アルビス市民国編7 評議会の巻

アルビス市民国の最高議決機関であるアルビス市民国市民代表議員会議、通称市民議会もしくは《評議会》は宮殿のすぐ近くの建物にあるのですが宮殿からの移動は馬車で行われます。安全の為と言う話ですが図書館から宮殿より近いのでわざわざ馬車で移動する意味はありません。どちらかと言うと市民にエルフの王国の王族が来ていることを知らしめる為にやっているようです。馬車は宮殿から《評議会》まで最短距離で進まず、かなり大回りしています。恐らく中央区の中をゆっくり一周している様でした。さらに《評議会》では正装が必要と言うことなのでドレスを無理矢理着させられました。ノルシアはかなり嫌がっていました。左右の二人は、おもわず「誰?」と呟いてしまうほどに着飾っていました。いつもの清掃係の面影は一切なく、どこかの貴族令嬢と見間違えそうな格好をしていました。これも一種の変装で左右の二人は本業に差し支えない様に変装する必要があるそうです。


 アルビス市民国の《評議会》は定員七人で構成されており互選で議長が決められます。総督は《評議会》の上にいる存在ですが議会に参加することはできません。ただし議会の決定に対して拒否権を行使する事が出来ます。この拒否権は評議員六人以上の賛成があれば覆す事ができるそうです。


「……とは言っても拒否権で覆されることはまずないのですよ。要する総督と言うのはお飾りですわ」と総督がエレシアちゃんにアルビス市の政治の仕組みを説明をしています。それを聞き耳立てながら聴いていました。図書館にはろくな本が無いので当事者に直接聞かないといけません。それはともかく、総督は自分自身をお飾りと言っていましたがどうやら総督には法律を立法する権利は有りませんが警邏隊や軍隊の最高指揮権を持っており、裁判管轄権も持っており、訴訟に対する最終裁定権も持っていると説明していました。「まぁそれも法学官の書いた書面に署名サインするだけの仕事だがな」と総督が自嘲気味に言っていました。


 評議員アルビス市民国市民代表議員は市民権を持つ四十歳以上の男性のアルビス市民のみがなることが出来、四年に一回全市民による投票で決められます。この投票権は市民にのみ認められた権利で準市民や奴隷にはありません。市民には両親がアルビス市民もしくは準市民で特別の功績があったもの準市民はアルビスに対する功績に応じて子どもも市民権が得られる名誉市民もしくは一代だけの一代市民になることが出来ます。それから外国人で議会に認められた人も市民の資格を得る事ができます。この市民を定義する市民権基準法と言う法律があり、この法律は割と頻繁に改定されます。そのため市民になれる基準は時代によってかなり変わると言う話でした。これはある程度の市民を維持しないと国家として機能しなくなるため、かつて大災害で市民が大きく減ったときには基準を大幅に緩め準市民以外にも農奴を市民に組み込むこともあったそうです。


「市民権があっても投票場はここ一箇所なので実際に投票できるのは、ここまで来られる人だけですわ」


 なおアルビス市民国市民代表議員選定法の規程により評議員を選ぶには投票日にアルビス市内の《評議会》前まで投票に行く必要があるそうです。たとえ市民権を持っていても他の国に外出していたり、投票場までこられない場合は投票権を行使する事が出来ないそうです。また投票権を持つのは二十五歳以上のアルビス市民の男性に限定されています。例外としては家長が二十五歳に満たないもしくは女性である場合、その家の家長は投票する事が出来るという話でした。


「つまり国外に住んでいる市民は事実上投票できないのです。国外に住む市民や当日投票に行けない市民や女性にも投票権を与えようと言う議題はあるのですが不正できない投票方法が無いのと庶民派が市内に住んでいる外国人に先に投票権を与えろと言って富裕派と対立して話が進んでいないのが実体ですけどね……」


 男性にのみ投票権があるのはアルビス市の成り立ちと関係があり評議会と言うのは元々内乱時代の戦争の指揮系統を一本化する為に作られたからです。現在奴隷が担っているアルビスの国防は本来、結婚して落ち着いた男性が担っていました。女性は一部例外を除いて国防への直接参加が許されていませんでした。国防への義務は子が一定以上に達した年齢と言うことで二十五歳と言う年齢が設定されていました。本来二十五歳から五十歳までの男性が国防の義務を負っていたと言う話です。常時戦争があるわけではないので平時は主に武器の鍛錬、戦時は状況に応じて抽選で兵隊になる市民が決められていました。実際に例外は魔法使いと法学官でこれは男女問わず義務が発生しました。これらの集められた軍を率いていたのが評議員なのだそうです。そのため評議員は将軍としてふさわしい能力を持つものが推挙されていたらしいです。評議員は将軍になると一軍の指揮権を得ます。もし一軍で足りない場合は複数の評議員将軍の合議で軍事の方針が決められていました。


「……とはいえ今時の魔法使いは大体海外で冒険者稼業をやっていて、たまに闘技場に参加する為に帰ってくるぐらいでな……女性の魔法使いに至っては帰ってこないのだ。あまりに帰ってこないので魔法使いであるだけで投票権が得られる特権が無くなった訳だな。……まぁ義務を果たさなければ権利もないと言うことだ……もちろん魔法使いの国防の義務も同時に廃止になったな」


 現在のアルビス市民国は国防を奴隷にやらしているので市民に果たして義務があるのかは謎です。このように国防が変化したのは《エルフの王国》に現れた《勇者》や《英雄》と関係しているそうです。彼等の働きでこの辺り一帯の魔物が掃討されしまうと北を《砂の大瀑布》、東西を渓谷、南を同盟国のみと接しているアルビス市民国に於ける国防は単なる税金泥棒になり、国防の義務についている市民には休業保証金、軍役中に怪我を負った市民には見舞い金、戦死した市民には遺族年金、兵役の義務をまっとうした市民には退役年金などとにかくお金がかかるのでいっそのこと無くして奴隷にやらせてしまおうと言う話になりました。この法律を《アルビス市民の権利を守る為の新しい国軍創立法》、通称マグル法と言います。この法律は軍の大半を奴隷とし、不足分を傭兵で補い、監軍と将軍のみを市民が行うとした法律で大体百五十年程前に成立しました。ほんの少し昔の話です。


 このように国防軍をルーツとする評議員に対し、総督はそれより古い統一国家の由来があります。


「それから総督と呼ばれるのは元々数百年前この辺りを支配してた北フェルパイア王国旧王国と言う国があってだな国王からそこから名代として指名されていたのがアルビス総督でしてな王国が断絶してした後も総督がアルビスを支配つづけたのですよ。我々は、この時代をアルビス総督国時代と呼んでいますがな。この初代総督ムルグはキレものだったので市民に受けいれられたそうだな。そのままムルグの子孫が総督を地位を引き継ぐことになったのだがな、それはすぐ破綻したのだよ。ムルグの三男である三代目のマルグ総督時代の話だな。マルグは魔族との戦争で大敗を喫し戦死し、軍隊も壊滅したのじゃ。それでアルビス市民はムルグの一族に詰め寄り総督の権利を剥奪し出すことを廃したのじゃ。当時の将軍は総督の指名していたそうだだな。この指名権も剥ぎ取り新たな将軍を選挙で決めることになったそうだ。これがアルビス市民国の設立になるのだぞ。おおよそ四百五十年前の話じゃな」


 ドムル総督は長々と説明してくれました。総督はアルビスの歴史について図書館より相当詳しいみたいなのでもう少し詳しい話を聞きたいところでしたが、ちょうど馬車が《評議会》に到着してしまいました。続きはまたの機会にすることにしました。


「こちらが市民国評議会です」


 馬車を降りるとそれは《評議会》と言う割にはそれほど大きくない建物ですが屋敷として見た場合は割と大きい建物です。


「こ……ここで良いのでしょうか?」


 私達は先に評議会に降りたっていたのですが、後からやってきたエレシアちゃんが緊張した面持ちで声を震わせながら馬車から降りてきました。左右の二人がその左右を警護しています。


「エレシア様、落ち着いてください。普段どおりしていれば良いのです」と筆頭秘書官が諭していました。


 評議会の中に入ると大きな吹き抜けのホールがあります。


「このホールは選挙の時は投票場になります」評議会の入口から付いてきた案内らしき人が言います。


 左右に官僚達の部屋があり奥は議員の控え室と会議場があるそうです。


「評議員は全部七人ですからそれほど大きな会議場ではありません。闘技場の受付より小さいぐらいです。共和国ぐらいになると議員が沢山居るので宮殿ぐらいの会議場があるそうですよ」


 そう言う大きい国では数百人と言う《里》より多い人達が集まって政治について話合うそうです。それだけ多いと意見がまとまらず何も決まらない気がするのですが大丈夫なのでしょうか?


「……議論で決めるといつまで経っても決められないので最後は多数決で決めます。アルビスの場合、議員が七人ですから四人以上の賛成があれば可決され三人以下なら否決されます」


 話し合いでは話がまとまらないので最後は多数決で物事を決めるのだそうです。


「それではこちらの来賓食堂でしばらくお待ちください。もうすぐ議員達もやってきます。それから評議員会ではフェルパイア語が標準語になります。共通語は無礼になりますのでご注意ください」


「そ……それでは失礼します」


 エレシアちゃんが拙いのフェルパイア語で言います。食堂の長いテーブルの上にはフォークとナイフ、スプーン、それから大きな皿とナプキンと水の入ったボールが置いてありました。その奥側に私達は案内されました。


 しばらくすると評議員らしき人達が七人ほど入ってきました。ほとんどは皺だらけの年を取った男性ですが中には少し若そうな人も混じっています。


 七人の議員が席に座ると周りの給仕が慌ただしく動き周り食事の持ってある大皿を並べ、それを銘々の皿にとりわけていきます。そして銀のグラスに葡萄酒を注いでいきます。私とエレシアちゃんは断りを入れて蜂蜜水に変えて貰いました。


 まず評議員の中で一番偉い議長と言う人がこちらに挨拶をします。議長の名前はダルムと言い富裕派の筆頭議員です。議会で少数派のダルムが議長についているのは理由があるそうで議長は最終決定権を持っている代わりに議事進行専任義務があり議題についての発言権が制限されると言うでした。庶民派は多数派であるのに関わらず議長職をダルムに推したとの事です。理由はそれだけではなく庶民派も一枚岩ではなく、特にマースドライア信者ではない庶民派議員のエリウを牽制する必要があるからと言う話だそうです。それから庶民派議員が議長職自体を敬遠している部分があるそうです。これらの事情はドマル総督が説明してくれました。「副業に支障がでるからだろうな。議長職は意外に忙しいからだろう」と言っていました。


 次に議長の挨拶に対してエレシアちゃんが挨拶をし、筆頭書記官が今回の使節についての説明します。


「……と言う訳でエルフの王国としても帝国の動きは当面抑えて起きたいので代表としてエレシア公女殿下を派遣する事にした訳です」


「……とは言ってもなぁ」


 ガラの悪そうな庶民派の議員の一人アグルが言います。一見した身体の線は細い痩せ型の男ですが、そこから胡散臭いオーラがダダ漏れしていました。


「ここはフェルパイアの北のハズレだから帝国が攻めてくるのかあり得ない話だろ。それより今のエルフの国はそんな青髪の奴を送りつけてくるのか?いつもの緑髪の連中はどうした」


 と言いながら笑います。それに釣られて他の民主派の議員も笑いこけます……とても無礼な連中です。


「我がエルフの王国は現状、外から魔獣の侵入が激しく四王女も砦の守備から離れる事が出来ませので代理として次位に居る公女殿下を派遣したのですし、貴方の国ではなくフェルパイア連合全体への特使です」


 筆頭秘書官がグラスに入った葡萄酒を飲み干してから詰めよります。


「そうは言っても軽く見られたもんだよなぁ。所詮アルビス市民国は辺境にあるどうでも良い国なんだろ」


 アグルが唾を吐くように話しかけてきます。筆頭秘書官が再び葡萄酒をあおりながら詰め寄ろうとしたところで総督が割って入ります。


「いやいや、このような小国にエルフの使節がお立ち寄り頂けるだけでも大歓迎でございます」


 総督が頭を下げます。議長がしかめ面でアグルの方をにらみつけます。アグルはその視線をそらすかのように苦虫をかみつぶしたような顔をしています。


「いや、こちらも口が過ぎたようです」


 筆頭秘書官も一旦引きます。その間エレシアちゃんはオロオロしている感じでした。左と右の二人は殺気だっています。一方ノルシアはひたすら肉を食べまくっていました。会場がピリピリしている時は、このぶれない姿勢はむしろ清涼剤と言えます。


「いやしかし、そこ護衛はハーフエルフですか?貧相な護衛ですな?」


 アグルが今度は私を指さして言います。


「い……いえ、ハーフエルフでは無く上級ハイエルフの魔法剣士です。い……位階レベルも10あります」


「いや、そのおかしな耳はどうしてもハーフエルフだろ。それに髪の色も灰色で緑でも青でも無いでは無いか。それにエルフの国の冒険者ギルドの位階だろ……そもそも、あそこに大した依頼もこないから適当に付けているだけだろ」


 庶民派の議員の一人ドマルが言います。それに対してエレシアちゃんはうつむいて震えています。それに対して議長が口を挟みます。


「アグル、見た目だけで判断するのは悪い癖だぞ。失礼を申すな」


「年齢だけで議長やっている耄碌爺には言われたくない」


 私も一つ聞いてみました。


「ところでこの国にはハーフエルフを侮辱する風習があるのでしょうか?」


「そんなつもりで言ったわけではない」


 アグルが慌てて取り繕います。


「いや、あいつは、アルメノンで酷い目にあった事があってなアタリが強いだけだ。勘弁してやってくれ」


 遠くで総督が頭を下げています。ちなみアルメノンはハーフエルフの国だそうです。それを遮って庶民派議員達が更に言います。


「しかも、せいぜい位階レベル10だろ……準級Cクラスだろその程度の冒険者ならこの国にも沢山いるわ。うちには超級Sクラス冒険者がいるんだぞ」


 アグルの演説会はまだ終わりません。


超級Sクラスと言ってもた、まに闘技場に顔だけ出す冒険者にお前が強引に与えただけだろ」


 議長が独りごちています。


「で……でもフレナさまは竜も倒したことが?」


「本物の竜がそんなに簡単に現れるものか?竜の姿をしただけの魔獣の類だろ」


 ノルシアの方を見ると一瞬食べるのを辞めてこめかみをピクピクさせていました。私は慌てて食べ物を竜の口に突っ込みます。竜は肉を咀嚼するとまた食べ物を胃袋に流し込む作業を再開しました。


「……ならば勝負ですね。賢者様が闘技場で十連勝すれば謝罪しますか?しかも最上級の謝罪である土下座と言うものでも見せて貰いましょう」


 横から筆頭書記官が口を挟んできました。……えっと、私は何も言ってませんよ……。


「ふん、出来るものならやってみろ。どうせ最初の試合で負けるだろ。十連勝でもしたら土下座でも三拝九拝でもしてやる」


「賢者様、もちろん受けて立ちますよね」


「フ……フレナ様頑張ってください」


「わかりました」


 エレシアちゃんに応援されましたし、ここは頷くしかない様です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る