エルフの王国36 北の塔の巻3

「ヴィ……ミーニアさん、一階に入口無かったような気がしますけど……」

「出入り口なら二階にあるぞ。隣の館と渡り廊下でつないである。だから一階に入口は必要ないだろ」

 何か違う気もしますが、確かに出入り口があれば一階には要らない気もしますが、出入り口があるのが一階だとするならさっきまで一階と言っていた場所は地下一階になるのでは無いでしょうか?なんとなく不思議な感覚がします。

「それでは二階が一階でも良いのでは無いでしょうか?」

「いやいや、地面に接しているのが一階だぞ。だからここは二階で正しいのだ。隣の館の二階につながって居るからな」

 よろよろしながら王女が言います。まだ、無理矢理大きくした身体には慣れていない感じです……この調子で大丈夫なのでしょうか……少し心配になってきました。

 二階は大きな空間が広がっており、広間の様になっています。広間を縫うようにそのまま上の階に進んで行きます。二階に居た執事や兵士やメイド達は、私達の事を気にとめることもなく忙しく動き回っていました。

「時間の割にヤケに人が多いな……」

「そうなのでしょうか?」

「そろそろ寝る時間だぞ、夜勤組ぐらいしか普通おらん。やはり奴めが何を考えて居るか調べねば行かぬ」

 三階は厨房や控え室などがありますが、そこを横目に通り過ぎそのまま四階に昇ります。誰かに引き留められないかと内心思っていましたが、基本無関心の様でそのまま通過しました。

「十階ぐらいまでは、この調子で行けそうだな……問題はそこからだろうな」

「十階には何がるのでしょうか」

「うむ、十階より上が騎士専用のエリアになっている。メイドが立ち入れるのは特別な用事が有るときだけで、基本執事がおらんな」

「そこからは執事に変装するのでしょうか?」

「それはない。執事は身元が確認されているからむしろバレやすい。あくまで中央の塔から来たメイドで押し通すしかなかろう。理由ならいくらでも作れるしな」

 王女が自筆で書いた命令書を見せるだけで大抵はどうにかなるようです。要するに自作自演で押し通す様です。

「それでも、クァンススに近づくほど通じなくなりそうだな。賢……フレニアさん、今のうちに良いアイデアを考えてほしいぞ」

「命令書が効かないと言う事でしょうか……」

「中央の塔からそこまで行けるメイドは大体偉い人だろ、どこから来たかも分からぬ変装メイドと言うだけで疑われる可能性があるな」

「確かにそうでしょうね……いっそのこと透明化してしまうとか?」

 相手から見えなければ気づかれる可能性が無くなります。音や匂いも消してしまえば完璧です。問題は幻術探知された場合ですが、幻術そのものが見破られた事は無いので恐らく大丈夫でしょう。

「透明化とはなんじゃ?」

 どうやら王女には透明と言う概念から説明するようです。そもそも説明の仕方が悪かったようです。

「相手からこちらの姿が見えなくなります。こちらを見てもその向こうにある景色がそのまま見えるので存在自体に気がつかなくなります。簡単に居ると誰も居ないと思わせる事です」

「それは面白そうなアイデアだな。一考しておこう。だが妾……私達が互いを確認できなくなるのではないのか?」

「そういえば、幻術は感知できるものなのでそう言う事は考えたことも無かったです……」

 どうやら透明化には大きな穴があったようです。王女から私が見えなければこの作戦が成立しません。私は幻術探知で探知出来るのでそもそも透明化してもすぐ分かります。要するに意味が無いですね……。

「では他のアイデアも考えてみましょう」

 思いつくまではドンドン上に行ってしまいましょう。

 四階、五階と階段を昇っていきます。

 途中ですれ違ったメイドさんが声をかけてきます。

「ヴィアニア王女様、それからフレナさん、お疲れ様です」

「あ、お疲れさ……いや、お前なぜ妾だと分かる?」

「いやいや、見慣れない顔をがあったので単なるカマかけですよ」

「そういう、あなたは……ルエイニアさんですか」

「いや、僕は違うよ……見間違いじゃないかな」

「口調がそのままですし、その程度の幻術ぐらい分かります」

 幻術と言っても系統が違うので簡単には見破れない訳ですが、なんとなくは分かります。何せこの手の幻術の使い手そのものが少ないですし、神出鬼没なのはこの国ではルエイニアさんぐらいです。

「んー、見破られたか……バレないと思ったんだけどなぁ」

「それより、ルエイニアさんどうして気がついたのでしょうか?」

「ま、それは簡単。後を付けてたから」

「賢者殿、そのような気配はあったか?」

「んーあったような無かったような……。ルエイニアさんは気配を消すのが上手くて人が多いと分かりにくいのです」

「まぁそれだけでは無さそうだな。分身の術とやらも使えるだろ。そこのギルドマスター」

「分身の術ですか?」

「うむ、それも高度の奴だろう」

「やはりヴィアニア様には分かってしまいますか……まぁ分身の一人に後を付けさせていたわけですよ。大体何をされているかも分かっていますよ。クァンススの素行調査をしてるんですよね」

「確かにそうだが。汝はここで何をしている」

「似たようなモノですよ。まぁ面白そうと言うのが大きな理由ですけどね」

 舌を出しながらルエイニアが言う。

「その、自然崇拝とか言うのに興味を持ったのですか?」

「んーそれと少し違うかな。まぁ行けば分かると思うよ」

「このまま行っても大丈夫なのですか?」

「まぁその辺りは僕がどうにかするからさぁ」

「ところで賢者殿、妾はこいつを信用しても良いのか?」

「まぁ詐欺師みたいなものですが、信用してもよろしいかと」

「酷い言い草だなぁ……僕は善良な冒険者に過ぎないのに」

「依頼も無いのに王宮にクビを突っ込む冒険者など聞いた事は無いのだが」

 王女が不思議そうに首を傾げています。

「まぁ、こちらにも事情があるので、その辺りは秘密。協力はしますよ。で」

 なぜかでと言うのが何か引っかかるのです……無償の反対と言うと有償ですか……有償と言うのは何か見返りになるものが欲しいと言う事で、見返りになるのと言いますと知識や情報の類だと思うのです。

「で、どの様な情報が目当てなのでしょうか?」

「やだなぁ。何のことです」

 私は、ルエイニアが一瞬ひるむのを見逃しませんでした、王女もめざとくそれを見透かしたようです。

「まぁ、そんなことだろうと思ったわ。報酬目当てと言わない方が返って怪しいぞ。妾は仮にも王族じゃ。その程度の見返りを用意出来ぬ訳でもあるまいし、わざわざと言う事は何か裏があるのだろ。だが、その辺りは勝手にするが良い。妾は寛大だからな。冒険者ギルドの連中が何かよからぬことを企もうが気にはせぬ」

「まぁ、良いですけどねぇ……。では、こちらから行きますか」

 ルエイニアが階段の壁を小突くと隠し扉が浮かび上がってきます。その時、ルエイニアの指に嵌まっている指輪がボンヤリ光っているのは見逃しませんでした。

「人が来る前に、入って」

 ルエイニアが急かされ、私と王女は隠し扉の中に飛び込みます。

 隠し扉がすっと消えます。

「んー階段が二重構造になっているのか……妾も初めて知ったわ?賢者殿気がついたか」

「探せと言われれば見つかったと思いますが……」

「探す気にならなければ見つからないと」

「そういうことになります」

 聞き耳は能動的に使うもので、受動的に使えるモノでは無いのです。鼻の感度を上げると臭いはキツですし、耳の感度をあげるとうるさくて仕方が無い訳で何時もは抑えめにしている訳です。そもそも今の状況で聞き耳を立て続ける必要性を感じません。

「しかし、この塔は螺旋構造になっているわけですか……。表と裏の二重構造。誰が考えたのかは知りませんが何か意味があるのでしょうか?」

「さあ、妾も初めて知ったぞ。そのうち前任者を問い詰めてやろう。なぜ教えなかったと」

「まぁその辺は仕方ないと思うけどねぇ。前任者もたぶん知らないと思うよ」

「で、汝がこれを知っている理由は」

「それは成り行きでしてね……っとこの辺りは秘密ですね」

「まぁ、その件については、そのうちゆっくり聞かせて貰うことにする。今は調査優先だな。ところで奴らはこの仕掛けを知っているのか」

「それについては断言できます。知りません」

「その指輪が関係しているのですね」

「ああ、フレナさんは誤魔化せないですねぇ。ええ、この仕掛けを動かすのには鍵が居るのですよ。彼等はその鍵を持っていない。これだけは断言できます。ではさっさと上に行きましょう」

 裏螺旋の階段をぐるぐる回るとあっと言う間に十階までたどり付いてしまいました。ただし、問題はここからです。塔の裏側に居るわけで、彼等は表側にいるわけです。裏側に居たままでは表側の情報を得るのは難しいと思います。

「賢者殿、わからぬか」

 やはり来たので取りあえず聞き耳を立ててみます。何やら話声が聞こえてきます。

「……何か話している様ですが、よく聞き取れません」

「誰の声か分かるか」

「それもよく分かりません。そもそも知らない声ばかりです。ルエイニア分かりますか」

「全然、僕には聞こえてないからさ」

「しらを切っていますね」

 ルエイニアであればこの程度の声を聞き取るのは容易いはずです。ルエイニアをにらみつけてみますが、しらを切り続けています。

「なら妾にも聞かせろ……そうだな感覚共有とか言うやつを使えば出来るだろ?」

 特に気にしなかったのですが、塔の中には精霊が割と沢山いるので使えなくは無いのです——王都と同じように精霊を内部に閉じ込めているのでしょうか?——しかし、どこまで話が伝わっているでしょうか、何かやると王家で情報が全部共有されそうで怖いのです。sおれも微妙に話が歪んで伝わっている気もします。

 確かフィーニア王女に使った感覚共有は精霊感覚を共有するもので、聴覚を共有するものでは無いのです。確かにその応用で聴覚の共有も出来る訳ですがそこまで言うのなら取りあえずやってみる事に致します。

「それでは参ります」

 聴覚の場合、流し込むのは無属性の精霊より風精の方が向いているので、風精を送り込んでいきます。王女は風より地の方が相性が良いらしいので上手く共有できるとは思わないのですけど……取りあえずやってみることにします。

「うむ、何やら聞こえてくるぞ……。この声はクァンススだな」

 クァンススが部下に向かって向かって話している様そうです。どうやら部下をねぎらっている様です。

 王女が怪訝な顔をして聴き入っていますが、正直、私はどうでも良いので聞き流しています。それより目の前の胡散臭いルエイニアのを見張る事にします。

「……複写?……ご褒美?……新しいご本尊?……布教の成果?……なんじゃこれ」

 そろそろ感覚共有を解除したいところなのですが王女が辞めさせてくれません。しかし、あまり長く続けると危険なのでそろそろ無理矢理切断する事にしましょう。耳がうざったいですし……。

「よし分かった」王女は一人で頷いています「これからクァンススを問い詰めにいくぞ……」

「結局何の話をしていたのでしょうか?」

「賢者殿は聞いておらなかったのか?」

「見張りをしていましたので……」

 要するにルエイニアが暇そうにあくびしているのを見ています。ルエイニアは、どうやらここでは仕掛けてこないようです。

「やだなぁ僕ってそんなに信用無いかなぁ」

「無いです」

「そんなぶった切らなくても」

「もう良い、どうすれば表側に踏み込めるのだ」

「この塔には、いくつか裏と表が交差するポイントがあるんだよねぇ。そこから出入りするんだけど、この階には無いな……もう少し上まで昇るかさっきのところまで戻るかどっちかかなぁ」

「で、近いのはどちらだ」

「上の階かな」

「では上の階に参るぞ」

「結局、どういう話をしていたのですか」

「それは後で話す。ルエイニアよ急げ」

「ハイハイ、わかりました」

 螺旋階段を何周か昇るとルエイニアは指輪を壁に触れます。壁の一部がほんのり光り、扉が浮き上がります。

「ではいくぞ」

 王女が急かします。

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