エルフの王国33 南の三騎士の巻 後編

「レフェスシアは居るか。ヴィアニアが来たぞ」

 騎士達があたふたと整列すると王女に挨拶します。

「ヴィ……ヴィアニア様、夜分お寄越しくださりありがとうござます。しかし、前もっていただきませんと私どもお迎えの準備ができませぬゆえ……ほら……いろいろと準備しなければ鳴らないことを前もって調べませんといけませんし……」

「もういい。あらかじめ視察すると言っておいたら妾が視察する意味が無かろう。賢者殿もそう思うだろ」

 王女は羽虫をあしらうかのような言い方をしていますが、取りあえず頷いておくことにします。

「ほら、賢者殿もそう申しておる。それに妾の視察の準備などしている暇があればその分働きたまえ」

「はは、有難きお言葉」

 騎士達はぱらぱらとお辞儀をします。

「で、レフェスシアはどこだ?この辺に居るはずだが」

「はは、ただいまお待ちするゆえお待ちくださいませ」

 騎士達が慌ててレフェスシアを呼びに行きます。

「最初に言ったときにすぐ呼びに行くモノではないのか?このダメ騎士ども」

 王女が騎士達に辛辣な言葉を浴びせていきます。

「どうもレフェスシア配下の騎士どもはどんくさくていかん。何をするにもワンテンポ遅い——ポーフェヌスの配下と比べると余計に分かる……どうにかならんものか」と溜息をつきます。

「も、申し訳ありません。ヴィアニア様が来ておられるとは気がつかずに……」

 そこに居るのは身長の高い女騎士でした。胸に蜂の紋様を刻み、板金の全身鎧に包まれています。鎧は柔かな曲線を描き金属の堅苦しさを相殺しています。

「おお、レフェスシアか。元気にしておったか?」

「元気にしておりますが、先日お会いしたばかりでは無いかと……」

「その辺りはどうでも良い。それよりクァンススについて何か聞いておらぬか?噂話でも良い」

「ええ、特に聞いておりませぬが——ああ、そういえば何か新しいものに凝り始めたと言う話はきいています」

「ほお、それは何か分からぬか?」

「草を生で食べるのは、今さらですし……自然崇拝は違いますね……んー……」

「もういい」

 王女が手を上げて止めます。

「いえもう少しで思い出せそうな気がします……」

 レフェスシアが首を傾げながら頭を廻らせます。

「まあよい、まだ視察は終わっておらぬゆえ、そう時間時間も取れぬ」と王女は前置きしながら話をつづけます。「他に変わった噂は聞いて居らぬか?」

「そういえば、砂漠の方で何かしら異変があったとか……」

「んー、それは初耳だな。それでどうした」

「それ以上は聞いてはおりませぬ……おそらく、この話はモリーヌスが詳しいかと」

「それでクァンススの方は思い出せそうか?」

「いえ……ここまで出かかっているのですけど……あと少しのところで思い出せません。もう少し時間をいただければ……」

「まあ良い。そろそろ次の視察に行く。最後にレフェスシアよ、部下はちゃんと躾けておかぬとダメだぞ。汝はちゃんとムチも与えて居るか?飴ばかり与えているとあいつらは太るぞ。あいつら本当に身体も鈍ってそうだな、少し鍛え直してやれ。それから何でもお前一人でやろうとするな。細かい仕事は信頼できる補佐に任せておけ、お前は面倒見が良するのが欠点だからな」と笑いながら王女が言います。

「は、それは肝に銘じておきます」

「それでは南東の塔に参るぞ、賢者殿」

 王女が真南の塔を後にしたのでその後ろをついて行きます。

「『肝に銘じる』とは言っていたもののアイツは甘いからな……。あいつ自体は優秀なのだが自分以外に甘すぎる……」と王女がこぼしています。

「次は壁を歩くのですか……」

「流石に妾は壁は歩けないぞ——しかし、南東の砂漠の方が……いや……結界にはかかっていないハズだ……モリーヌスは何か独自の情報をつかんだのだろうか」

「王女様、モリーヌスとは誰でしょうか?」

「これから行く南東の塔の騎士長だ。この塔でもっとも勇敢な騎士それがモリーヌスぞ。まぁ戦闘狂のところがあるのが」

「それは、フリーニア様に似ていると言う事ですか?」

「いやいや、あの姉には流石に及ばぬ……あれはレベルがおかしい……時々、野生児かと思うぞ」

「……野生児?」

「ああ、人間の世界で、社会から隔絶された環境で育った子どもを野生児と言うらしい……。野生動物に育てられたため、まともにしゃべる事も出来ず、その野生動物の様に暮らすそうだ……二足歩行を忘れて、獣の様にあるくらしいぞ。まさしくあの姉にはぴったりの言葉とは思わぬか?賢者殿」

「ヴィアニア様その辺は分かりかねます」

 今まで話したことがすぐ国中に伝わっているので、ここはお茶を濁しておきます。

 南東の塔までは寄り道もせず直行します。月が徐々に真南に近づいていきます。今は月を右にして歩いている訳です。雲は一つも無く、南から寒い風が吹き付けてきます。ただ壁に近い場所なので壁に遮られ、うねりながら風が吹いてきます。

「意外に時間を無駄にしたからな、ここは巻いていくぞ」

 王女が少し駆け足になります。私も早歩きとは行かないまでも少し歩みを早めてついて行きます……歩幅を少し伸ばせば十分でした。

「北の荒れ野の方だけではなく、南の砂漠の方でも異変か……やはり、どこかで生態系が崩れたのやら……」

「生態系が乱れると異変が起きるのでしょうか?」

「ああ、強い魔獣が倒されるとそれに抑えられたそれより弱い魔獣が暴れ出し、縄張りを増やそうとする。そこからは順番に玉突きするぞ」

「玉突き?」

「大きな竜は、縄張りを広げ、小さな竜を巣から追い出し、巣から追い出された竜は近くの魔獣を追い出して、新しい寝床を作る。そして追い出された魔獣は民家に近い所に出てきて、さらに弱い魔獣を追い出すわけだ……」

「……追い出された魔獣は?」

「追い出された魔獣は、住処と餌を求めて人の済む場所に出てくる訳だ……ちょうど今がその状態に入った気がするぞ」

「それで大元の生態系は誰が壊したのでしょうか」

「それは分からぬ……そもそも賢者殿が知らぬ事は妾も当然知らぬぞ」

 ——そもそも、賢者ではありませんし、里の外の生態系は全く知らないのですけど……。

「今まで異常に守りを堅牢にしないといかぬのは確かだ」

「……それで、四つの砦だけで王国が守れるのでしょうか……」

「それは問題ない。砦は魔獣を引き寄せれる様に出来ているからだ。王国の近くに現れた魔獣は最初に砦の方を目指すのだ。国境を越えて中の村に向かう事は無い」

 どうやら砦時代が魔法で細工してある様です……刻字ルーン魔法か精霊魔法のどちらかか併用しているのでしょうか……いくつか方法を考えてみましたが、決定的な結論が出ません、そこで聞いてみました。

「砦は、魔獣をどのように引き寄せているのでしょうか?」

「それは妾には分からぬ。初代王の時代にはこの仕組みができあがっていた様だからな」

 王女は、呵々と笑います。

「おお、そろそろ南東の塔だな。モリーヌスは居るか、賢者殿、探してくれぬか」

 そう言われてもモリーヌスが誰か分かりません。モーリヌが狼なので、狼の紋章でも付けているのでしょうか?塔の周りを夜目と遠目で見通してみます。

 塔の上の方に、ずんと構えた騎士が居ます。こちら側からは背中を向けていますが、その外套には大きく狼の紋様が刻んであります。おそらくあれがモリーヌスでしょう。

「塔の上に居る様です」

「あいつは夜も見張りか……いや夜行性か……普段は昼は寝ていて、夜歩き回る奴だったか」

 王女が塔に近づいていくとどこからともなく騎士達が集まってきて整列する。王女が挨拶する前に直立不動の姿勢を保っている。色とりどりの外套を着込んだ騎士達が一斉に整列する様子は荘厳でありますが、かなり堅苦しいと思います。もう少し緩くていいのでは無いでしょうか……。騎士達に王女が順番に声をかけていきます。

「うむ、夜遅くまでみなのものご苦労である。妾は嬉しいぞ。レフェスシアのところもこのぐらいキビキビ動けると良いのだが……ところで、モリーヌスはここにおるか?」

「モリーヌスならただいま南東の塔の上におります。今すぐ呼んで参りましょうか」

「いやよい。妾の方から参ることにしよう」

「いえ、塔の上は風が強く、冷たい風が吹き込んでいます。突風が吹けば危ないですし、夜風に吹かれて風邪を引かれでもしたら我らの責任問題になりかねません……」

「妾はその程度で風邪を引くほどやわではないわ……。それよりモリーヌスは、確かに塔の上に居るのだな……それならこちらから参ることにしよう」王女はそう言うとこちらを向かって言いました。

「さあ、賢者殿。妾を担いで一気に塔の上まで飛び上がってください。」

 どうやら北の砦の噂が既に伝わっているようです。対策を考えた方がいい気がしてきました……。

 まぁ、塔の上は暗闇の中に浮かんでいますけど夜目を凝らせばはっきり見えますし、少し跳躍すれば用意に到達できる高さしかありませんけど……。

「それでは上まで一直線に登るのでしっかりしがみついていてください」

 王女をおんぶするように抱え込むとそのまま塔の外壁を駆け足で登ることにします。単純に水平方向ではなく垂直方向に走るだけです。里の住民なら誰でも出来る簡単な技です。高い木に登ったり図書館の上層階に登る時によく使います……。前回垂直走りをしたのはいつかはもう忘れましたけど……。跳躍と違い垂直走りは細かい調節が利きます。後、跳躍より長い距離を対空する事が可能になります。ただ、垂直に反り立っているモノがないと使えないわけです。北の塔の物見の塔は、木材を組み合わせて出来ていましたから垂直走りより、柱を蹴って跳躍した方が安全でしたが、南の塔は石を組み合わせて出来ているので垂直走りの方が安全なのです。

「さて着きました……」

 走り出して、最高速度に達するまでもなく、塔の上にたどり着きます。塔の上の窓から中に王女を抱えて飛び込みます。中には、数人の騎士が詰めていました。その中で一際目立つ騎士がモリーヌスの気がします。

「賢者殿……それは土の精霊の力か?ほら、精霊と一体化して壁に張り付いて屋根に昇るみたいな……」

「いえ、単なる体術です」

「ん、魔法無しにそう言う事が出来るのか?流石に妾には無理だぞ」

「里では普通ですけど」

「汝の普通が分からぬ……まぁ賢者とはそう言うものか……」

 王女が勝手に疑問を抱いて勝手に納得しています。そのまま目立つ格好の騎士に語りかけます。

「モリーヌスよ、元気か」

「……ヴィアニア様、そのようなところから現れるとは流石神出鬼没ですな……そちらのお連れは初めてみますな……どなたでしょうか」

 モリーヌスはあまり驚いて居ない様です。

「うむ、こいつは賢者殿だ。賢くて強い預言の詩に出てくる賢者殿らしいぞ……これから最後の魔王を屠りにいくと言う話じゃ」

 ……話に尾ひれが付いているような気がします。

「なんと魔王を倒しに行くのですか……。一番槍をお申し付けください。このモリーヌスに任せれば、向かうところ道無しですぞ」

 道が無かったらどこにも到達できない気がするのですが……。その辺りは一旦置いときましょう。騎士にツッコミを始めると切りが無いのが経験則で分かっています。余計な口だしや詮索はせずにさっさと忘れた方が私の為です。

「いえ、魔王を倒しに行く予定はありませんが……そもそも魔王はいるのでしょうか?てっきりおとぎ話の話かと……」

 仮に魔王がいたとしても姉が何とかしますので……このくだりは口にしないでおきます。天使の角笛があれば一撃です。一体何の為に持ちあるているのやら……。

「王国でも建国神話以外に魔王は出来てきませぬな。これは早とちりを」

 モリーヌスは深くお辞儀をします。

「それより妾の話を聞かぬか。砂漠の方で異変が起こっただと?痴れ者め、その件を早く妾に報告せぬか」

「はぁ、その件ですが、まだ確信が取れぬゆえ、こうして夜を通して見張っている状態です——ですが異変が確認できましたらすぐに剣を携えて突撃出来るよう準備万端でございます」

 モリーヌスは、完全武装した目立つ格好を震わせながら叫びます。

「……と言うか汝、ずっと寝ておらぬのか」

「もう三日三晩ほどこうして待機しておりますが……何、この程度の事、たぎる思いに比べば大した事ではありませぬ」

「つーか汝はすぐ寝ろ。そしてしばらく起きてくるな。これは命令だ」

「いやはや、はや戦と準備をしておりましたのに辞めて寝ろとは……、しかし主命とあらば仕方有りませぬ……悔恨しながら寝ることにいたしましょう」

 モリーヌスは肩を落として言います。

「賢者殿、ここは普通喜ぶところだとは思わぬか?」

「……これが戦闘狂と言われる由縁なのですか?」

 モリーヌスは、フリーニアとは別方向の戦闘狂な気がしました。

「まぁそう言う事だな……これさえ無ければ優秀なのだが」

 王女がうなじをかきながら、恥ずかしそうな声で言います。

「と言う訳で、砂漠の異変については部下に聞くから、お前は今すぐ寝ろ——と言う訳で、賢者殿はこいつと妾を連れて下まで降りられぬか?」

 んー……と唸りながら塔から地面を見下ろします。地面は夜なので当然暗く周りに松明が掲げていますが暗闇の中です——夜目が利くので当然見えますが、二人抱えて降りるとなると少し厳しいです。

「……二回に分ければ何とか……」

「では、このものを先に降ろせ——面倒なら塔から付き落としても良いぞ……」

「さすがそれは……」

「後味が悪いか?」

「ヴィアニア様、そう言う問題では……」

「ほんの冗談じゃ」

「まぁそれなら良いですけど——では、この男を連れて一回降ります——それですぐに戻ってきます」

 肩を落とすモリーヌスをつかみ上げると——流石に完全武装は重いです。こんなに着込んだらすぐ動けなくなるのではないでしょうか……。

「それでは行って参ります」

 一気に窓から飛び降ります。ここは衝撃緩衝の魔法を使うことにします。空気がクッションになり落下速度を落とす魔法です。小さな空気の壁を作り出す魔法を次々に発動させる事で使うことで落下速度を落とすことが出来るのです。一気に百ぐらいの空気壁を作りだし、その中を落下していきます。空気の壁なのですぐ貫通してしまいますが、流石に百も重なれば別です。ゆっくりと沈み混むように落下していきます。無論、百の壁が無くなる前に次の百の壁を作り出していきます。単純な魔法でも沢山つなぎ合わせることで大きな効果をもたらすことが可能になるです。羽毛の様に落下する魔法が使えれば良いのですが重量操作系の魔法が使えないので変わりの措置です。

 無事着地するとその場にモリーヌスを置き去りにし、再び塔を駆け上ります。駆け上ると王女を連れて再び飛び降ります。

 王女の方は軽いので、体術だけで上手く着地出来ました。

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