デレス君主国16 謁見の巻

「みな鷹狩りは楽しんじゃかな。客人よ、そろそろ〔大ハン〕様の宮殿天幕に参ろうと思う」と族長が言います。「ほら、例の件で話したいことがあるじゃろ」


「三男と四男の件ですね」


「サトゥ様とジドル様と面会したいと言う事で時間を取ってある。粗相の無い様にお願いするぞ。うっかりするとわしの首が危ないからな」


「エレシアちゃんは連れてって良いのでしょうか?」


「それは流石にダメじゃな。あくまでもエルフの王国とは関係ない一人の冒険者に対する措置と聞いておる」


「そうですか……」


「フ……フレナ様、私達は休んでいますので……」


「姫様のことは俺等に任せとけ」「私達に任せておけば大丈夫です」


 と左右の二人は言っていますが極めて不安ですがエレシアちゃんを二人に預けて、竜と一緒に族長の後をついていくと左右に長い巨大な宮殿天幕が見えてきました。その天幕は中央の部分が一際高くなっており、左右に少し低い山があります。さながら布で作った宮殿と言うべきでしょうか?宮殿天幕の中は広く明るく帷幕カーテンで仕切られていました。南側の天幕の入口から入ったところはさながら広間のようでそこから前、左、右に帷幕で仕切られた小さな部屋が幾つもあります。恐らく中央の帷幕の奥に〔大ハン〕がいそうな感じがします。しかし、大きさに比べて人は少なく、それゆえ予想より大きく感じられます。その広間の中央には二人の男が座っています。


 左手に座っているのは壮年?の険しい顔つきをした男で椅子に腰掛け左手で杖を突いています。右手で胡坐をかいている不遜な表情を浮かべる男はふんぞり却って座っていました。その周りには何人かの女性が侍っていました。


「左におわすのが〔大ハン〕様の三男のサトゥ様で、右におわすのが四男のジドル様じゃ」


「賢者殿、初めまして。〔大ハン〕様の三男サトゥと申す。このように足が悪くて特製の椅子に座らせて貰っている。見苦しいとは思うが勘弁してくだされ」


 左側の男が言います。それに被せるように右の男が早口でまくし立ててきます。


「お前が賢者か。この俺がデレス一の偉丈夫ジドル様だ。俺の寵愛が欲しくて来たのか?ほら見てくれこのように多忙な身だ。面倒な話ならすぐ終わらせてくれ。ああ、夜の相手ならいつでもしてやる」


 一見すると三男は苦労人の感じがします。四男は薄い本に出てくる典型的な無能登場人物キャラを思わせます。


「サトゥ様は落馬してより足が悪くあのように杖を突いております。ジドル様は、数年で羊を倍に増やすなど近年希に見る功績を挙げられており次期〔大ハン〕候補との声が日々大きくなっております」


 と族長が耳打ちします。人は見かけによらない……いや何か落とし穴がありそうな気がします。昨日聞いた次男の言葉少し引っかかります。


「わざわざお二人をお呼びして私がお聞きしたいことは、ゴブリンの軍団が近づいている事についてどう思っているかです」


「私には家族や従僕達が居る。そのためには何でもするぞ。杖をついてでも軍を指揮しゴブリンの脅威を追い払う気だ」


「そして真っ先に討ち死にするんだろ。前から言ってる様に俺に羊と草地を譲って末子にでも扶養してもらえよ。そうすれば家族とか従僕とか考えなくて済むだろ」


 四男が嘲笑しながら三男に言います。


「それではジドル様はどう思いますか?」


「そんなの俺が命令すれば兵達がどうにかするだろ。俺は羊と女たちの世話で忙しいんだ。そんな事に関わりたくない。最悪ゴブリンに生け贄を差し出せば大人しくなるだろ。戦争なんか面倒だし無駄だわ。そんなことを聞くために俺を呼んだのか」


 四男は、そう言うといきなり起ち上がりどこかに立ち去ってしまいます。「あ、夜の相手ならしてやるぞ」意味不明の捨て台詞をして去って行きます。まあ、ホントは四男の方には用事は無いのですけど。取りあえずどういう人となりか見てみたかっただけですのでそれでも良いでしょう。


「それでは、サトゥ様は身体の調子が良ければ最善線で戦われると?」


「良くなくても戦う積もりだ」


「そこまで言うならその足を見せてくれませんでしょうか?」


「この客人は物知りゆえサトゥ様の足を治せるかもしれません」と族長がフォローします。


「イブルがそう言うなら任せてみよう」


 三男の足を触って足の中の様子を調べてみます。骨が曲がってくっついている感触がします。それ以外にもところどころ凸凹している感覚がします。


「主は何をやっているのか?」


「こうして足の感触を確かめることで悪い部分を探し出す触診と言う行為ですよ」


「なるほど人は身体を治すのに面倒な事をするな」


「ノルシアが非常識なだけです。それに治癒術師は少ないですからこのような治療方法をする事が多いですよ」


 里にも治癒術師は居ませんでした。里では怪我する人も病気になる人も滅多にいないので滅多に必要になりませんし、ちょっとした怪我や病気なら薬草を煎じて飲んだりすり込んだりすれば治ります。見れば草がどういう効能があるのか分かりますから症状によって複数の草を組み合わせるだけです。これは里では赤子の手を捻るより簡単な行為です……しかし外の世界ではそうでは無いようです。足を触れて確認して分かったことがあります。


「これは変な風に怪我が回復してしまってます。本来身体の中でくっついてはいけない組織が癒着してしまっているのです。怪我は治っているのですが、その治り方に問題があるので歩行に支障を来しているのです。そこで足の組織を正常な状態に戻す塗り薬を塗れば改善すると思います。そこで薬を調合するので少し場所を貸してもらえないでしょうか?」


「賢者様、私の足が治るのでしょうか?」


「いや、すぐでは無いですけどこれから用意する塗り薬を言うとおり繰り返し塗れば数日ぐらいで改善すと思います。歩ける様になるだけで完全とは言いがたいですけど、それもその後リハビリすれば良くなると思います」


 宮殿天幕の一区画を調合スペースとして借り、巾着の中から里やエルフの王国などで収集した数々の薬草を取り出します。その中で身体修復能力と状態を正常に戻す力を草をより分けます。里では草は見ればどんな効能が分かるのでわざわざ名前を付けて区別する事は無いのです。

○○の効能のある草とだけ言えば里の誰もに通じるからです。ところがエルフの王国で読んだ本の中にはこのような草の見分け方と名前と効能が書いてある本が何冊かありそれを少し読んでいました。外のエルフや人間さんにはこのような草を見ただけで区別する能力がないそうで、そのためこの本のような指南図がいるようです。それに沿っていえばゲンキニナルヨモギとヨリモドシクサとエルフの王国で呼ばれている草を選んでより分け、残りは再び巾着の中に戻します。


 それから魚の残り身からゼラチン質をより分け粉状にしものも取り出します。これは草の効能を閉じ込め肌に塗るための加工に必要になります。まずゲンキニナルヨモギを低温で煮出し成分を抽出します。ヨリモドシクサは火に炙って灰にしたものを水に溶かし、沈殿した部分を取り除き上澄み液を濃縮していきます。これらの作業は火精と水精を使って行います。デレスの地には精霊がほとんどいないのでこういうときに竜が近くにいると大変助かります。


 最後にゲンキニナルヨモギの抽出液とヨリモドシクサの上澄み液と二対一の比率で混ぜ合わせ上手く塗り薬になるようにゼラチンの量を加減して入れていきます。


 塗り薬はおおよそ半半時ぐらいで完成しました。完成すると再び三男の元を訪れ患部を確かめ作り立ての塗り薬を満遍なく塗り布で覆います。


「最初少し凍みると思いますが、その感覚はすぐにおさまります。それから丸一日は無理に動かない様にしてください。薬の治ろうすると力に逆方向の力を加えてしまうと却って悪くなってしまうからです」


「それで戦争には間に合うのだろうか?」


「それは大丈夫だと思います。少なくともゴブリンとの開戦は年明けになると思います」


「そのころには万全に戦えると言う訳でな」


「いえ足が回復したとしても今まで使っていなかった分の筋肉がそげ落ちています。普通に歩ける様にはなりますが激しく戦うのは難しいと考えてください」


「自力で馬に乗れさえすれば大丈夫だ。今だと輿が必要になるから思うように戦に出られなかったのだ賢者様大変感謝する」


「いえ、まだ薬を作っただけで足が治った訳ではないのでそのように感謝されても困ります……」


「おお、賢者様は大変謙虚なのですな」


 ……どうしましょうのこの問答

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