エルフの王国34 北の塔の巻1

「こいつを寝床におしこめ」

 王女は地面に転がっているモリーヌスを指さすと騎士達に命じました。騎士達はモリーヌスを担ぎ上げるとそのまま立ち去ります。恐らく宿舎の方に向かったのでしょう。

「起き出してこないように眠り草でも使っておけ。特別に許可する」

「ヴィアニア様——眠り草とは何でしょうか?」

「うむ、眠り草は一晩中眠り続けると言う草だ。煎じて飲ませればイチコロじゃ。効果が強力過ぎるので使用は妾の許可がいるようにしておる。まぁ時々興奮して眠れないものや暴れるような奴に使う草じゃ」

「毒みたいなモノでしょうか?」

「毒とはちと違うな……。眠り草は、体内に溜まっている毒を吐き出すもの、溜まっている毒が多ければ効果が長く続くだけじゃな。なので、むしろ薬草の一種だ——と言うか賢者殿なら知ってそうなものであるが……」

 んー、リラックスの効能のある草の一種でしょうか……本物を見てみないと分かりません。聞いた話をまとめると、寝不足やら疲労を眠りに変換する薬効の様なので、のほほんとしている里のモノには聞きそうも無いようです。

「似たような草を知っていますが種類がいくつかある上に名前も異なるので、どういう草が十分確認しないと危ないのです」

 草の性質は実物を一目見れば分かります。話を聞いただけではむしろ分からないものです。

「そういうものか?」

「はいそうです。それに私の知っている使い方と異なる使い方をされていることもあります」

 この辺の交わし方は大分慣れたのでは無いでしょうか……。それから里と外界では大分様子が異なるので違う使われ方をしている事の方が多いと思います。特には人間さんは、里では必要ないモノが沢山必要になるでしょう。例えば、若返りがなんとかと冒険者ギルドのルエイニアが言っていましたが、若返りと言うフレーズ自体が里のモノには縁の無いものです。ところが人間さんにはその効果なのでしょう……これを里のモノに使うと恐らく予測付かないと思います。何しろルエイニアが使っても予測付かない結果をもたらしたわけです……。

「さて、大分寄り道して仕舞ったが砂漠の異変について、知っているものは妾に話して貰おう」

 残った騎士達に向かって王女が言います。

「モリーヌス様が、執着なさっていたので、我々も多くは知らないのですが……」

 一人の騎士が前に歩み出て説明を始めます。ここ数日、砂漠の東の方で砂嵐が多く見られるそうです。砂嵐の周辺を調べても何も見つかっては居ないのですが、その頻度は徐々に増えているそうです。

「……むう……よもや竜が?……まさかな……」

 王女は自嘲しながら言います。

「そのまさかが有るかも知れぬとモリーヌス様は申していました」

「まぁ奴は戦闘狂だし、竜が出たとなれば一目散に突撃するだろうな……。それで3日も寝ていなかったのか……」

 王女は呆れた顔をします。

「分かった……異変は継続して見張る様に。だが、今後起きた異変に関しては妾に報告せよ」

「はい、分かりました」

 直立不動になっている騎士達を横目でみて私達はその場を立ち去ります。

「賢者殿、どう思うか?」

「竜ですか……戦ったことが無いので何とも……」

「そうではなく、竜が現れたと言う件だ……。何分聞いたことが無い話じゃ。眉唾ものだと思うのだが……」

「生態系が乱れたのであれば有り得ぬ話では無いのでは……」

「それもそうか……やはり思い込みは禁物だな……情報を集めねばならぬ。それより大分横路にそれて仕しまったが、そろそろ本命のクァンススの所に潜り込むぞ」

「……それで三つの塔を回って何か分かった事はあるのでしょうか?」

「あそこは平常運転じゃ……と言うことはクァンススの手は入っておらぬだろう」

「そうするように取り繕っていると言う可能性は……」

「まぁそれはない。妾には嘘をつこうとしたり取り繕っているモノを看破する能力がある」

「……それは、ディーニアの心を読む能力みたいなものでしょうか?」

「ん?——そこでディーニアの名前がでるか?……まぁ似たようなものと思って良い」

 ……とすると魔法では無く直感に近いものでしょうか……。なんとなく分かる類の奴でしょう。恐らく、顔や身体の動きから心の変化を読み取っているのか、それとも精霊みたいに他の人には見えないものが見えるのでしょうか……その辺りは興味深いところです。

「はは、それは秘密じゃ」

 聞いてみるとはぐらかされました。

「それでは賢者殿、北の塔へ侵入じゃ」


 ……

 ……


「……また地下道ですか」

「北の塔には気がつかれぬ様に忍び込みたいからな」

「そのような都合の良い場所に出られるのでしょうか?」

「この地下道は塔の真下につながっておるぞ……無論知っているものは妾と……前任の南の騎士ぐらいであろうぞ」

「クァンススは知らないのでしょうか?」

「地下道の存在は知っておろう。それが何処につながっているかは知りようも無い。このように幾つもの隠し道や隠し扉が存在するからな」

 王女が壁に触れると、扉が現れます。扉を開けると更に狭い道が現れます。その中を王女は悠々自適に歩いて行きます——私に取っては非常に狭いです……這いつくばってようやく通り抜けられるぐらいでしょうか……縦はかがめばどうにかなるのですが横幅の方はギリギリで……この道はすれ違う事を全く想定していないようです。

 ……なんかドンドン狭くなっている気がしますが気のせいでしょうか……。勿論地下道の中は真っ暗です。私は夜目が利くので問題ないのですが、王女も夜目が利くのでしょうか……。そう言うことは構わず王女はどんどん地下道を歩いて行きます。流石にこの狭さだと全力は出せません。素直に後ろをついて行くことにします。

 感覚的には、そろそろ砦の北側に抜けた辺りで……王女が言います。

「気を付けろよ。ここから奴らの縄張りじゃ……この道は知らぬと思うが一応警戒に越したことは無い。賢者殿、外の反応は分かるか?」

 ところで私は探知機みたいなものでしょうか——それはともかく聞き耳を立ててみると周りは静寂でした。

「びっくりするほど静かです」

「それなら奴らは北の塔に集まっているか、未だに宴の最中かどちらかだろうな……しかし誰も居ないのか?」

「ええ、何も気配が有りません……」

「気配が無いということは見張りすらサボってるわけか……そこまでしてやつらは何がしたいのだ」

 王女が吐き捨てる様に言います。少し怖いです。

「賢者殿、先に進むぞ。まず塔の方を覗いてみるか」

「宴の会場の方は、置いとくのですね……」

「宴を見ても仕方ないだろ。妾の目的はクァンススが何を考えているか調べる事だぞ」

「クァンススが不在でしたらどうしますか」

「それでも良いでは無いか……塔の中を丸ごと調べられるぞ」

「では先に進むぞ……賢者殿は気配に注意してくれ……」

 まだまだ地下道を先に進んでいきます……まだまだ随分かかりそうです……それより通路が狭いので、いい加減お外に出たいのですけど……。

 ……

 ……

「……ん、左手の方から歓声が聞こえてきます」

 左耳が遠くの方からウザそうな歓声を探知します……。ほんとにうざそうな感じです。例えるなら、妙にテンションが高い日の姉の様とでもいいましょうか。

「ここから左手と言うと館の方か……そうするとまだあいつら宴をやっているのか……」

 王女が、溜息をついております。

「ところでヴィアニア様は今どの辺りを歩いているのがおわかりになるのでしょうか?」

「それは当たり前だ。妾は地下道が地上とどのようにつながっているから全て覚えているからな」

 どうやらドヤ顔で言っている感じです。地下道の中は暗い上に、目の前に見えるのは王女の背中だけなので実際にどういう表情をしているか分かりませんけど……。

「さて、もう少し進んだら左の隠し道に入り、そこを真っ直ぐ進むと塔の真下にでるわけだ」

 王女は前に進むと壁の左側をなぞります……。何やら壁に指先で紋様を書いている様です。刻字ルーンの様な気もしましたがどうやら少し違う感じでした。王女の指先が紋様を書き終えると、それが一瞬発光してからゆっくりと消えていきます……それと同時に扉がゆっくり現れます。

 王女は扉を開けるとそこをくぐっていきます。

「賢者殿も早く来るが良いぞ。扉はすぐに締まるからな」

 私は慌てて王女の後を追いかけます。

 塔に続く地下道は少し広くてようやく背が伸ばせました……。

「はふぅ……」

 なんかホッとしました……ですが、その隠し道は下方向に進んでいた坂道の様になっています。それも随分急な坂です。ここで、うっかり足を踏み外すと転がり落ちます。

「さてこの道を真っ直ぐ進めば塔の真下だぞ」

 王女はステップしながら坂道を進んで行きます。ここは飛んでいきたいところですけど……この道、先程の道より確かに広いですが、飛ぶには少し厳しいので……小走りに後を追いかけていきます。

「さて、ここが北の塔の地下入口じゃ」

 行き止まりの壁を差して王女が言います。先程の様に壁をなぞると扉が現れるのでしょうか?

「ふ、ここは紋様では抜けられぬ仕掛けになっておる。この壁は精霊で作ってあるから。お願いしてどいてもらえばいいのだ。さて《土精よ道を開けよ》」

 王女が土の精霊に命令すると壁が薄らと透けて見えます。確かに強い土精の力を感じます……。その精霊が上下左右に移動していくのを感じます。どうやら塔全体が土精による結界みたいな感じになっている様です。王女の命令で動くと言うことは、これが王女の力でしょうか……。

「いや、これは先々代かそれ以前の砦の主が作ったモノだろうな。そして精霊魔術でも土が得意でないと制御できない……妾にはもってこいの仕掛けだな」

「先々代ですか……」

「そう先代の南の砦の四騎士はこの仕掛けを使えなかったらしいからな」

「……とは行ってもその四騎士さんも土精霊の使い手ですよね」

「だが、それだけではまだ足りぬようだな……圧倒的な力を見せつけないとこの土精は言う事を聞かないようだ——では北の塔の散策へと行こうか、賢者殿」

 壁の中に溶け込む様に王女が入り込んでいきます。私もその後を追いかけます。

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