。祈りが終わると鎚矛の殴り付ける頭部の部分が赤く光ります。


「さあ我の無慈悲を食らうがよい」


 そう言いながら僧侶がこちらに向かっていきなり鎚矛を振り下ろします。私は半歩引いてそれを軽く躱します。


「娘よ。うまく避けたな。しかし、それもいつまで持つかな?この聖なる鎚矛は敵を屠るまで輝き続けるのだ。鎚矛は我が無慈悲を食らわせるまで《無敵》の光を照らし続けるのだ」


 ……と言っていますがどう見てもただの虚仮威しです。おそらく《聖光ホーリーライト》を鎚矛にかけただけでしょう。それでも観客席は大盛り上がりの様相を呈しています。そのうち観客席からコールが湧き上がります。観客が立ち上がって一斉に僧侶の名前を叫びます。


「サズル、もっと無慈悲を!」


 今度は僧侶が横薙ぎに鎚矛を振り回します。


「サズル、もっと無慈悲を!」


 正直このノリには少しついて行けません。


「サズル、もっと無慈悲を!」「サズル、もっと無慈悲を!」「サズル、もっと無慈悲を!」


 コールが一回終わるごとに鎚矛の赤い輝きが明るさを増していきます。


「娘よ。見よ。これが神の光だ。降参するなら今の内だ」


 輝きが一段増すごとに鎚矛を振る速度と力強さが一段増していくような感じです。こちらは恐らく信仰魔法の《勇者ブレイブ》です。《祈れば祈るほど力を増していく魔法です。祈りの力をパワーとスピードに変換するのです。恐らく観客の応援すらも祈りの力として取り込んでいるのでしょう。どうやらこういう場面でも〔金獅子の夜明け〕は魔法連携のギミックを利用している様です。《聖光》と《勇者》の二種類の信仰魔法を合わせて使っている様です。《勇者》の魔法はここに来る前にかけてきた感じです。魔素の動きがトリッキーな信仰魔法は読みにくいのが難点です。しかし信仰魔法には独特の癖があるのでそれさえ分かってしまえば発動前に大体わかります。今回は弱い信仰魔法の組み合わせなのでその癖を読むまでに時間が若干かかってしまいました。


 この《勇者》の魔法で何処まで加速していくか見てみたい所ですが、まだ後が控えてますよね。あまり長引かせるのも問題あるかと思います。今のところ武器には武器で帰してきましたが魔法には魔法で返すべきでしょうか?それとも剣で鎚矛を破壊するのが良いでしょうか……それとも剣に付与魔法で返すの王道でしょうか……返し手をどうするかと少し考えます。


 その間に僧侶はどんどん動きを加速し動きが徐々に速くなっていきます。既に板金鎧を着込んでいないかのような身軽さで動いています。僧侶の一撃を半歩ずらして躱した後、また少し逡巡します。


 魔法には魔法を武器には武器をと言う事で、ここはナイフに魔法を付与して投げつけることにしましょう。ナイフに《爆砕ブラスティング》の魔法を無詠唱で唱えると僧侶に向かって無造作に軽く放り投げます。


 ナイフが僧侶の目の前ではじけ飛びます。その衝撃で板金鎧は凹み僧侶は吹き飛ばされます。しかし鎚矛はまだまだ赤く輝いていました。


「……どうやら目に砂が入ったようだ。後で説法してやるからしばし待て」


 ——しかしこの僧侶、どこまで上から目線なんでしょう……。


 僧侶は鎚矛を担いで後ろに下がっていくと今度は変わりに付与術師が前に出てきました。


「僕はハーフエルフの付与術師・弓兵の慈悲のグラハだよ。どうやら貴方は名高いエルフとお見受けする。いざ尋常に勝負。僕って補助専門で直接戦うのは苦手なのでお手柔らかに」

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