エルフの王国17 初めての人間

 都の朝。昨日はぐっすり眠れました。周りを見渡すとエレシアが寝台ベッドの隅っこの方で寝ております。本宅の客人用の寝台も巨人の様で一人で寝るには大きすぎるのです。二人で寝てもまだ余白の方が遙かに広いです。

 今日は、図書館の方に向かいたいと思うのですが王立図書館を利用するには許可が必要で、その許可が出るまでにはしばらく待たないと言わたわけです。要するに今はする事がないので暇です。手続きは屋敷の執事にお任せましています。「王女のお墨付きですからすぐに許可はおります」と執事は言っていましたが少し心配です。ちなみにイレイナは既に東の砦に戻ったそうです。夜半に馬を走らせていったと言うので既に砦に帰っているのでは無いかと思われます。

 朝ご飯を食べながら、エレシアのおうちに遊びにいこうか……魔法具でも作ってみましょうか……魚の皮とか粘着草の廃液処理もしないといけないし……などと考えているとメイド達の噂が聞こえてきます。何でも「フェルパイア連合の大使とディーニア様がお会いになる」と言う話だそうです。そこで「フェルパイア連合とは何か」と聞いて見たところ、フェルパイア連合とは南の方にある人間の住んでいる小さな国家の集まりで、そこの代表が『大使館』なるものに住んでいるそうです。これは人間さんに会う好機のようです。今日は『大使館』に行ってみましょう。

 そのことをエレシアに聞いて見るとこのように答えてきました。

「た……大使館は、敵国の様なもので……陛下でも簡単には……入る事は出来ないの……。大使の許可が無いと入れ……ないの」

 要するに大使の許可を貰えば良いそうです。ディーニア王女にくっついてけば良いのではないでしょうか……。思い立ったが吉ですし、すぐさまエレシアの案内で、ディーニア王女の館まで行くことにしました。

 ディーニアの屋敷もフィーニアの本宅に負けないぐらい大きな敷地の上に建っていました。エレシアの顔を見ると門番は簡単に中に入れてくれましたので、そのまま屋敷の中に直行することにします。

 屋敷から森への道が一直線です。途中で小川を流れていたり、池があったり——池の中では色とりどりの魚が泳いでいました。

「これは食べると美味しいのでしょうか……」

「そ……その魚は……食べるための魚ではないです……眺める為の……お魚さんです」

 この池に居る魚は観賞する為の魚で釣りはしないそうです。

 屋敷の玄関口に立つと「たものう」と声を上げるとメイドさんが門を開けて、中を案内してくれました。

あるじはまだ起きたばかりなので、しばらくお待ちください」

 どうやらディーニアはお寝坊さんの様です。

 しばらくお茶を御馳走になりながら喫茶室で待っていると水色の薄いシルクの寝間着を着たままのディーニアが現れました。

「あらあら、エレシアと賢者様、遊びに来てくださるなら昨日言ってくださいよ」

「いえいえ、実は急な用事がありましてね……」

「あらあら、賢者様はフェルパイア連合の大使館に行きたいとそう思うされるのですね」

 少しディーニアは考え込ていました。そして何か思いついたかの様なにやけた顔をします。

 何か悪巧みしてそうな顔です。

「そうですね。それなら私の付き人として付いてくだされば良いのではないかしら」

「そうすれば、大使館に入れるのでしょうか」

「賢者様、私に付いてくれば大使さまからもいろいろ話を聞くこともできますよ」

「それはそうですね……」

「それで、エレシアはどうする……ここで待っていますか」ディーニアは優しくエレシアに問いかけます。

「う……うん、私はフレナ様の付き人をやるの……」

「あらあら、すっかり賢者様になついてますね。この子。と言うことは私の付き人の付き人ってことになるけどよいのかしら」

「う……うん。それでもいい……」

「それではそのように段取りさせる事にしましょう。それで私は仕度があるのでゆっくりしてください。ホントは昨日、母上が何を話したのか聞きたいところなんですけど……何か酷いことをおっしゃってませんでした?」

「それなら娘の自慢話ばかりしてましたけど……」

「あらあら、それなら、そう言うことにしておきましょう。誰を一番自慢していたか後でじっくり聞かせていただくわ」

 王女は生あくびをしながら部屋から出てきました。後をメイド達が追いかけていきます。奥からは「ディーニア様、その格好で屋敷の中をうろつかれては困ります。早くお着替えください」という悲鳴のようが聞こえてきました。

「いや、ここはのどかですね……」

「そ……それは……さすがに……違うと思う……の」


 その後、メイド達と執事がやってきて黒い襟のついた服に着替えさせられました。これは昨日王宮で家臣達が来ていた服と同じ物の様です。これはスーツと言われる服で、今日はディーニア様の秘書として振る舞っていただくので、まず秘書らしいこの服を着てくださいと言われました。

「どうでしょうエレシアちゃん、似合いますか」

「に……似合っています……フ……フレナ様は……何を着てもお似合いになりますね……」

「それを言ったらエレシアちゃんは、何を着ても可愛いではないですか?」

「あ……あの……」

 エレシアはうつむきながら顔を絡めています。やはり可愛いです。

 ディーニア王女に合流し大使館の方に向かいました。


 大使館までは馬車に乗って移動します。王宮地区から門をくぐって山手地区の方に向かいます。山手地区の閑散とした通りの中に『大使館』があるそうです。大使館をくぐろうとすると門番が出迎えてくれます。

「これが人間さんですか……あまり変わらない気がします……」

「そ……それは……大使館に雇われ……ているエルフ……です」

 どうりで見た目がほとんど変わらない訳です。人間は丸い耳をしているんです。門番は耳が尖っていました。

 大使館は大きな白い三階建ての建物でした。中に入ると耳の尖ってないメイドさんが応対します。


「これが人間ですか……」

「あらあら、賢者様は人間に会うのは初めてですか?」

 最初に応対したメイドさんは幼い感じでしたが……次に出てきた応対したのはアゴに白い毛を生やし、髪の毛も白い男性でした。顔に沢山皺が入っており、足腰も少しおぼつかない感じがします。

 ——人間は髪の毛以外の場所にも毛が生えるようです。不思議なものです。それから皺は年を取るほど刻まれていくみたいです。

「……年を取るほど狡猾になるのよね」

 ディーニアが隣で何かつぶやいています。もしかして心を読んでいるのでしょうか……。

 案内されるとそこには鼻の下に黒い毛を伸ばした。先程の男性よりは皺が少なく厳つい男性がでてきます。

「フェルパイア連合大使のドルスです。これはディーニア妃殿下。わざわざおいでなさりました」

 少し訛ったエルフ語で、ドルスと名乗ったのがここに住んでいる人間の中で一番偉い人の様です。

「あらあら、わざわざ申し訳ないですわ……」

 二人は簡単な挨拶を済ませると何やら聞き慣れない言語で会話を始めます。

 んー……聞き覚えのあるような無い様な単語が飛び交います。

「フ……フレナ様……あれは共通語と呼ばれて居るもの……です……よろしければ通訳いたしましょうか……」とエレシアが耳元でささやきます。

 ここは賢者の矜恃としてはは自力で言葉を聞き取りたいところです……エルフ語とドワーフ語が入り混じった様な感じで理解出来そうな気もするのですが……喉元にささった小骨の様なもどかしい感じもします。そこで、今しばらくは耳元の快楽の方を選ぶことにしました。

 エレシアが言うには、本当は双方に通訳をおいて自国語でやりとりするのが正式の外交らしいのですが、このような簡易的な場面では時間が惜しいの共通語で済ませる事が多いそうです。

 そして今話されている会話は《エルフの王国と南のフェルパイア連合との同盟》の件の話だそうです。フェルパイア連合の南にドワーフの王国があり、そことの物資の仲介を連合が行う代わりに王国からは人と物の派遣をすると言う話をしているそうです。

「さすがエレシアちゃんは詳しいですね」

「お……王宮に出入りしている人なら……誰でも知っていることです……」

 エレシアが恥ずかしそうに謙遜しています。

 連合はドワーフの国を挟んで、更にその南にあるティルティス帝国と現在睨みあっているおり戦力としてエルフの王国の協力が欲しいらしいです。特に精霊魔法に長けた森エルフの騎士がいれば一国一軍に匹敵するぐらいの戦力増強になると言う話です。

 しばらくすると激しい口論が起き、ディーニアが席を立ちます。

 何か言い残した様ですが、こちらを振り返ると笑顔でいいます。

「あらあら、お見苦しいところをお目にかけました。交渉は決裂したので帰ることにします。私は西の砦に帰らないと行けないの本当は今日決めたかったのだけど……続きの交渉を誰かに任せないといけないわねぇ」とディーニアが言っています。

 エレシアが言うには、どうやらドルスが四王女の一人を派遣しろと言ったのに対して王女がキレたようです。

「あらあら、エレシアそう言う事を賢者様に吹き込んではいけませんよ」

 その時のディーニアは笑顔なのに目が笑ってませんでした。

「それで賢者様、今から王宮から引き継ぐ相手を連行してきますので、その間のドルスの相手をお願いできないでしょうか……時間稼ぎで構いません」

 いきなりそれは無茶振りですよね……エレシアの方を見ると「つ……通訳は任せて……」などと言っています。

「はぁ……」

 仕方ないのでドルスの方を向き合うことにします。ところでこのドルスさんはどれぐらいの年齢なのでしょう。どれだけお年を召されればこれだけの皺が顔に刻まれるのでしょう……。

「あの……ドルスさんは何歳でしょうか?」と言うと耳元で恐らく四十代だとエレシアが答えて、それはこの様な場所でする質問ではないと耳打ちします。

 人間の寿命は百年も無いほど短いのは本の知識としては持っていましたが、どうやら年齢で顔つきが変わっていくみたいです。

 顔つきで人間の大まかな年齢が分かる様な感じです。里の者は見た目では全然わからないので年齢は気にしないのですが恐らく人間さんは気にするような感じです。

 ——それよりまずは挨拶からですね……。私とエレシアのやりとりをドリスが珍妙なおもむきでこちらをじっと見ています。

「私、ディーニア付け秘書のフレナと申します。ドリス様よろしく……」とドリスの前にでて頭をさげておきます。

「ああ、初めて見る顔だね。よろしく」

 エレシアの通訳を通しながら当たり障りの無い話を進めていきます。

 ……

 ……

 外交の話はサッパリわかりませんので中身の無い会話をひたすら往復させていきます……。

 その中で、鼻の下に生えている毛——髭と言うらしいです——の事を褒めたところ「そうだろう、でも女房は分かってくれなくてと」身を乗り出してひたすら髭の自慢を始めてしましました。それから「女房はこの髭の良さを全然わかってくれないんだよ」と愚痴りだして、最後には「……娘がそろそろ嫁に行くんだよ。それまでに俺家に帰れるのかな……」など最後には泣き始めました……。

 そこに明るい緑ライトグリーンらしき髪をしたエルフが入ってきます。どうやらディーニア王女が連行してきた代理の者みたいです。それでは後は押しつけて帰る事にいたします。王宮から来たエルフと会話を交わして立ち去る事にいたします。

「ディ……ディーニア妃殿下は……西の砦に戻られないといけないので……あ……後は国王直轄の外交官が対応いたします……。わ……私どもはディーニア妃殿下付きで来ておりますので……た……担当を交代させていただきます」

 などとエレシアちゃんが上手いことやってくれました。連行された代理の者にご愁傷様と心の中で呟きながら大使館を後にします。


 しかし、人間の国に行くには言葉や地理が障害になりそうな気がしましたので、やはり王立図書館でしっかり情報を仕入れてこないといけません。しかし、まだ許可が降りるまでには時間がかかるらしいので、その間はエレシアちゃんから共通語の会話を教わることにしました。

 共通語は、コツをつかめば覚えるのは簡単な言語でした……。共通語にエルフ語の文法を簡略化したもので、発音も崩れきったものの様で、そこにドワーフ語の単語が入り混じり闇鍋の様な感じに混ざり合っているだけです。しかし人間の言葉は変化がかなり早いらしく、里にある本では言葉の変化がどうも追い切れず、そのため知らない単語がかなりあるのでひたすら暗記をします。

 文字も見た事ある文字でした……それより発音の方が問題でしょうか……。

「き……共通語は誰もが訛っているので……訛りは心配しなくても大丈夫です……」

 エレシアちゃんが良いこと言ってくれました。頭を撫で撫ですることにします。

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