ハイエルフの人間学入門
みし
初めに
初めに
この本を書くときどこから書けば良いのか。まず私は悩みました。そこでまず、なぜ人間に興味を持ったのか簡単に書いていこうと思います。
私が人間に興味を持ったのはほんの百年前の事です。ちょうどそのころ私は里の図書館で学者の手伝いをしていました。その学者は、ハイ・エルフの歴史書を作るという話で何百冊もの書籍にかこかれていました。何万年にも及ぶハイ・エルフの歴史を分かりやすくまとめるという話をされていたような気がします。その学者によると今まで書かれたハイ・エルフの史書は、一年分を読むのに二年かかるぐらいにびっしり書き込まれており、いつまで経っても読み終わらないと言う問題を抱えているのだそうです。
ちょうどそのころ統一歴千年に盛大に行われたと言う千年祭関する資料のとりまとめを頼まれていました。統一歴と言うのはエルフ統一王朝が作られた年を一年とするらしいのですが、今となってはエルフ統一王朝があったかも定かではありません。その時代の人物がいれば良いのですがあいにく里にはおりません。里の外に居るらしいと聞いた事があります。
さて、その図書館は、エルフの里の中央に巨大にそびえ立つ二つの樹木の間に立てられているとても大きな建物で千階以上の高さがあります。実際のところは木の上の方は雲の中に隠れてよく分からないのですが——その中にびっしり本があるのです。
図書館の中に入ると大きなエントランスがあり、壁際には多数の本棚が円状にならべてあります。その中央には白い光の球が浮かんでおり図書館の中を明るく照らしています。その白い光に照らされた本棚に綺麗に並べられた本の背表紙が虹色に輝いているわけです。幼いとき母に連れられて初めてこの図書館に来た時、その幻想的な情景に心を震わせました。
それから私は
そこで思い出は、美化されるものだと気がつきました……。確かに本はびっしりならべてあります。その見栄えもとても綺麗——それは中に居るものうっとりさせるぐらい——です。しかし、どの本がどこにあるのかサッパリ分からないのです。本の置き場も滅茶苦茶なのです。
由来によれば地上に神が暮らしていたぐらい太古に作られたものだそうで、その時から着々と本を積み上げていったと言う話です。しかし、この図書館を管理するモノは初めから誰も居ないのです。図書館とは名ばかりで誰かが要らない本を適当なところに並べていくだけの場所なのでした。要するにただ本が積み上げられているだけの『倉庫』だったのです。少しは整理しないのかと長老に申し上げてみたのですが、答えは一言「無理」でした。何万年もの間、積み上げられた本が星の数にものぼるので、里人総出で整理しても何万年もかかるだろうと言うのが長老の話でした。
私は、それに反発して本の整理を始めたのですが、十年ぐらいで挫折しました。図書館の中にあまりに本が多いのです。背表紙は確かに綺麗ですが何も書かれていないのです。いちいち取り出して中を読まないと何が書いてあるのか分からないのです。そのうち、どれも同じ本に見えてしまいどうにもならないと途方にくれてしまいました。
姉に「そろそろ諦めなさい」と言われて、そこでまぁ引き下がりました。
ちょうどそのころその歴史学者に出会ったわけです。図書館の中をある決まっていたのでお使いに便利だと思われたのでしょうか?まぁ、そこそこ稼ぎも良かった——エルフの里では稼ぎが無くても生きるのに困らないのですが——のでしばらくその手伝いをしていました。
そして先程のべた千年祭りに関する資料を探していたのです。この祭りは七日に渡って行われたとだけ伝わっており中身は既に忘れ去られていたものです。まず私は無数の本棚の中から千年祭りについて書かれた本を探し出し始めました。その場所は、はなはだデタラメに置かれており、十階にあると思えば、百階に無造作に置かれていたり、一階の入口前にこっそり置かれていました。半年掛けて、その七日について書かれた七十冊の本を探し出しました。
しかしこの本がまたくせ者で、どれも千ページぐらいあります。それも資料と言うより日記の類です。
ところで図書館にある本の背表紙は真銀と魔法を掛けた特殊な樹木の樹脂を編んで作られたモノで、それが光を浴びるとキラキラと虹の様に光っているのです。しかし真銀を編み込んでいるわけで、実はかなり頑丈に作られていて、その辺の剣をたたきつけても剣の方が折れるぐらいに丈夫なんです。それが千ページもある本についているんです。これらの本は片手で持ち上げるのが大変なぐらいの重さがあります。これは要するに鈍器ですよ……鈍器です。これで殴れば竜も殺せるぐらいの鈍器ですよ。
これを七十冊集めたのは良いのですが、更にここから大変でした。この七十冊の千ページの本つまり七万ページに登る本の中から千年祭り関する部分だけ抜き出して模写する作業をする必要がありました。
記述が本の半分だとしても三万五千ページにもです。さて何年かかるでしょう……。考えるだけで気が遠くなりますね。
そこで私は修業の成果を生かすことにしました。
ええ、精霊にやらせてしまえば良いんです。精霊に命令すれば勝手に書き写してくれます。私は、それをただ眺めて居るだけで言い訳です。
とまぁここまでは良かったのですがそれは生ぬるい考えだったことに気がつきました。書き写す場所を魔法でマークしないと行けないんです、それが七万ページあるわけです。来る日も来る日も祭りに関する記述を魔法でマーキングしていきました。
そうしていると今度は紙が足りない事に気がつきました。まぁ三万五千枚ですから大変な量の紙が必要になります。紙の製造と運搬も精霊にやらせることにしました。
並行して、精霊に模写を命令してきました。呼び寄せる精霊は毎日増えていき最終的には七十七体の精霊を使役する羽目になったわけですけど……。
ただマーキングが終われば後は暇です。精霊が働いているところを監視しているだけですから。
それでも三万五千枚ともなれば部屋がすぐ一杯になってしまうので、書き写したページをさっさと学者に届けてしまおうと言うことでこれも精霊にやらせることにしました。
いわゆる
ここまでやったら後は暇です……。
暇なんです……。
飽きもせず淡々と動く精霊を見ているだけですからね……。
そこで、暇潰しに鈍器ではない薄い本を探して暇潰しをする事にしました。
薄い本は難しいことや高尚な事ばかり書いてある厚い本と違って、たわいも無い本が沢山あるので、暇潰しや気分転換にもってこいなんですよ。
そこで本を読みあさっているとエルフと人間が一緒に戦っている荒唐無稽な——失礼な言い方かしら?——本を見つけまして。それがとても面白かったので、そう言うものを探しては読み、探しては読みを繰り返していました。
その間、精霊は何やってたんでしょうね……まぁそれはどうでも良い事ですね。
それで、『人間って何だろう?』と興味を持ったわけです。何しろ私達は一万年以上生きるわけで、彼等は百年も生きられない訳です。この様々な薄い本に見られるエルフ=人間関係がどのように作られてきたのか私は非常に気になったのです。
精霊さんが仕事を終えたときにはそれらの本が何百冊もその辺に散らばっていました。この本を一冊読むことに人間についてどんどん興味が湧いていったのです。そこで思い切って雇い主に尋ねてみました。「人間とはどういう生き物なんですか?」
すると「過去の歴史に出てくるはかなき命の人類だな。太古にはわしらと共闘して暗黒神と戦ったり、魔王と戦ったこともあるらな。ただ、ここ一万年ほどはあまり記録がみあたらないな」と答えられられました。
「人間にとって一万年とはどれぐらいの時間なんですか?」
たたみかけて聞いて見ました。
「はかなき命では一万年ではとっくに滅んでいてもおかしくはないだろう。逆に大地が人間で埋め尽くされているかもしれないがな」
と笑いながらおっしゃりました。
そこで真偽を確かめたいと思い、旅に出かけようと思いました。そこで母に掛け合いました。
「そとの世界は危険ですよ。それに何も困らないでしょう」
ハイ。何も困る事は無いのです……。ハイ・エルフの里で作れないものは無いと言って良いぐらいなのです……。
「でもここには顔見知りしかいませんよね。私は、もっと広い世界が見たいのです」
押しまくりましたよ。ハイ・エルフの里に居るのは二百人ぐらいなんですよ。千年も生きていれば全員顔見知りですよ。全員飽きるほど顔みてるんですよ。たまには見た事無いものを見に行っても良いじゃ無いかと思いましたよ。
「一体、誰に似たのかしら……」
母はこぼします。それはたぶん、父親です。今も古代遺跡を廻りにいって里におりませんし。
「では、これだけは守ってね。自分の身は絶対自分で守ること。それが無理ならすぐ帰ってきなさい。しっかり装備していくのよ。それからどんな生き物も軽んじてはダメよ。敬意を持って接しなさい。後、奇異の目で見られるのは我慢しなさい。これが守れるならゆるしますわ」
「ええ、誓いますわ」
母があっさり折れたと思い。うっかり宣誓を口に出してしまいました。
「あ、これ録音したから言いつけを守らなかったらどうなるか分かっていますよね。それでも行きますか?」
はめられたと思いましたよ。ここで言う『宣誓』は、術式の一つで、誓った事を守っている限り恩恵を受けられるのですが、破ると酷い目にあうんです。これを私達は子どものしつけに使うんですよ……えぐいですよねぇ。しかもこっそり録音術式まで使ってます。そもそも母は昔は大魔道士と言われていたらしいのでこれぐらいは朝飯前なんでしょう。
小さい時のトラウマがよみがえりますが、ここはあえて強弁します。
「行きます、行かせてください」
ここは押し一筋です。
「まぁ、仕方ないわね……ちゃんと生きて帰ってくるのよ」
その言い方は無いでしょうに……。
「じゃあ、応援してあげるから。頑張ってねぇ」
そこに姉が飛びかかります……。ところで、この姉いつからいたんですか?
実は私には姉が一人おりまして、むかしからやんちゃでしたねぇ——遠い目——ああ、話がそれました。そう言う事で、私は人間を知る為に旅に出ることにしたわけです。そして、その旅で記録したものをまとめて居るわけです。
簡単に書くとこういうわけです。
統一歴7×××年 記す。
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